第163話裏技の内容

 しかし、持っていた魔石の存在を忘れたまま手を握り込んだことで痛みがあったようで、びくりと一瞬だけ体を震わせると、浅田は視線を自身の手へと落とした。


「それとこの魔石がどう関係すんの?」

「戦士系が体内に魔力を持っているにも関わらず魔法を使えないのは自動的に自己強化に使われているからだが、それ以外にもそもそも魔力を認識できないって欠陥があるからだ」

「じゃあどのみち無理じゃん」


 浅田は唇を尖らせて言うが、結論を出すのは早い。


「ところが、だ。魔力を認識できないって言っても、完全に認識できないわけじゃない。お前達には前に気配を察する訓練をさせたが、あれだって魔力だ。だがお前にもわかったろ?」


 そう。こいつは魔力を感じ取ることはすでにできているんだ。

 気配を感じるってのは人が無意識に発している魔力を感じ取ることなんだが、その訓練をさせたときにも浅田は普通にできていた。


「あ——でもなんで?」

「魔力を認識できないのは、魔法使いに比べて魔力を感じ取る能力に劣ってるからってのもあるが、本質は別だ。常に魔法を使ってるせいで自分の体が魔力で満たされてるから、だから自分の外の魔力はわかっても、自分の中の魔力がどれがそうなのかわからないんだよ」


 浅田達前衛は、覚醒してから常に魔法を身に纏っている状態だ。それは意識を失った状態であっても変わらないし、死ぬまで変わらないだろう。

 そんな状態だからこそ、自分の魔力というものが理解できない。


 普通の人間で例えるなら血だな。

 人間は自分の体に血が流れていることを知っていても、自分の血を直接目で見なければどれがそうなのか分からない。それと同じだ。


「魔石は魔力の塊だ。魔力がどんなもんか理解するためには丁度良い道具だ」

「でも、触ってても全然わかんないんだけど?」

「まあ、基本的には外には漏れてこないからな。だから、ただ持ってるだけじゃなくて、こうする」


 俺は新しく取り出した魔石を握りしめると、魔法で自身を強化してから強く握り込み、魔石を砕いた。


「魔石を砕くと、一瞬だけだがその中に貯められていた魔力が解放されるんだが、その際にすぐそばにいるやつにも僅かだが解放された魔力が吸収される」


 魔力を回復する際には補充薬を使うが、一応この方法でも魔力の回復はできないわけではない。

 だが、加工されていないままの魔力では吸収効率が悪いので、基本的には補充薬を使う。


 しかし今回は魔力を回復することが目的じゃない。


 今回の目的は人間用に調整された薬ではなく、自然のままの魔石の魔力を吸収した際に感じる違和感が欲しいので、補充薬を使えない。


 魔石を砕いて魔力を吸収すると、その時に吸収した魔力によって自分の中の魔力が乱されることになる。


 その際に少し気分が悪くなるが、乱されればどれが自分の魔力なのかわかるようになる。かもしれない。


 先の血の例えでいうと、点滴をすることで自分の血の流れを認識する感じか?

 あれって点滴を受けると、その部分から少しの間その点滴液が流れている場所がわかるんだよな。


 違う点って言ったら、血は自分の意思で操れないのに対して、魔力は操れるってことだな。


「そうして自分の魔力と、入り込んできた魔力を認識するんだ。それができれば、あとは自分の魔力を操ってさっき言ったように自己強化の度合いを変えればいい」


 まあ、それまでに何個の魔石を砕く必要があるのかな、って感じだけどな。

 千個未満で済めば重畳ってところだが、なにぶん誰かが研究したわけではなく、成功したやつを見たことがあるわけでもない。何せ俺は魔法使い系で、最初から魔力を扱えたからな。


 一応ヒロ達と一緒にいた時には考えついていた方法なので、あいつらにもやってみてもらったことがある。


 っていっても魔石を買い集めたら金がかかるので、冒険中に拾った安いクズの魔石を使ってだったが、あいつらは違和感を感じ取れるようにはなったが、結局魔力を操ることはできるようにはならなかった。


 だから本当に成功するかはわからない。

 だがそれでもその方法が正しいんだって自信を持っているように見せないといけない。

 だって教える側がわからなそうにしていたら、教わる側は心の底から頑張れないだろ?


「それと、もう一つ。それらができた後になるんだが、もう一段階上がある」


 自分の魔力を感じ取るのが第一段階。

 その魔力を操ることができるようになって自己強化魔法の度合いを調整するのが第二段階。

 そして、その上に更にもう一段ある。それは本来自分が持っているもの以外の魔力を操ることだ。それができて第三段階になる。


 しかし、その第三段階にもその中に更に段階がある。


「これもさっき言ったが、補充薬なんかを使って体外の魔力を取り込んで一時的に魔力を高める方法がある。だが、補充薬だとすぐに魔力の補充なんてできない。そこでもう一つ方法があるんだが……」


 補充薬での魔力の回復ってのは、すぐには回復しないで緩やかに回復していくものだ。

 なので、常に身体強化の魔法に魔力を奪われ続けている前衛にとっては、多少の強化にはなっても、〝多少以上〟の強化にはならない。

 まあ、じわじわ回復していくので持続力とか継戦能力は高まるんだが、ここぞという時には使えない。


 だが、それを解決するための方法はある。使えば一瞬で魔力を回復することのできる方法が。


 ……しかし、これは本当に言ってもいいものなのだろうか?


 さっきは教える側は悩んではいけないといったが、これはどうしたって悩んでしまう。


 だが……


「言って。あんたのことだから、危険があって迷ってんでしょ? 言って。あたしは、強くなりたいの」


 言おうか言うまいか迷っていた俺のことを真っ直ぐに見据えた浅田の顔を見て、その覚悟に気圧された俺は、ため息を吐いてから教えることにした。


「魔石を砕けば魔力が溢れ、その魔力を吸収できるって言ったが……砕いた際の魔力を完全に操って、全て自分のものにできたとしたら? それは補充薬なんかよりもよっぽど多くの魔力を一瞬で補うことができる」

「それじゃあそれができればっ!」


 できれば確かに魔力の補充って意味では役に立つだろう。


 だが、できることならばやらせたくないし、問題だってある。


 まず問題だが、砕いた魔石の魔力を全て操れればって言ったが、そのためにはまず体外の魔力を操れるようにならないといけない。じゃないと砕いた時に放出する魔力を全て吸収なんてできないからな。


 それに何より、やらせたくない理由だが……人間用に加工しないままの魔力なんて、人間にとっては害しかないからだ。


 魔石を砕いた際に吸収される魔力は少量だが、それだけでも気持ち悪さを覚えるんだ。

 それなのに魔石の魔力を全部吸収することになったら、ぶっ倒れることになるだろう。

 だろうってか、確実に倒れる。それは今までの研究からわかっていることだし、何より俺の経験談だ。


 前に強くなろうと、三級でも特級を殺せるようになろうと試行錯誤してた時に、魔石の利用方法について実験してたんだが、その際に魔石の魔力を全部吸い取ってみようとしたらぶっ倒れた。


 そのため自分が直接扱うのは諦めて別の利用方法を選んだんだが、こいつは魔法使いじゃないのでそれができない。


「……でも、できるかな?」


 俺が迷った様子を見せていると浅田は、俺がこいつにはできないと考えているとでも思ったのか、不安そうにこっちを見ながら問いかけてきた。


 ……何迷ってんだよ。面倒見るって決めたんだろ。手を貸してやりたいって、助けてやりたいって思ったんだろ。だから教えようと思ったんじゃないのか。今更こんなところで迷ってんなよ。


「できると思ったからお前に教えることにしたんだ。大丈夫だ、お前ならできるさ」


 浅田が強くなるために覚悟を決めたように、俺もこいつを強くするために手を貸すと覚悟を決めて、浅田の不安をかき消すように笑いかけた。


 それに、心配ではあるのだが、こいつなら成功するかもしれないとも思っているのだ。


 さっき強制魔法発動体質には疑問があるってことを考えたが、魔力ってのは結構扱いが面倒なもので、魔法の構築に失敗すれば自爆することだってある。熟練の魔法使いだって簡単な魔法を使う時であっても完全に気を抜いて、呼吸をするようになんて使えない。


 だってのに、強制魔法発動体質の奴らはそれを無意識で使う。それは異常だろ。


 それを踏まえて考えたことがあるんだが、本来、魔力に適応して力に目覚めた『覚醒者』と呼ぶにふさわしいのは、前衛の奴ら〝だけ〟なんじゃないだろうか?


 魔力に親和性があり、魔力がある世界で生き残るために体が無意識のうちに魔法を発動するように進化した。

 それが前衛の奴らで強制魔法発動体質の奴らだと考えた。


 俺たち後衛のような他の覚醒者ってのは、あえて意識をすることでしか魔法を使うことのできない中途半端に魔力に適応した者なんじゃないだろうか?


 まあそれが本当だったとして、現実では魔法使い型の覚醒者の方が汎用性は高いし、だからどうしたって話なんだが。


 ……だが、もしそれが本当なんだとしたら魔力に対する親和性、魔力の扱いは、俺たち魔法使いよりも遥かに上なんじゃないだろうか。


 そう考えたからこそ、俺は浅田ならばできると思った。

 少なくとも、俺よりは可能性がある。


「……ちょっと待ってて」


 俺の言葉を聞いた浅田は顔を俯かせると、そう言い残して壁際に置いていた自分の荷物まで駆け寄り、カバンの中を漁ってから何かを取り出し、戻ってきた。


「これあげる」

「なん——通帳?」


 そうして渡されたのは、通帳だった。

 なんでこんなものを、と思ったが、これはさっき言った授業料が関係しているんだろう。

 しかしなんでまた突然ここに来て渡してきたんだ?


「それあげる。全部使っていい」

「それは流石に——」


 受け取れない、と続けようとしたのだが、浅田は通帳を持った俺の手を握り、押し返してきた。


「いいの! あげる! だから、お願い……お願いします。あたしに、教えてください」

「……まだ準備ができてないからな。明後日から始めるぞ」


 頭を下げた浅田を見て俺は改めて覚悟を決めると、一度深呼吸をしてから浅田に声をかけた。


「うん!」


 そんな俺の言葉に浅田は顔を上げると、嬉しそうに笑いながら返事をした。

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