127.僕と君だけの秘密だよ

 トリシャの好きな花のモチーフを聞いて、百合より鈴蘭の方が可愛いと答える彼女に微笑む。ならば鈴蘭でいいかな。鈴蘭部分に白濁色の月光石をあしらって、中央に僕の瞳の色である蒼玉を抱かせよう。ちょうど大粒の石がある。


 頭の中で在庫のリストを思い浮かべながら、僕はティアラの話から逸れていく。新しいドレスを贈りたいが、そう言ったら遠慮するよね。だからプレゼントで渡す計画だった。さり気なく好みのデザインを探らなくてはならない。


「トリシャはどんなドレスが好き? 胸元はレースで覆う形でいいけど、袖や裾はフリルがあった方がいいのかな」


「シンプルな物が好きですわ。リボンやフリルは苦手です」


 動く際に気を遣うからと笑う。なるほどね。体のラインが出るドレスと、スカートが大きく膨らんだプリンセスタイプの両方を用意させようか。他にも部屋着に近いが品のある、踝丈のワンピースがいい。ドレスのように何枚も重ねず、シンプルで締め付けない形だ。腰ではなく、胸の下で切り替えてもいい。


 すり合わせをしていく間に、トリシャも気づいたようだ。


「エリク、私のドレスはたくさんあります。新しく作らなくても足りていますのに」


「皇帝が金を使わないと、騎士の未亡人達の生活が困窮してしまう。トリシャは皇妃だからね、彼女達の生活を支えるために着飾る必要があるよ」


「わかりましたわ」


 にっこり笑うトリシャの美しい顔に手を伸ばす。僕より少し体温が低い彼女の頬は滑らかで、心地よかった。


「それから、これは僕と君だけの秘密だけど」


 大仰に前置きをして、トリシャに顔を近づけた。頬を赤く染めたトリシャの頬に唇を押し当てる。


「エリク?」


「ごめん、我慢できなかった。相談は嘘じゃないよ」


 もう一度顔を近づけ、こそこそと耳元で囁く。驚いた顔をしたトリシャの表情が、徐々に笑みに変わった。蕾が綻びる様に似て、本当に愛おしい。


「どう思う?」


「私は賛成ですけれど、気持ちは揺れ動くものですから……」


 勝手に推し量って動くのは危険、やっぱりトリシャも僕と同じ結論か。ニルスはソフィに対して好意的だ。その気持ちが恋愛の域に入っているか、まだ見極めが付かなかった。トリシャから見ても、ソフィはニルスを頼っている。だが仕事の上司としてなのか、異性として見ているかは微妙だった。


「いいキッカケがあればいいんだけどね」


「周りが動くと拗れることもあるのではありませんか?」


「詳しいの?」


 恋愛事情を口にするトリシャに嫉妬混じりの声を向けると、くすくす笑いながら机の上の本を開いた。リビングで読んでいる本だね。飾り文字を使ったタイトルは、恋愛小説のようだ。


「恋愛小説をよく読むのですが、やはり当事者同士が動かないと……あとは劇的な変化、でしょうか」


「この分野に関しては、トリシャの方が上手うわてみたいだ。僕に恋愛小説をいくつか貸してよ。トリシャのお勧めが読みたいな」


 恥ずかしいと真っ赤な顔のトリシャが選んでくれた本を手に取る。並んで一緒に読書を始めた。彼女は読みかけの本を、僕は彼女が選んだ本を。ページを捲る音が響く他は静かだ。


 トリシャはロマンチストだね。こういう恋愛が好きなら、虐げられたお姫様を救う皇帝陛下は評価が高いんじゃないかな? ふふ、いいことを知ったよ。

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