計算高くてすみません!

浦 かすみ

損得勘定

私の目の前には自国の王子殿下……その横には綺麗なプラチナブロンドの可愛らしい女性。


「ヴァレリア=コベライダス公爵令嬢、私はお前との婚約破棄を申しつける。そしてマリエリーナ=リーム男爵令嬢を新たな婚約者とする」


私はシュージアン=ホーナ=ギャナラシュ王子殿下のお顔をジッと見詰めた。強い魔力を帯びた瞳…そう、そうなのですね。思わず笑みが零れる。


シュージアン殿下の後ろにいた伯爵子息と子爵子息が、貴女が苛め~とか水をかけて~マリエリーナが怯えて~とか何かごちゃごちゃ言っているけれど、正直どうでもいい。


私は緩みっぱなしだった頬を引き上げた。


「お前のような性悪が私の婚約者だったことがそもそもの間違いなのだ!」


「殿下」


「マリエリーナがどれほど怯え……」


「シュージアン殿下」


「て……何だっ!?」


私はがなり立てているシュージアン殿下の顔を真っ直ぐに見つめた。


「その方、リーム男爵令嬢がシュージアン殿下の最愛の人…なのですね?」


「……っそ、そうだっ!お前と違って意地の悪い苛めもしない心優しい最高の女性だ!」


そうか最愛の人か。良かった…やっとだね、殿下。


「7年前におっしゃっていたことがやっと叶いましたね。おめでとうございます」


私がそう言うとシュージアン殿下は暫く怪訝な顔をしていたが、徐々に顔色を失くしていった。


「7…7年前……もしかして?し…城の中庭で挨拶の時に…」


「ええ、殿下がおっしゃっていた『いつか愛する人と巡り合いたい』がやっと叶いましたのね、良かったですわ。おめでとうございます」


学園の中庭は静まりかえっている。最初ざわついていた周りにいる生徒達も息を詰めて私と殿下達を見詰めている。


私は淑女の礼をした後、静かに踵を返した。


「ま…まち、待ちなさい!そんな言い訳…!」


伯爵子息が私の肩を掴んで引き戻そうとした。私は物理防御障壁を展開して子息に触られようとしたのを拒んだ。侯爵子息も追いかけてきて私を指差して叫んだ。


「お前がしていることは我が国を貶める行為だ!」


私は振り向かずに夜会の会場を後にした。


帰りの馬車の中……殿下の後ろにいた伯爵子息と侯爵子息の発言を思い出しながら、大きな溜め息が漏れる。


私が殿下の恋人を苛めたぐらいで、国益が損なわれるとでもいうのかしら?この婚約破棄の方がよほど、国益を損ねているわよ?


私とシュージアン殿下の婚約発表でどれぐらいの経費がかかったと思っているの?


婚約発表を行った際の王宮の設営費、当日の王宮のメイドや侍従の特別手当込みの人件費、国の殆どの貴族は婚約発表の会に招待されているから、その招待状の制作費用と配送代…会場当日の飲食の食材料費…おまけに婚約発表の時の私の衣裳…あれ全部、国庫持ちよ?国の税金よ?国民から徴収した税金で全て準備して賄っているのよ?


「なんでもっと早く言わないかなぁ…」


イライラしてきて舌打ちしながらつい、言葉が漏れてしまった。いけない…上辺だけでも愛する人と巡り合えた王子殿下をお祝いしている元婚約者を演じてあげなければ…


まあ今更だけど?


本当詰めが甘いわぁ……あの王子。もっと頭が切れると思ってた。好きな人が出来たのはいいんだよっ、それはいいんだけど…おせーんだよ。何故もっと早く言わないっ!?


馬車の中でずっとイライラしながら家に帰宅した。ムカつくからその日はすぐに寝てやった。


次の日


父、コベライダス公爵と兄、ヴュークワイアが渋面を作って私を待ち構えていた。


朝、朝食前に父の執務室に連れて行かれた。父は開口一番


「陛下は当然お認めにならないだろう」


と言った。そりゃそうだろうよ、婚約破棄に伴う費用対効果が生まれない、コスパが悪すぎる。いくら私の評判を下げたところで今日まで準備してきた婚姻費用が膨大すぎる。


あのアホ殿下は気が付いていないみたいだけど、婚姻衣装を制作するのに一年かかるなんてザラなんだよ?もう私の婚姻衣装六割方作り終えてるのよ?


それに婚姻の後に振舞われる夜会の特別メニューは各地方から珍しい食材が送られてきているのよ?私も食材見せてもらったけど、すんごい高価な幻の〇〇!みたいな食材ばっかりだったわ。


それが全部、昨日の婚約破棄でキャンセル、水の泡…どうすんのこれ?


父はどんよりとした顔のまま隣に座るお兄様を見上げた。


「お前はこれからどうするつもりだ?」


「私は、ヴァレリアの助けになればと…王太子付きの補佐官の任を受けましたが、今日にも辞任致します。領地の経営も父上ばかりにも押し付けておけませんしね」


父は私を見た。あまり怒っている風でもないね。


「お前が殿下の…マリエリーナ=リーム男爵令嬢を苛めたとか、言われていたらしいが…それが何か利益を生むのか?」


私は少し微笑んで見せた。


「生みませんね」


「じゃあ、男爵令嬢の虚偽だな」


流石、私の父親。金儲けにならないことには一切動かない私のことをよく見ていらっしゃる!


「しかしこの婚約破棄に関する赤字をどうしたものかな…」


「増税しては駄目ですよ。予算を削らないと…丁度良いではありませんか?王太子と王太子妃の公務を減らして他領地への旅費と滞在費を削れますわ。おまけに派手な夜会を自粛して頂いて衣装代も削れます。是非、国王陛下にご進言を」


私がそう言うと、父親は苦笑いをした。


「我が娘ながら怖いな…いや、シュージアン殿下にもお前くらい国の税政に気を向けて欲しかったな…」


お父様、気が抜けて過去形になってますよ?もう殿下が税政に気を向けてくれないこと前提になってない?


そして、お兄様は本当に次の日、補佐官を辞任してその日のうちに領地に帰って行ってしまった。


さあ~てコレどうするんだ、シュージアン殿下?


お兄様は妹の私が言うのもおかしいけれど、優秀だよ?


そしてその日の夜、王宮から帰って来た父は私を執務室に呼び出した。あれ?結構晴れ晴れした顔をしてますね?


「ヴァレリア、お前はリアフェンガー=クレガ=ホースト辺境伯に嫁ぐことになった」


な………………なんだってぇぇぇ?!


リアフェンガー=クレガ=ホースト辺境伯といえば、現国王陛下のは実弟で年の離れた王弟殿下だ。御年26才。私より8才年上。


おまけに2回離縁している。バツ二だ。


あ、今更ですが私は元異世界人?の多分享年26歳です。亡くなった年は、王弟殿下の同い年だね。まあそこは重要じゃない。


「王弟殿下は婚姻を、ニ度されていますよね」


「そうだな」


「大変に不敬ではございますが、何か原因が?」


父は若干眉を動かした。何かあるな?


「辺境領に妾妃が複数人に居ると…噂にされている」


「!」


「嫁いでも、一切触れられず捨て置かれる…との噂だ」


「!」


思わず私はソファから立ち上がって、ニヤリと笑ってしまった。


「それ…素晴らしいですわね」


父は溜め息をついた。


「しかし王命がある。必ずや後継者を産み育てるように…と」


何でまた!?そんなの妾妃に任せてりゃいいんじゃね?


「お前の子だからだ」


父の言葉に息を飲んだ。


「異界の叡智…それを他国に出したくない。子供で縛っても留めておきたい…それにお前のように魔力値の高い子供を授かることが出来るかもしれない。陛下としては…王弟に王族の血族を多く残しておきたいのだ」


「…!」


これはなかなかの発言だよ、お父様。それが国王陛下の真意なら自分の息子、シュージアンの子供達には王族としての意味を持たない…と思っているということじゃないの?


これは…まさかね?あくまで辺境伯、王弟の実子はスペアだと思う。シュージアンとマリエリーナ=リーム男爵令嬢との子供が一応の王家の本筋…だと思うけど、国王陛下は状況を見て動くかもしれない…


まあ…今ここでそのことを考えても仕方ないわ…でも困ったなぁ。既に愛人がいるような人の所へ嫁いでも相手にしてくれないじゃない。


まあ後継ぎ関係は愛人さんに任せましょうか。私は私で頑張りましょうかね…


「ヴァレリア」


「…?はい」


父に呼びかけられて、そう言えばまだ話の途中だったと、顔を上げた。


ん?父は満面の笑顔だ。まるで一円誤差が出ていたがやっと計算が合って処理が済んだ後みたいな清々しい笑顔だ。


「いや~良かったよ。シュージアン殿下とお前の婚姻式の費用が無駄にならずに済んで!」


「は?」


「いや、だってヴァレリアとリアフェンガー=クレガ=ホースト辺境伯との婚姻式としてそのまま使うからさ~」


すごっ…無駄を出さずにシュージアン殿下→リアフェンガー=クレガ=ホースト辺境伯に転用。これぞ勿体ない精神だよ。


「確かに式の為に準備した食材費や設営費もそのまま使えますね…人件費もスライドさせて、招待状は作り直しですが…それだけならなんとかなる…かな?」


「それにお前のドレスもそのまま使える」


セコイ!いや、流石私のお父様素晴らしい!


そういう訳で使い回し…エコ…無駄無く相手を変えて、別の方との婚姻式を急遽挙げることになったのだった。

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