47.お粗末すぎるんだよ

 他国の王侯貴族が逗留する。よくあることだ。属国の王は、帝国への納税を兼ねて毎年顔を出す義務があった。これは属国の反逆を防ぐ意味合いもあるけど、代理も認められている。王太子、王子、王女など。直系の王族ならば、国王の代理権をもって滞在が可能だ。


 今回はこの制度を上手に使われた。国王の代理権を持つから無下に出来ない。まあ、皇帝である僕には関係ないけど。相手の王女がどこまでそれを理解しているか。


「こちらの離宮、素敵ね。私もこんな場所に住んでみたいわ」


 厳戒態勢の警備を誇る離宮から出た僕に、馴れ馴れしく話しかけて来る。僕がトリシャに告白してからすでに5日、思ったより遅い動きだったね。窓から見送るトリシャを振り返って手を振る。目の前の名乗りもしない女は無視した。


 王女の地位にどれほどの価値があると思ってるの? 要領のいい先祖をもち、傲慢に振舞うことに慣れた女に興味はなかった。小さく手を振り返すトリシャを、隣の女が睨む。舌打ちしたくなるが、僕は無視して歩き出した。すると馬鹿な女が付いてくる。


「ねえ。陛下、私もあの離宮に……」


「うるさいよ」


 トリシャに見えない場所で演技してやる義務はない。ぴしゃりと言い捨て、僕はわざと離宮の方を振り返った。口元に自然と笑みが浮かんだのは、目の前の女を釣る餌じゃない。さっきまで僕の手で果物を食べていた小鳥を思いだしただけ。自然と浮かんだ笑みに見惚れる女を放置し、僕は執務室へ向かった。


 付き従うニルスが、途中で文官から受け取った書類を手に入室する。扉をきっちり閉めてから、ニルスは書類を机に置いた。


「よろしいのですか?」


「……嫉妬するトリシャは美しいだろうな」


 僕のうっとりした言葉に、苦言を呈そうとした執事は苦笑いして残りを飲み込んだ。書類の内容を簡単に読み上げるニルスに頷き、署名を施す。淡々と終えた執務は予想より早く終わった。いつもならすぐにトリシャの離宮へ戻るんだけど……。


「仮眠をとる」


 隣にある別室へ移動した。長椅子に寄り掛かり、ニルスが差し込んだ枕に頭を預ける。上掛けを腹の上まで引いて、僕は目を閉じた。


 浮かぶのはトリシャの姿だ。一昨日くらいから、離宮のテラスで僕に手を振って見送るようになった。まあ、僕が強請ったんだけど。照れる彼女は、今日見た無礼な女をどう思っただろう。嫉妬してもらうには、まだ足りないね。


 僕からあの王女に歩み寄る気はない。そもそも王族ってのは、他の貴族より厳しい礼儀作法を身に着けているべき存在だ。それが初見の皇帝に挨拶もせず、何かを強請るなんて……場末の娼婦以下じゃないか。最低だな、娼婦だって名前くらい名乗るってのに。


 あんなのを送り込まれるとは、隣国の王は僕を相当見くびってるようだ。いっそ王女の失態を盾にとって、王族を交代した方がいいかも知れないな。洞察力も情報の収集能力も、何より危機管理に関する才能が欠けているみたいだ。


 思い浮かんだ狸の顔に大きくバツを書いて、僕は溜め息をついた。この程度じゃ、トリシャが嫉妬する価値もない。さっさと処分しよう。

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