魔族の国7

「魔王は恐らく世襲制ではありません。魂の憑依によって自分の子供に自らの魂を入れてまた魔王になるのでしょう。だから今まで魔王を倒しても何十年か後にすぐに次の魔王が現れる。しかし今回は違います。子供であるキーラに憑依する暇がないほど勇者アイシスに追いつめられてましたからね」

 なるほど、テュネの考察は多分その通りなんだと思う

 アイシスにもキーラのことを最高傑作と言ってたくらいだし

 乗り移る気でいたんだろう。でも、そうはならなかった

 だからキーラは狙われてたんだろうね

 彼女を亡き者にしてその体を奪う

 自分の娘の体を・・・。

 今までずっとそうしてきたんだろう

 自分の子供をただ利用するためだけに生み出すなんて

 キーラはもう大丈夫なんだろうか?

 ちらと見ると相当ショックを受けていた

 僕たちが戦いに出る時には明るく見送ってくれてたけど、強がっているだけなのは明らかだった

 リドリリさんがそばにいるから大丈夫だとは思うけど・・・

 今はとにかく前魔王を倒すことに集中しよう

「もうすぐシノノの報告のあった場所です。遥かな昔に異世界の邪神と神々が戦争をした場所。女王様が力を使い果たし、神としての力を失った場所です」

 ここが、母さんが神々を守って邪神を倒した場所だったのか

 大昔のことはあまり聞いてないけど、まだ精霊も人間含むヒト族も、何も生まれていなかった時代、神々が世界を創っていた頃だ

 この戦いが終わったら母さんに昔のことをいろいろ聞いてみようと思う

「着いたか。ここが、邪神の墓・・・。瘴気が満ちてやがるな」

 アイシスが歩を進めると、人影が目の前に揺らぎ現れた

 背の高さは百八十センチくらい、アイシスより頭二つ分は大きい

 魔族であることは間違いないけど、周囲の瘴気を吸い込んでいる

 普通の魔族がこれほどの量を吸い込めば、死ぬか気が狂うか、とにかく危険だ

 その中でまるで普通に呼吸するかのように深く息を吸い込んでいる

 僕や四大精霊は瘴気で息苦しいというのに

 精霊である僕たちですらここまで苦しいのに、僕の加護しか受けていないアイシスはもっと苦しいと思う

 なんてったって勇者としての力は既に失ってるから

「お前、本当にあの時の魔王か? ずいぶん若いじゃねぇか」

「やぁ勇者、久しぶりだね。私は見ての通り、もはや戦う力すら残っていないよ」

 確かに見た通り、彼からは魔力がかすかにしか感じ取れない

 瘴気でかろうじて命をつないでいるみたいだ

 テュネもどうやら同じ結論に至ったみたい

「アイシス、この者は既に・・・」

「あの子の体を手に入れることができて入れば、もう少しはもったはずなんだけどね。時間がないとわかってから急いであの子の体を奪おうとしたけど、ダメだった。あの子に芽生えた自我はこの五十年で完全に定着してしまったみたいだ。もはや私が入り込む隙などないほどにね」

 そんな話をしている間にも彼の体はグズグズと崩れてきている


「もうすぐ私は消滅するだろう。君たちにとっては喜ばしいことだろ? このまま見ているといい。私はもう疲れた。あの時、妖精女王に力を奪われてから、ただひたすらにこの世界を滅ぼそうと抗ったが、それも今日ここで終わりだ。何億年もかけて数多の世界を滅ぼした私にはふさわしい最後さ」

 何を、言っているんだろう

 この人は、一体・・・

「最後に、君たちに、聞いてほしい。私はかつてこの世界に来た邪神だ。この世界の神々と戦い、精霊の神、現在の精霊女王に倒され力を失った愚かな邪神。それが私だ」

 驚いた

 ということはこの人は、母さんが神様としての力を失うことになった原因?

 一体何歳なんだこの人

「もはや、なぜ世界を滅ぼして回っていたかも覚えていない。だが、それほどに私は何かに怒っていた」

 彼は淡々と語る

「まぁ、その怒りも今となっては煩わしいだけだ。この消滅し行く私を、見届けてほしい。道連れにしようかとも思ったが、そんな気力もなくなったよ。今はただ・・・。君たちの前で無様に消えたい」

 無様、か

 そんなことはないと思う

 今ここにいるのは邪神でも魔王でもない

 ただ一人の男の人

 何かにあらがって、ただ生きるために必死だった一人の男だ

「そろそろ時間みたいだ。」最後にいいかな?」

「なんだよ。キーラの体は絶対にやらんぞ」


「そうじゃない。あの子に、謝りたい。でも私はもう消える。だから勇者よ。私の謝罪をあの子に伝えて欲しい。勝手だとは思うが、頼む」

 頭を下げる彼

「分かった。ところで、あんたの名前は? 名前くらいあるんだろう?」

「あぁ、私の名はカリグジオ、いや、これはこの世界での名前だな。本当の名は・・・。そうだ・・・。思い出した・・・。私は、――――だ」

 本当の名前は聞こえなかった

 彼の体が崩れ去ったから

「俺は帰ってキーラにこのことを伝える。リディエラ、後処理は頼めるか?」

「うん、大丈夫。フーレン、アイシスを送っていって」

「分かりました~」

 二人を見送って僕たちは瘴気を振り払う準備をした

 魂の浄化魔法は使わなくて済んだけど、この辺りの瘴気を払っておかないといずれ強力な魔物が生まれるかもしれない

「リディエラ様、準備ができました」

 アスラムが巨大な魔法陣を書き終わったみたい

 土を操作して書いたみたいだ

 僕らは魔力を練る

「合成魔法、レディアントワールド」

 光で包み込む魔法だ

 これでこの辺り一帯の瘴気はだんだんと消えるはず

 かくして魔王の命を狙っていた前魔王は消滅した

 願わくば、苦しみぬいていた彼の魂が安らかに眠れるように

 僕は、闇の谷と呼ばれたこの場所に彼の祠を建てた

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