第4話 お断りします
「やだ! 絶対にやだぁ!」
【ええい! 駄々をこねるな!】
霊が取り憑き、学校の七つの怪談に数えられる動く人体模型と化した『
「怖いしめんどうだし! 恐いしめんどうだよぉ!」
【嫌がるならせめて語彙力を磨け莫迦弟子!】
早々に家に帰ろうとするミカを、魔王は足の主導権を奪い動きを封じる。
ただでさえ乗り気のしない魔憑き退治に、何故怖い思いをしてまで付き合わねばならないのか。
そもそも、戦うのは魔王で、自分は身体を貸すのだけではいけないのか、それがミカの主張である。
「ボクが戦わなくても魔王様の手にかかれば済む話じゃん!」
【
ミカと魔王は文字通り一心同体である。戦いで傷つくのも、死を迎える時でさえも、今は残念ながら離れる事は出来ない。
魔王の力も『魔力』があってのものである。その魔力も、魔力の素である魔素が僅かしかないこの世界では、無限には扱えないのだ。
【無闇に力が使えん以上 貴様に頼らざるをえない状況も充分にあり得るのだ! 弟子にしたのもこれから先貴様にしか出来ない事を押し付ける為なのだぞ!?】
「全く嬉しくない説得どうもありがとう! 魔憑き退治には協力するけど ボク自身は戦うつもりは一切ございませんので!」
双方共に譲り合うつもりの無い会話。これも両者共に『怠惰』な性格からくるものである。
魔王は魔王らしく、上からの目線でミカを
一方のミカはたとえ相手が魔王だとしても、怯む事なく自らの主張を押し倒そうと必死に足掻いているのだった。
「とにかくイヤなものはイヤ! ボクは極々普通な高校生なんです! 平凡な生活を望んでんですぅ!」
【なんと強情な……貴様本当に我輩の後世なのか……?】
不信感を募らせる魔王だったが、こうして運命共同体になってしまっている以上、認めざる負えない事実である。
そして悠長にしすぎた。揉めている間に二体の人体模型が、遂にミカ達に追いつく。
「とにかく逃げ……って!? いい加減足返してよぉ!」
【お前の返答次第だ 戦うつもりが無いというのなら 魔憑きの餌にするのも致し方あるまい】
「鬼! 悪魔! 人でなし!」
【魔王だからな】
幾ら動きが遅くとも、動けないミカを追い詰めるのには関係無い。
すぐそこまで迫る人体模型。このままでは本当に、餌食となってしまうだろう。
「──ッ! 分かった! 分かったから早くして!」
【交渉成立だな】
絶対に交渉なのではないが、今はそんな事言ってられないと、足の主導権が戻ったミカは走り出す。
「これっきりだから! もし修行だとか言う時は事前に説明してよね!」
【分かった分かった 次はそうする】
半信半疑に思いつつも、ミカの足はある『教室』を目指していた。
戦わなければならない。ならばうってつけの場所だとミカは考えていた。
「ボクの血で鍵作ってくれない!?」
【その程度ならば許そう 何処の鍵だ?】
「ここさ!」
血で形造っていた理科室の鍵を『分解』し、別の教室の鍵へと『変換』し、鍵を開ける。
たどり着いたのは『家庭科室』だった。
「鍵閉めて時間稼ぎして……よし! 先ずは一安心!」
【何故ここである必要があるのだ?】
「フッフッフ……流石に魔王様でも分からないかな?」
若干魔王の逆鱗に触れかけるが、今回だけは見逃され、ミカの自由にさせられる。
ミカの言う通り、ただ闇雲に隠れに来たわけではいない。秘策があってやって来たのだ。
「なんたってここには包丁に……ミートハンマーだってあるんだからね! 家庭科室は最早武器庫と言っても過言ではないのでは?」
【その程度が通じると思うか?】
魔憑き物理的に存在しているが、本体は実体のない『霊』である。
たとえ人体模型を壊せても、本体には届きはしないだろう。
「フッ……魔王様ってば案外鈍いんですねぇ?」
【ぶち殺すぞ貴様】
「イヒャイッ!ごめんなひゃいごめんなひゃい!」
早々に我慢の限界を迎え、調子に乗ったミカの頬は強くつねられる。
痛む頬を押さえながら、家庭科室にある秘策となる『ある物』を探し始めた。
「ええと確かこの辺に……あった!」
目的の物を見つけはしゃぐミカだったが、生憎と魔憑きも家庭科室にたどり着いてしまった。
「追いつくの思ったより早いんですけど!?」
【おそらく
激しく叩かれる扉。それ以上に煩い心臓の音を抑えつつ、ミカは覚悟を決める。
「一気に扉を開けて不意を突く……大丈夫……大丈夫……」
恐怖に震える身体を自ら奮い立たせ、作戦を口にする。
やれば出来ると言い聞かせ、魔憑きへと立ち向かった。
「よしっ!」
鍵を開け、勢い良く扉を開く。叩いていた扉が突然開いた事でバランスを崩し、ミカの狙い通り倒れ込んだ。
「もらったぁ!」
骨の人体模型の頭部目掛けて、ハンマーを振り下ろす。
砕け散る骸骨。これで動きを止めたと一息した時、無情にも上手くいかなかったのだと、ミカはすぐに気付かされた。
【本体は霊だぞ 外側を破壊したところで影響は軽微だ】
「大丈夫! 予想の範疇さ!」
そしてミカは
【……何だ? それは?】
「"塩"だよ お化けはこれで清められるって……」
【効く筈ないだろう 奇跡でも起きない限りは】
「──へ?」
動揺した隙を突かれ、もう一体の人体模型がミカの首を掴んだ。
「ヒャッ!?」
振り払おうとするも、想像以上の力を込めら、首を絞めながら持ち上げられてしまう。
ミカは力に対抗できず、意識が朦朧とし始めたその時であった。
「世話が焼ける後世であるな」
【……え?】
突如、中身が入れ変わった。
手を出さないといった魔王が、強制的に人格の主導権を切り替え、自ら動いたのだ。
「『
指先を傷つけ、空に飛ばした血沫に魔力を込め、魔法陣を起動させる。
血の盾を造り上げ、襲いかかる魔憑きを跳ね除けた。
「『
血の盾を分解し、今度は血の魔剣へと変換し、実体無き魔憑きを斬り裂く。
目にも留まらぬ一閃。先日の人間と違い、容赦の必要の無い人体模型であれば、魔王も遠慮なく斬り込む事が出来た。
「残りは貴様が倒せ」
足元にいた骨の人体模型が立ち上がる。頭部を失ったとしても、霊本体を倒さない限り、動きが止まる事は無い。
【どうやって!?】
「貸してやろう」
人格が再び切り替わり、今度はミカが表に出る。
軽々と振るっていたのがまるで嘘のように、握られた魔剣はミカの右手に重くのしかかってきた。
「おも……っ!?」
【息を整えろ 我輩の動きを思い出せ】
ミカには出来なくとも、"身体が覚えている"。
【忘れるな もうお前は『普通』ではないと】
魔王の言葉を引き金に、ミカは身体の奥底から熱く沸き上がる力を滾らせ、振り絞った。
「──テリャーッ!」
大振りで、隙だらけの一撃であった。
それでもミカの手で、魔憑きを倒してみせたのだ。
「ちょっと! 助けるなら最初から助けてよ!?」
【低級の魔憑きを倒したところでたいした魔力は得られんのでな】
魔王の真の目的は、ミカの『恐怖心』を煽り、魔憑きをより強力に育てる為であった。
【貧弱な貴様など初めから期待していなかったのでな せめて"餌"で使おうという慈悲だ】
「ただ悲しいだけだったよ!」
【
労いの言葉をかけられる。全く予想していなかった言葉に、ミカは悪い気はしなかった。
「──この世界で何をするつもりなの?」
新しい身体を得て、ミカの身体から出ていくのは良い。
有耶無耶にされないよう、ミカは今訊ねる。その後、魔王はどうするのかを。
【やっぱり世界征服とか? だとしたらやめ──】
「何故我輩がそんな面倒な事をせねばならんのだ」
魔王の力があれば、この世界を手中に治める事も可能であろう。
だがそうなれば当然反旗を翻すものが現れる。仮に現れなくとも、世界の管理しなくてはならない。
【そうさな……"平凡な生活を送る"というのも──悪くはないか】
「──そっか」
この魔王を世界に解き放つ事で、世界に混乱を招いてしまうのでは無いかと思っていた。
もしも魔王のこの言葉が本音だというのなら、協力するのも悪くはないと、ミカは思うのだった。
【いや待て 征服するだけして管理を全て貴様に押し付けるのであれば……?】
「お断りします」
改めて、ミカは考え直すのだった。
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