166.悪戯がバレたみたいだ

 僕とトリシャの結婚式は、1ヶ月前から街がお祭り状態だった。結婚式のお披露目をした後、さらに2週間近く騒ぎは続く。この辺は街の住人の自由裁量に任せた。僕らは多少の祝い品を振る舞ったくらいだね。


 騒ぎが落ち着いたと思ったら、今度はトリシャの懐妊……かなり早く分かったため、何度も検査して確認した。発表してから違いましたでは済まない。食欲が失せたトリシャに手を尽くして果物を取り寄せ、珍しい菓子や薄味の魚も運ばせた。


 民や王侯貴族の間で子作りが盛んになったと思えば、属国同士の領土争いが勃発し、戦勝祝いに国が湧いた。もうずっと祝い事が続く中、今度はニルスとソフィが結婚する。それも僕の親族扱いだよ。本人はまだ気づいてないけど、結婚証明の書類に記載させる予定だ。気づいてどんな顔をするのか楽しみだった。


「陛下、この書類にある皇族の欄がおかしいのですが」


 事前に見つかるなんて、どこから話が漏れたのか。溜め息をつきながら書類に目を通す。現在の皇族数は3人で、近日4人になる。皇帝の僕、皇妃のトリシャ、義兄の欄にニルス……何もおかしくなかった。


「問題ないよ」


 ニルスに突っ返す。執事としての顔ではなく、僕の親友として忠告に来たのかな? 厳しい顔をしたニルスがひとつ深呼吸をした。


「よくお読みください。私がなぜ義兄なのです?」


「僕が先代皇帝とあの女の間に生まれた子で、ニルスの両親の養子なんだから合ってるじゃないか」


「……いつ養子縁組した?」


 口調ががらりと変わった。勝手に捏造するなと告げる彼に、目の前の書類を押し除けて机に肘をつく。譲らない時の僕の姿勢だけど、気づいたニルスが顔を顰めた。


「以前にマルグレッドから、うちの子になればいいのに、と言われたんだ。その時の言葉を当事者の承認として、養子縁組を遡って適用した。この時はまだ夫妻は生きてたから問題ない」


 法律を遡って適用してはいけないと正論を述べながらも、ニルスの言葉にはキレがなかった。説得し切れないと悟っているのだ。僕がこうして譲らないと示した時に、彼が覆せたのは1回だけ。無理と分かった説得は虚しいよね。


「何がしたいのですか」


 項垂れたニルスは説得を諦め、泣き落としに入った。口調が執事に戻ってるから、かなり妥協してきたね。でも僕は折れないよ。これはトリシャの望みでもある。


「トリシャも僕も、親族はいない。新しく生まれる子を入れても、家族は最小単位だ。だから、トリシャも望んだことだよ。ニルスやソフィが義理の兄や姉ならいいのに……ってね」


 にっこり笑った僕の口元に滲んだ自信に、ニルスは膝を突いて崩れる。机に縋り付くようにして堪えた後、恨みがましい目で僕を睨んだ。トリシャの願いなら、僕が絶対に妥協しないと理解したのだ。勝ったね。


「この代償は高くつきますから」


「仕方ないでしょ? 僕は悪虐皇帝で、望んだものは何でも手に入る立場にいるはずなんだよ」


 悪びれない僕の態度に折れたニルスが、負け惜しみを吐いてから、きっちり姿勢を正して一礼した。


「かしこまりました、でも主従関係はこのまま維持していただきます」


「その辺はいいんじゃない? トリシャとソフィが姉妹になれればいいんだから」


 出て行ったニルスが扉を閉めたところで、僕はがくりと椅子に崩れ落ちた。焦った。反論は咄嗟だけど、言いくるめられなくて良かった。

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