122.ただ一人のための演劇
謁見の広間で、入室して玉座に腰掛ける。頭を下げて待っていたヨアキムが、ゆるりと顔を上げた。
「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく」
「うん、申し立てがあると聞いたけど」
長くなりそうな挨拶を途中で遮った。誰も彼もそうだが、心にもない世辞を並べる後半が長くて無駄なんだ。気を悪くした風もなく、ヨアキムは膝を突いたまま見上げてきた。その顔に貼り付いた仮面みたいな笑顔、いつまで保てるかな。
「シュルストレーム女公爵ソフィ嬢との婚約をお許しいただきたく、お願いにあがりました」
斜め後ろで控えるニルスが、焦った声をあげる。
「ソフィは私の婚約者です!」
「ごめんなさい、ニルス様……いえ、ナーリスヴァーラ大公閣下」
ソフィが遮るように口を挟んだ。ふふっ、面白くなってきたね。緩みそうになる口元を引き結んで、僕は玉座の肘掛けに寄りかかった。
「困ったね」
「陛下。ソフィは我が婚約者にして、姫様の侍女です。お分かりでしょう」
「もちろんだよ、そのために公爵の地位を与えたんだから」
ニルスの分かりやすい忠告に、僕は面倒くさそうに頷いた。この餌に食いついてくれないと困るんだけどね。はっきり言った。僕が公爵の地位をソフィに与えた理由は、トリシャのため。だからトリシャの侍女でなくなるなら、彼女はただの平民になる。
さあ、どうする? 君がソフィに惚れていたなら対応も変わったけど、そうじゃないし。隠して持ち込んだ武器も、僕を殺して帝位を奪う計画もこの手の中だ。
「皇帝陛下、どうか……」
拝むようにしたソフィだが、震えながらニルスに視線を合わせる。ほんの僅かな時間で、互いにタイミングを図った。
「私の方から婚約を解除し、公爵の地位を剥奪することもできるのですよ」
言い含めるニルスの言葉に迷う様子を見せたソフィが、立ち上がる。ニルスの方へ走ろうとした瞬間、ヨアキムが動いた。彼女の手首を掴み、引き寄せようとする。強引な腕は、悲鳴と共にすぐ緩んだ。
「シュルストレーム公爵ソフィ様に、無礼を働くか」
吐き捨てたアレスの声に重なって、ヨアキムの手首が転がった。同時に短剣が胸元からこぼれ落ちる。右手でソフィを掴み、左手で抜いた短剣を押し当てるつもりだったのだろう。
「ご苦労、アレス」
「はっ、御前を汚した御無礼をお詫びいたします」
近衛騎士の抜剣は許可が必要だ。しかし例外的に、今のように武器を隠し持っていた者がいた場合などは、各自の判断で行動が許されていた。今回は事前に許可を与えていたけどね。
立ち上がった僕に、ヨアキムが情けない声をあげる。
「へ、陛下。私はあなた様に忠誠を、誓って……このような、酷いこと」
「ふーん、宮廷内で起こる全ての出来事は僕の耳に届く……それでも同じことが言える?」
びくりと肩を震わせるヨアキムは、左手で右手首の傷を押さえていた。その手がじりじりと動く。抜いたままのアレスの剣が、じわじわと腰へ回された左手首も切り落とした。
「動いて良いと許可していないぞ」
ぐああああ! 痛みの絶叫が広間に響き渡った。うん、やっぱり僕はこういう苦鳴の響きは嫌いじゃないよ。勝利を確信させてくれるからね。
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