第105話衣装合わせ

 ゲートを抜けて戻ってきた俺は、採取したチョコをいつものように業者に渡してからヤスに電話をかけた。


『——それと、最後にいいか?』

「ん? ああどうした? え、ああ。できたのか。ん、わかった。じゃあいつ——明日? 早いな。構わんけど。ああ。じゃあ明日の放課に来るんだな? ああ。ああわかった。頼んだ」


 だが、いつもとは違ってそのまま話が終わらなかった。


 と言っても、面倒ごとの類ではない。ただの業務連絡みたいなもんだ。


「ドレスができたらしいぞ」


 以前から頼んでいたドレスができたらしい。

 頼んでからの日を考えると早い気がするが、その辺は頑張ってくれたんだろう。


 まあ宮野達もヤスと契約することにしたみたいだし、頑張った理由はそのこともあるかもしれないな。


「で、明日の授業が終わった後に学校に来るらしい。まだ仮縫いだから合わせをするだけらしいけどな」


 女の子としてはやはりドレスというものが気になるのだろう。

 ヤスは都合がつかなかったら後日でいいって言ってたが、宮野達は俺の言葉に喜色の混じった声で返事をし、最後に適当に話をするとその場は解散となった。


 ──◆◇◆◇──


 翌日、学校の授業を終えて放課になると俺のケータイに電話がかかってきたので、ヤスの手配した人を正門まで迎えに行った。


 そしてその場にいた女性達との挨拶もそこそこに、あらかじめ借りていた空き教室に向かって宮野達を会わせていた。


「この人が今回ドレスをデザインしてくれた人だ。着付け……で良いのか? まあその辺のことを手伝ってくれる」


 俺がそう紹介すると、ドレスをデザインした女性は一歩前に出て辞儀をすると、自己紹介をしてから再び一歩下がった。


「それから、ヤスの会社と提携してるところから化粧をしてくれる人も来た。今日は試しだが、本番でも来てくれるらしい」


 こちらは聞いていなかったのだが、ドレスを着るのならメイクもしたほうがいいと気を回して手配してくれたようだ。


 こちらの女性も先程の女性と同じように自己紹介をしたのだが、なんだか宮野達の様子がおかしい。

 いや、おかしいってか、なんか緊張してる?


「で、でもそこまでしてもらうのも……」

「お気遣いなくお願いします。今をときめく新たな『勇者』。その担当をしたとなれば、うちの店も箔がつきますので」

「そもそもお前ら、ドレスなんて着たことないんだから整えてくれる人がいないとダメだろ?」


 どうやら専門のメイク……師? なんていうかわからんが、まあメイク担当の人から化粧をしてもらったことはないようで、そのせいでなんだか緊張していたようだ。


「と言うわけで、まずは全員着替えて、それから化粧してもらえ。違和感があるようならすぐに言えよ。直してもらうんだからな」


 せっかくの初めてのドレスだ。違和感や気に入らないところがあったらどんどん文句を言うといい。どうせ費用はヤスが出してくれるんだからな。


「じゃあ俺は適当にぶらついてっから、終わったら連絡よこしてくれ」


 そう言うと、俺は着付けとメイクの二人に軽く挨拶をしてから空き教室を出て行った。


 そして宮野達に行ったように適当にぶらつこうと思ったのだが、ふと思いついたので事務室に行って話をすることにした。


 一応文化祭の出し物について詳しく聞いておいた方がいいだろうな、と思って事務室に行って話をしていたのだが、話をしてみると何やら手続きが必要だったっぽく、あいつらはそれをしていないのが分かった。


 まあ始まりからして思いつきというか突発的だったし、発起人が浅田だからな。何を出すかばっかり考えすぎて申請の事は純粋に忘れてたんだろう。

 あいつ、基本的にはしっかりしてるんだけど定期的にポカやらかすからな。


 今から申請してもメインの場所は取れないみたいだが、申請しないことには始まらないので代わりに申請をしておこう。


 まあ、いい場所じゃないって言っても去年までのデータを見る限りだと人は来てるみたいだし、多分場所関係なくそれなりに人は来るだろう。


 それに、あいつらは人数が少ないんだからそんなに人がいっぱい来ない場所の方がいいかもしれないな。


 ……一応人を集めるための方法も用意しておくとしようかな。せっかく用意して人が来なかったらつまらないだろうし。


 そうして出店登録やそのほかの話を終えた後は、説明や登録をしてくれた事務員と軽く雑談していたのだが、その途中で宮野から電話がかかってきたので先程の空き教室に戻ることにした。


「ただいまっと。合わせは終わったのか?」

「ばっちしオッケー!」


 教室に戻ると、そこにはすでにドレスから元の制服に戻った宮野達がおり、扉の横で壁に寄りかかっていた浅田が調子に乗ったような笑みを浮かべながら頷いた。


「ああそうだ。浅田、出店の申請し忘れてただろ」

「え? あ、やば!」


 やっぱり知らなかったんじゃなくてただ忘れていただけのようで、浅田は慌てて教室を出ようとしたが、その手を掴んで止めた。


「代わりにしておいたが、次になんかやるときは先にそういう手続きなんかは終わらせておけよ」

「う……ありがと」


 申請した時にもらった用紙で浅田の頭をペシペシと叩くと、視線を逸らして小さく礼を言われた。


「では私どもはこれで失礼させていただきます。また後日学園祭の当日の朝にお伺いいたしますので、よろしくお願いします」

「あ、どうもありがとうございました。はい、当日もよろしくお願いします」


 その後は調整の内容や文化祭の日の軽い打ち合わせなどを話し、着付けにきた二人の女性を見送ってその日は解散となった。

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