獣人族の国再び10

 七階層は丸い部屋で、奥に三つの扉が見える

 どれも開いているからまずは右の扉に入ってみた

 その扉に入ったとたん扉が閉まってしまい、慌てて扉を叩いてみたけど、固く閉ざされて全然開かない

「精霊様、何かいます」

「え」

 ハクラちゃんが指さす方向に人影が見えた

 その人影はゆっくりと暗がりから姿を現すと、犬耳のお兄さんだった

「よく来たな。私はロウハ、ワコ様の天使が一人だ」

「あ、あの、よろしくお願いします」

「うむ、さて、ここまで来れたということはそれなりに力があるのだろう。言っておくがワコ様の天使は全員が武闘派だ。本気でかからねば死ぬぞ」

「望むところです!」

 強くなるためにはやっぱり厳しい修行や修練が必要だからね

 僕だってやる時はやるんだ

 今この世界ではたくさんのSランク以上の魔物が封印が解かれたり、異世界から来たりで大変な騒ぎになっている

 僕は精霊だ。この世界の生命を守るべき存在なんだ

 だから、負けちゃいけないんだ

「いい顔だ。ではそこの白いのと一緒に二人同時にかかってこい」

「え、でも」

「フェアじゃないとでも思っているのか? 一人ずつかかってくると? それこそフェアじゃない。私はこれでも、神に近い力を持っていてね。一世界の住人程度に殺されるほどやわな体はしていないのだよ」

 それならと、僕とハクラちゃんは構えてロウハさんと相対した

 一目見て分かったけど、この人武術の達人なんだ

 足運びとか、重心の移動とかがそれっぽいし、それに隙が全然無い

 じりじりとにじり寄ってきて、お互の制空圏がぶつかった

「魂撃!」

 ロウハさんの拳は僕らには当たらなかった

 それなのに僕らの体は飛ばされて壁に叩きつけられる

「ぐっ」

「あっ」

 おかしい、ただの物理攻撃で僕らがここまでダメージを受けるなんて

「精神生命体だからと言って油断していたのか? 私達天使も同じ精神生命体、当然それを壊す術も知っている」

 またも近づいてくるんだけど、踏み込みで地面にひびが入ってる

 ガシガシという地面を砕く音と共に迫ってくるロウハさんから逃げるように僕らは宙を舞った

 でもそんなのお見通しとばかりに彼もまた宙へ飛んで僕の頭上に来る

 危ない。そう思った時にはもう僕は地面に叩き落とされて小さなクレーターを作っていた

 ギシリと体が悲鳴を上げている

 ものすごく痛い。よく見ると僕の体はぐちゃぐちゃにへしゃげていた

 すぐに魔力の流れを戻して再生すると、僕の真横にハクラちゃんが落ちてきて地面に顔から埋まった

 これはまずい。早く隠さないと

 ハクラちゃんの履いていないお尻を彼女の着物で隠して頭を引き抜いた

「いたたた、ありがとうございます精霊さ、キャァ!」

「話している暇などないぞ」

 ロウハさんは僕らを休ませる間もなく拳で殴りとばした

 お腹に鋭い痛みが走って、壁に叩きつけられて背中に鈍い痛みが走る

「ぐぅ、なんて重い一撃を」

「い、いったぁい」

 迫るロウハさんの拳を躱して体勢を立て直すと、ハクラちゃんの手を引っ張った

 直後にハクラちゃんの頭のあった場所に拳がめり込んで爆発した

 喰らってたらと思うとゾッとしないな

蹴閃尾しゅうせんび!」

「ハクラちゃん伏せて!」

 ズガガガという大きな音が響いて、丸い部屋の壁に横一閃に尻尾による傷がつく

 まるで鋭利な刃物で抉った顔ような傷痕

「僕らも応戦しないと!」

「はい!」

「精霊魔法! エニシャクルシャディラ!」

 体に魔力で固めた鎧をまとう

 これは生体武器に近いもので、魔力が尽きない限り壊れることが無い

 それに身体能力もかなりあげてくれるから、音速よりも早く動けるようになるんだよね

 だから動きで翻弄して隙をつこうとしたんだけど、あっさり殴り飛ばされて鎧を砕かれた

「魔力の練りが甘すぎるな。だからその程度の物しか出せない。それと白いの、お前は仙力と神力にまだブレがある。もう少し流れを意識して体に巡らせてみろ」

 どうやらロウハさんにはこちらを殺す気はない(とは言ってもちゃんと避けないと死んじゃうけどね)みたいで、それどころか僕らを強くしようとしてくれてるみたいだ

「私もここを任された身、そうやすやすと進ませるわけにはいかないのでな」

「いえ、ありがとうございます。おかげで僕も問題点を改善できそうです」

「うむ、いいぞ、それでいい。向上せよ!」

 ロウハさんの手に目に見えるほど濃い神力が集約されるのが分かる

 それが形となって、ロウハさんの爪になった

「本気で来い、死ぬぞ次は」

「はい!」

「は、はい!」

 ハクラちゃんは言われた通り力の流れを意識して、その力を使い始めた

 そして僕は

「もう一度! エニシャクルシャディラ!」

 魔力の練りを濃く濃く圧縮して、それを体にまとった

 驚いたことにそれまでの鎧とはまったく違う煌く鎧に変わって、自分でもその鎧の大きな力が分かった

「そうだ、それだ!」

 ロウハさんは爪で僕を斬り裂こうとしたけど、ロウハさんの動きは非常にゆっくりで、その爪をよけながら僕はロウハさんのお腹に蹴りをお見舞いできた

「ぐっ、いいぞ、なかなかいい動きだった!」

 嬉しそうなロウハさんの後ろに、いつの間に近づいたのかハクラちゃんが刀を居合のように構えていた

「な!? この私が動きを読み取れなかっただと!?」

「終わりです! 白刀一閃! 白星しらほし!」

 真っ白な線がスーっと流れると、ロウハさんの体が真っ二つにちぎれ飛んで転がった

「あ、あわわわわわ! せ、精霊様! わたわた私! やってしまいました!」

「おおおお落ち着いてハクラちゃん! まず生きてるかどうか確認しないと!」

「し、心臓ですね!」

 ハクラちゃんは上半身に耳を当てる

「音がしません! 動いてないです!」

「ハクラちゃんそっち右だよ!」

「あ」

 左に耳を当てなおす

「う、動いてないです」

「嘘、死んじゃった、の?」

「死ぬわけないだろう」

 うわびっくりした! ロウハさんの上半身は浮かび上がると下半身と引っ付いて元に戻った

「俺も精神生命体だと言っただろう。まぁ最後の慌てふためきはともかく、いい動きだったな。これなら先に進んでもいい」

「あ、ありがとうございます!」

「なに、私はワコ様に言われてここに来ただけだ。だが気をつけろ、この先は私よりも手ごわい天使が待っている。それまでにもっと力をちゃんと引き出せるようにしておけ」

「「はい!」」

 いい修行になったと思う

 でも、でもなんだよ

 ロウハさんを倒した後開いた扉の先は、また三つの扉のある部屋だったんだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る