168.この子のために美しい世界を
ニルスとソフィは新婚なので、1ヶ月の休みを与えた。どうせ半分くらいで切り上げてくるだろうけどね。出来たら休暇を使い切って欲しい。その間のトリシャの侍女は、未亡人の中から数人が立候補した。子育ての手が離れて時間ができたと聞いたけど、彼女達は手際がいい。
子育てしながら騎士家の体面を保つ未亡人は、化粧や着替えを短時間でこなす技術に長けていた。泣きじゃくる赤子を放置して長く化粧台の前にいることは出来ないが、実家や婚家に恥をかかせる格好で出歩くわけにいかない。生活のために皇宮の仕事もこなすのに、家事にも手を抜けないのだ。効率重視だが結果も欲しいという、欲張りな彼女達の手際がいいのは当然だった。
ソフィは丁寧さを重視してきたので、時間をかけて化粧をして髪を結うことが当たり前の世界にいた。貴族令嬢の侍女とはそういう存在なのだから。今後も別にトリシャの支度を急ぐ必要はないけれど……この見事さは一緒に仕事をして学んでおいてもいいかも知れないな。
ニルス達が復帰した後のことを考えながら、彼女らを侍女として城で雇う案を口にした。トリシャは喜んで、アイディアを付け足した。
「子育ての手が離れた女性は時間の自由がありますが、本来、生活が苦しいのは幼児を抱えた家庭です。働く間に子供達を預かる部屋を用意してはいかがでしょうか。休憩や単純作業は同室を許可すれば、安心ですわ」
自分が母親になるからか。トリシャは膨らみ始めた腹を撫でながら、穏やかに微笑む。
なるほど、仕事の効率も上がるし。子供が仕事を覚えれば、この宮殿で働く優秀な人材になる可能性もある。別にここに勤める必要はないけど、読み書きも一緒に教えたら、就職先が安定するんじゃないかな。文官の候補生になれるし、武官なら訓練参加もできる。
僕がアイディアに補足すると、トリシャは手を叩いて喜んだ。うん、ニルスがいないけど、勝手にルールを作って運用してみよう。戻ってきたソフィもそう遠くない未来に妊娠するだろうし、その時子供を預ける施設は必要だよね。
大公だしお金は与えてるから、乳母を雇うことも出来るけど、ソフィは自分の手元で育てたいと言い出すタイプだよ。さらさらと草案をまとめて、侍従に持たせた。大臣や宰相を通じて、足りない部分を有能な文官達が補うはずだ。
「この子が生まれてきた時、美しい世界を見せたいのです。幸せが満ちた世界を」
「もちろんだよ。でも美しさの裏にある醜い傷も知らないと……騙されてしまっては取り返しがつかないからね」
教育は厳しくいくよ。まだ生まれてもいない子の話で盛り上がり、僕はトリシャの腹部に手を置く。まだ動かない我が子、だがここにいるのは間違いなかった。君の出てくる日が待ち遠しい。
「愛しています、エリク。この子も愛してくださいね」
「トリシャが一番なのは変わらないけど、この子も愛しているよ」
望まれて生まれる子に届くよう、ゆっくりと撫でてから微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます