魔族の国27

 さらに上へと上がると、先ほどよりも濃い木の香りがした

 胸いっぱいに吸い込んで、と言うより取り込んで香りを楽しむ

 空気が濃くて、エレメント体を刺激してくれるのが心地いいな

「なんだか体の調子がすごくいい気がする」

「ここの空気は精霊の森の空気と似ているので恐らくその影響でしょう」

 なるほど、精霊に適した環境ってことか

 今度のお風呂は葉っぱの上に一つだけ、中央に大きなものがドンと置いてあった

 色は先ほど入ったお風呂よりも深い緑色だ

 薬湯に近くて、傷を癒すほかにリラックス効果で体中の疲れを癒してくれる

 されにこのお風呂はエレメント体にも効果があるので、精霊もよく来ているらしい

 癒しを求めて浸かるとふんわりとした木の香り

 気分が落ち着いてゆったりとした感じ

 周りの人も笑顔で、顔がほぐれきっていた

「ふぃ~、このまま寝ちゃいそうだよ~」

「あ~いいですね~」

 ちょ、テュネが本当の意味でとろけてきてる

「テュネテュネ! 体戻して!」

 テュネはあまりの気持ちよさに一瞬エレメント体に戻ってたみたいだ

「っは、私としたことが」

 すぐに戻ったから誰にも見られてないみたいだね

 ふぅ、テュネってば相変わらず少し抜けてるところがある

 でもそれがこのお姉さんの魅力でもあると僕は思う

「そろそろ上がろっか。お昼ごはんを食べに行こう」

「はい」

 お風呂から上がって下に降り、昼食を食べるために店を探した

 温泉水を使った料理屋が見えたのでそこに迷わず入る

「らっしゃい!」

 元気な魔族のおじさんの声がしてちょっとびっくりした

「お、可愛いお嬢ちゃんだねぇ。空いてる席に座ってくれ!」

 大き目のテーブル席に腰かける

 温泉水の料理かぁ、どんな感じなんだろう

 どうやらお任せで作ってくれるみたいで、日によってメニューが違うらしい

「お待たせぇ!」

 おじさんの声がして、それを店員の翼人族の女性が運んできた

 おっとりとした感じの女性で、ゆっくりと歩いている

「お待たせしましたよ~」

 ことりと置かれたのは取り皿だ

 そしてテーブルの中央の板をとりはずす

 そこから火をつけるためのコンロのような装置が出てきた

「火をつけますね~」

 お姉さんが魔法で炎をつけた

 そこに鍋が運ばれてくる

「これが~当店自慢の温泉鍋ですよ~」

 中に入っているのは豆腐、鶏肉、真っ赤なニンジン、白菜に糸こんにゃくといった一般的な鍋物の具材

「では、これを~、入れていきますよ~」

 入れられたのは豚肉? のようなお肉だ

「このお肉は~、爆ししのお肉です~。大将が取って来たんですよ~」

 爆ししはなわばりに入った者に突進してきて、その突進を受けると鼻先が爆発するという危険な魔物らしい

 顔は鋼鉄並みに硬いので、正面に立つのは危険だ

 でも、横からの攻撃にめっぽう弱くて、素早く横に回って攻撃すれば十分対処できるんだとか

 お肉が鍋に入れられ、ピンク色のきれいなお肉が食欲を引き立てる

「サッと湯通しして~、はい、これでこのゴマダレに付けて食べてみてください~」

 取り皿に入れられ、ゴマダレに浸ったお肉を箸で口に含む

 ジワっと肉汁と温泉に含まれたうま味、出汁のうま味が溢れた

 それをゴマダレが包んでいて最高にマッチしている

「おいっし~!」

 声が出るほどのうまさだ

 お肉で野菜をくるんでもいいね

 野菜の甘さがさらに肉の美味しさを引き立ててくれる

 夢中になって食べた。おかわりもしちゃうくらいに

 案の定エンシュもたらふく食べてた

 これだけ食べてもこのお値段!?ってくらいに安かったのがびっくりだ

「また~来てくださいね~」

 ものすごくおっとりと手を振ってくれるお姉さん

 フーレンよりもおっとりした人を初めて見たよ

「さて、宿に戻ろっか」

 そう言って戻ろうとしたそのとき、僕の持ってる通信用のオーブが鳴った

「はい、リディエラです」

「リディちゃん! すぐに戻ってきてほしいの! 精霊国が大変なの!」

 母さんからだった

 なんだか切羽詰まっているようなので、僕らは急いで宿にもどり、荷物をまとめて温泉街を出た

「急ごう!」

 精霊に戻って空を飛び、一気に精霊国へと戻った

 戻ってすぐに惨状を目の当たりにする

 あの綺麗だった花の広場は焼き尽くされ、そこには何体かの妖精が、花に囲まれて横たえられていた

 彼らはもう目を覚ますことはない

 完全に魂は抜け落ち、神様の使う蘇生魔法でも戻ることはないらしい

「どうして、こんなことに・・・。何があったの!?」

 母さんに聞くと、母さんは泣きながら答えてくれた

 なんでも妖精たちが遊んでいるところに突如として龍が襲来し、この広場に火球を放ったそうだ

 逃げ遅れた妖精たちはその火に巻かれ、死んでしまった

 ガンちゃんが慌てて駆け付けた時にはもうこの広場は燃え上がってて、ガンちゃんはショックを受けて立ち尽くしてたらしい

 そこにまた火球が撃ち込まれ、彼をかばったムラサメがエレメント体に及ぶほどの大けがを負い、彼女は今生死の境をさまよっている

「そんな・・・。ムラサメは今どこに?」

「私の自室です。命も風前の灯火で、延命用の治療魔法をかけてやることしかできないのです」

 ムラサメを見舞うと、苦しそうな顔で呻いていた

 下半身は半透明になり、今にも消え入りそうだ

 僕も魔法をかけてみたけど、まるで穴の開いた袋に水を溜めるかのように魔力は抜け出ていった

「どうしたらいいの? 母さん」

「今ガンちゃんにエルリウラを呼んできてもらっています。あの子の居場所に心当たりはありませんか?」

「確か、ジューオンの観光をするって言ってました」

「そう・・・。お願いガンちゃん、早く見つけてきてください」

 切実にそう願う母さん

 いまだ苦しそうなムラサメを僕らは看病し続けた

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