第拾肆話 その少年、ゲーマーにつき。

 「こんにっちは~!」


 日曜の昼前になり玄関が勢いよく開けられる。そうして侑を先頭にして華鳴と恋奈が続いて中へに入っていく。


 侑の声は元気、つまりはいつも通りだが和州の顔を見ようとはしないことから昨日の別れ際のことを忘れている訳ではないらしかった。


 「よく来たの!今日から頼むわい。」

 「はい!」

 「んー。」

 「よろしくです~」


 こうして始まったバイト初日だが特に依頼が入ることも、侑と和州に進展もなく午前が過ぎていった。その間に仕事らしい仕事をしたのは華鳴だけだ。


 華鳴は自身のコンピュータに強いという利点を活かしてアガル探偵事務所、侑に言わせればアガたんのホームページを作りメールでの受付を出来るようになった。更にホームページでは空きがあるかどうかも確認できるようになっていた。


 これまでアガたんが欠けていた部分の目を見張るような進化に歩矢は大喜びだった。


 そうして過ぎていく1日目も昼下がりに差し掛かると1人の来客があった。流石に直ぐに華鳴が用意したメールアドレスが受信するということは無いが、5人での初めての依頼だ。皆気合が入っている。


 和州は3人に対応の仕方の手本を見せ、歩矢と共に依頼の内容を伺う。


 依頼主は紗耶香という名前の女性で、見たとこ30代後半といった所だ。


 紗耶香曰く、数日前に翔馬という名前の中学生の息子と喧嘩をしてしまった。


 それ以来気まずい雰囲気を引きずりっぱなしで昨日の朝に翔馬は姿を消してしまっていた。どちらからも歩み寄れず耐え切れなくなったと考えられる。


 心配になって最初に警察に駆け込んだが家出なら数日は様子を見てからでと言われ、請け合って貰えなかった。警察は生死が関わると断定出来る場合は直ぐに動くが今回のケースような時だと他の事案が優先されたりすることはザラにあることだ。


 そんな経緯がありアガたんに依頼をしに来たのだとか。


 「喧嘩の原因はなんだったのじゃ?」

 「翔馬が夜更かしばかりするので注意をしたことです。寝ずにゲームやSNSをやってるみたいで……それで学校にも行きたがらないこともあるので言わない訳にはいかなかったんですよね。」

 「夜更かしは以前からしておったのかの?」

 「いえ、最近のことです。急にするようになって……前よりもゲームに熱中してるのかもしれません。」

 「なるほどのう……事情は把握した。まずはこの用紙にを記入して貰えんかの?詳細を把握しておきたい。それと、写真は持っておるかの?」

 「はい。念のため持ってきています。」


 サヤカは写真を歩矢に手渡すと名前,生年月日,携帯番号,服装,交友関係,趣味,SNSの記入欄がある紙の空欄を埋めていく。


 待っている時間で歩矢は写真を眺める。そこには短髪の黒髪で平均的な身長の少年が写されていた。


 後ろには入学式と書かれた立て看板があり翔馬は笑顔で立っている。そこからは学校が嫌になったり家出をするような印象は得られない。


 「これで大丈夫でしょうか?」


 紗耶香は記入が終わるとペンを置き用紙を歩矢の前に滑らせる。


 「うむ。家出時は制服を着ており、SNSはやっていたがアカウント名は不明でゲームが好き。交友関係は分からん、と。了解じゃ。」

 

 歩矢は用紙の項目に指を指して確認すると頷く。


 「すみません。反抗期であまり話して貰えないもので……」

 「構わん。そういうお子さんは多いからの。うちも高校生じゃというのにこの間も大変でのう……」


 歩矢は余計なことを言っているが和州は聞かなかったことにする。そもそも反抗期が理由でない和州のことを掛け合いに出すのは可笑しいのだが、ここで反論でもすれば無用な恥を掻いてしまうだけだ。


 それに、歩矢は紗耶香の緊張を解すつもりで言っていることは和州も理解している。だから和州が変なマネをして逆に気を使わせてしまわないようにするためでもあった。


 これで紗耶香から話を聞く段階は終わり歩矢はソファから立ち上がる。


 「では学校やら友人やらに当ってみるかの。和州,侑,恋奈はついてくるのじゃ。華鳴はこの情報を元にSNSの捜索を。良いな?」

 「「「「はい。」」」」


 そしてアガたん一行は翔馬が通っているという中学校に来ていた。


 学校側に話を聞く場合は保護者が居た方が何かと都合が良いため紗耶香も一緒に来て貰って居る。


 「写真の学校とは違うの。」

 「数ヶ月前に引っ越しをしたのでここに転校しまして……」

 「そうじゃったか……では中に入って話を聞くとするかの。」


 5人は開いている校門を抜け職員玄関から校舎の中へと入り、職員室へと向かって閑散とした廊下を進んでいく。


 「こんにちは。担任の笹森です。翔馬君のお母さんと探偵さんですね。ご足労頂きありがとうございます。」


 職員室では翔馬の担任だという人柄の良さそうな若い男の先生が待っていた。笹森は休日だったが学校に話を聞きに来る前に連絡を入れたら詳しい話を聞きたいからと出勤してきた。日曜だというのにわざわざご苦労なことだ。


 「折角の休みじゃったというのにすまんかったの。」


 相談室へと通されると歩矢はそんな前置きをして状況の説明をし、翔馬の学校での様子を尋ねる。


 「そんなことが……内気な彼がそんな行動にでたのは驚きですね。」


 黙って話を聞いていた笹森はそんなことしか言うことが出来ず、そこでいったん言葉を区切る。


 一度感想を口にすると驚きから解放され、冷静さを取り戻してくると続きを静かに話し出した。


 「学校の様子、でしたか。今言ったように彼は内気なのでクラスに馴染むまでは少し時間がかかったようです。今ではたまに話したりしてる姿も見受けられます。クラスの中心にいる明るい子となら内気な翔馬君でも話しやすいかと思い促してみたらそれ以来仲が良いようです。その子たちの名前はあきら君とよう君です。


 それと日記では最近流行りのFPSゲームが好きだと書いてありました。これがきっかけで明君と陽君と遊んだのだとか。


 ですので相談とかもなく暗い様子も見せなかったので家出をするとは思いませんでしたね。」


 笹森は言い終わるとふぅと少し疲れたように息を吐く。自分の生徒の案件なのだ、気が気でないのだろう。


 「それほどにゲームが好きなら今もゲームが出来る環境にあると見た方が良いの。それで離れられる訳があるまい。知り合いの家か他にどこかネット環境が整った場所か……」


 歩矢は自分の推理を独り言として口に出し、思考をまとめる。


 「いずれにしてもその2人に話を聞きたい。住所を教えて貰えんかの?」

 「個人情報になるので本人に確認を取ってからでないと……もしダメでしたら直ぐに学校まで来るように伝えますので。」

 「では頼んだ。」


 結果として家の住所を教えて貰えることになった。


 最初は2人とも面倒だとか用事があるだとか理由を付けて歩矢たちに話すことを嫌がっていた。だが、心配はないのかと言われ、結局学校まで来て話をしなければならないと知ると住所を教えることを承諾した。


 「助かった。お主は一応学校で待っててくれんかの?無いとは思うがあてもなく現れるかもしれん。念のためにの。」

 「分かりました。」


 学校を出たアガたんは得た情報を元に話を聞きに二手に別れて向かうことにした。組み合わせは歩矢と恋奈そして和州と侑だ。


 因みに紗耶香には家で待機して貰っている。万が一のことだが、戻って来ないとも限らない。







 陽の家へと向かう和州と侑の間には、朝から引き続いて気まずい空気が流れていた。


 実はこの空気を察知した歩矢が一度2人きりにして解決出来ればとこの組み合わせにしたのだ。が、歩矢の考えなど知らない2人はそんなことを知る由もない。


 そんな空気に耐え切れずさっきから2人とも口を開いては閉じての繰り返しをしていた。


 「……ね、ねぇ、和州。」


 遂に耐え切れなくなった侑は急に立ち止まると大きく息を吸って切り出す。和州も侑に合わせて立ち止まり、話を促す。


 「あのね、昨日の話なんだけどさ。」

 「僕がこれからも盗みが必要かもしれないって話か?」


 和州は昨日侑たちが帰る直前に十種神宝を集めるために悪事を働く者に泥棒をするであろうことを話していた。


 そのことに早速答えが出たのかとも思ったが、侑の表情を見てそうでないことを察した。ちょっと気まずそうなむずむずとした顔をしている。明らかに答えを出した人間の顔ではない。


 だが、和州が余計に声を掛けると侑が話づらくなるだけだ。だからただ黙って続きを待つ。


 「そう。……私ね、考えてるんだけどまだ答えが出ないの。和州の言いたいことは分かるけどパパとママのことがあるから……あの後華鳴にも言われて分かってるんだけどね。……もう少しで、今日の依頼が終わったら答えが出そうだから、もう少しだけ待ってて。」

 「ああ。今直ぐにって話でもないからな。それ位、構わないよ。」

 「ありがと。」

 「別に……立ち止まってないで行くぞ。今は依頼中だ。」


 和州は止まっていた足を動かし前へと進んでいく。侑も小走りになって離れた分を詰める。


 2人は今話せたことでギクシャクとした空気は消え去り、幾分か顔もスッキリとしている。






 「ここか。」


 和州と侑は翔馬と仲が良いという陽の家の前にいた。それは茶色い屋根にクリーム色の壁をした何の変哲もない家だ。


 「呼び鈴を押すけど彩羽は大人しく見てろよ。今は見て覚えるだけで良いから。」

 「分かった。」


 和州は侑が頷くのを確認すると呼び鈴を鳴らし、1歩引いたところに立って応答を待つ。


 少ししてガチャリとドアが開けられ垢ぬけた少年が出てくる。本当に中学生なのかといったような出で立ちだった。高校生と言われても疑わないような格好で、和州は彼がクラスの中心人物なのがありありと実感させられた。


 「こんにちは。僕たちは探偵をしてます。君が陽君かな?笹森先生から話は聞いてるよね?」


 和州は陽の顔を見るや否や微笑んで質問を重ねる。和州の見た目でこれをやると少なからず相手にプレッシャーがかかり表情に出やすくなるのだ。結果として話がスムーズになる。陽にとっては年上が、それも2人も仕事で来ているのだから尚更だろう。


 「はい。そうです。話も聞きました。」


 陽もその例に漏れずにおずおずと答える。


 「うん。じゃあ、早速で悪いけど質問させて貰うね。」


 和州は陽の顔をじっと見たまま目を離さずに続ける。後ろでは侑もそれに習って同じく陽を見る体勢を取っている。


 「まずは、ここに翔馬君は居るかな?そうなら解決するんだけど。」

 「居ないです。」


 陽は迷いなくはっきりと断言する。


 「そうか。じゃあ、次の質問をするね。行先の心当たりはあるかな?遊んだことがある場所とか何でも良いんだけど。遊んだことはあるんだよね?」

 「えっと……そこに居るかは分かんないけど、ゲーセンとかネカフェには一緒に行ったことある。」

 「なるほどね。ネカフェでは翔馬君とゲームを一緒にしたのかな?あの流行ってるFPSゲームかな?プレイヤー名は何だった?」

 「そのゲームです。名前は……確か『空翔ぶパカパカ』だったと思う。」

 「へぇ~そうなんだ。面白い名前だね。」

 「こういうゲームやってると変な名前の奴は結構いるからそうでもないと思うけど……」


 和州はあくまでにこやかに対応を続け陽にとって話しやすくあろうとする。


 和州は相槌を打ちながらジャブ程度の質問は十分だろうと判断し、今回の訪問の本題とも言えるストレートな質問をぶつける。


 軽い話で踏み入った話はないと油断させたところで唐突に確信を突いた話へとチェンジし相手の心理を揺さぶるのは探偵の常套手段だ。


 「翔馬君が急に変わった心当たりはあるかな?例えばとか。」


 和州は翔馬が急に夜更かしをするようになり学校に行きたがらなくなったのは何か学校で問題があったからだと考えていた。理由もなくそんな生活へと急に変化するのは考えられないためこう考えるのが妥当であり、経験上そうだった。


 だから一番に考え得るいじめを例に出して、陽の様子を見る。とそこには固まった様子の陽の姿があった。


 「何も、知らないです。そもそもあいつのネットリテラシー高いからSNSも分かんないし。だからちょっと遊んだりはしたけどプライベートなことはそんなに分かんないというか何というか……」


 陽の声は話すごとに窄んでいき最後は聞き取るのも難しい程になっていった。


 更には下の方で指を絡ませて手を組んだり指先を合わせたりして動きが少し忙しなくなる。視線も和州の方からは外れ手元に向いている。


 「うん。ありがとう。それじゃ、僕たちは失礼するよ。」


 和州は話が終わると少しだけ歩みを進め陽の家から離れると家の塀を背にして立ち止まり、思考を整理する。


 「ねぇ和州、これからどうするの?やっぱり話に出てきた場所に行く?」


 後ろをついていた侑は立ち止まった和州の前に回り顔を覗き込む。その顔は難しい顔をしていて何か問題でもあったのかと首を傾げる。


 「歩矢さんたちの方次第だけど、そうなるだろうな。まぁ、そこに翔馬君は居ないだろうけど。念のためにな。」

 「何でそんなことが分かんのさ。」


 侑にはただ話を聞いただけでどうしてそうなるのか分からず頭にクエスチョンマークを浮かべる。


 「陽君が嘘を吐いてたからな。


 最初の質問の答えは僕の目を見て断言してた。迷いなく言い切れるのはそれが本当のことだから。けど、いじめの話をした時は声が違ったし手が動いたり目が泳いだりしてた。この変化は嘘を吐くか都合の悪い時に見られる。だからいじめでもしてたか何か知ってることがあるか。


 先生の話だと知ってるかどうかは不安だったけど、ビンゴだったみたいだな。


 強引に聞き出そうとすると学校に話がいったりして問題になりかねないからこれ位しか出来なかったけど……」

 「けど、一緒に遊びには行ったんじゃないの?それでいじめに関わるってなくない?」


 陽が一緒に遊びに行ったと言っていたことは侑もちゃんと聞いていた。


 「人間関係なんて何があるか分かんないからな。それは僕たちが最も体感してることだろ?


 けど、陽君がいじめに関わってたとするなら翔馬君としてはそんな人と遊んだ場所には行きたいとは思わないだろ?」

 「……確かにそうだね。言われてみればその通りだ。」

 「そういうこと。もしかするとこれが夜更かしするようになった原因なのかもな。」


 話が区切れると和州は長い息を吐き、侑は目を瞑る。


 和州が歩矢に連絡を入れようと手を動かした所で侑が思い出したように口を開いた。


 「あ、出てきた場所を探しても見つかんなかったら街中の監視カメラ全部見たらいいんじゃん!」

 「それは最終手段だ。逐一確認してたら時間がかかり過ぎる。何日かかるかも分からない。もしカメラを調べるとしても経路を予想してポイントを絞ってからだな。まずは今は華鳴にSNSを探って貰ってるから、それでどうなるかだな。」

 「けど、華鳴なら一気に見れるんじゃない?ほら、華鳴、凄いし!……あ、華鳴からだ。」


 話す途中で侑のスマホが着信音を鳴らし手に取って確認する。


 「折角だ。今のも確認してみたらどうだ。」

 「うん!そうする。」


 侑は頷くと少し離れていき電話に出る。


 所々で相槌を打ちながら話を聞いている。そんな侑が電話を終えて戻ってきた姿はしょんぼりとしていた。


 「うぅ……時間がかかるからって和州と同じこと言われた……華鳴でも簡単に出来ないかぁ……」


 侑は期待が外れて大きくため息を吐く。


 「だろうな。そんなうまい話がある訳ないし。それで、華鳴の用事は?」

 「ん?あぁ、SNSが分かったって言ってた。アカウント名は『パカパカ』で、これからログの方を遡って調べてみるって。」

 「了解だ。歩矢さんにそのことも踏まえて連絡しないとな。」


 和州はスマホを取り出し電話帳から歩矢のアドレスを開き通話の状態にした。

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