第101話刃の森

「さぁて、電車に揺られて約一時間。これから薄刃華の採取に行くが……宮野。ダンジョンの名前と特徴。それから警戒するべきモンスターはなんだ?」


 二日後。俺は宮野達とともにゲート管理所にやってきていた。

 今回はヒロ達はいないので俺たちだけだ。前回よりも警戒しながら行く必要があるだろう。


「はい。このダンジョンの名前は『刃の森』。等級としては一級ですが、それはモンスターの強さではなくダンジョンの性質によるところが大きい場所です。モンスターだけではなく、草木や石など、存在している全てに触れたものを切る力が備わっていますが、ダンジョン全体が森となっていますので、その中を歩けば木の葉によって全身が傷だらけとなります」


 宮野は頷くとハキハキと答えたが、そう。ここはダンジョンそのものが敵と言ってもいいような場所。地面に生えている雑草ですら害になる。


「モンスターは何種類か存在していますが、中でも『刃織り蜘蛛』が要注意で、その蜘蛛が出した糸は森の中ではほぼ不可視と言っていいほどの鋭い刃となり、知らずに踏み込めば首が切断されていることもあります」

「ん、よし。ちゃんと勉強してるようで何より」


 宮野の言った通り、ここはモンスター単体で考えたらそれほど強い敵ってわけじゃない。

 ここで一番警戒するべきモンスターは一メートルくらいの大きな蜘蛛だが、倒すだけなら俺だって余裕で倒せる。


 だが、森の中となると話が別だ。


 この蜘蛛は粘着性のものと切断用の二種類の糸を吐き出すんだが、蜘蛛の巣に捕まればそこから逃げようとしただけで全身が切り裂かれることになる。


 が、それさえ警戒しておけば大したことない敵だ。問題はここが森の中だから簡単にはいかないってことだが、それでもこいつらなら大丈夫だろう。

 仮に巣に捕まったとしても、ちょっと紙で切ったような傷ができるかもしれないが、それだけだ。


 巣から逃げて、巣の主を倒した後に北原に治して貰えばそれで終わり。

 複数の敵や蜘蛛以外の敵が来ても問題ないだろう。


「まあそんなわけで、ここは結構危険な場所だ。モンスターそれ自体はそこまで階級が高いわけでもないが、ダンジョンの危険度が高い。探索するには常に結界を張るしかないんだが、万が一逸れた時に自前の結界がないと大変なことになるから、全員個人用の結界の魔法具を持っとけよ」


 すぐに治せるとはいえ、それでも怪我をすることに変わりはない。

 怪我を避けるためにはチームメンバーの誰かが結界を張り、その中に入って移動するのが普通だ。


 個人用の魔法具だけだと探索中最後までバッテリーがもたないし、だからといって魔法具を持たないと結界から出る必要があったときや、止むを得ず逸れた時にどうしようもなくなる。


 なので、このチームには北原という結界役がいるが、俺は全員が魔法具を持っているのを確認した。


「薄刃華の採取はちょっと面倒だが、それはその時になってから教える。今はまずたどり着くことを考えろ」


 そんな説明を終えて四人が頷いたのを確認すると、俺は宮野に視線を向けた。


「じゃあ勇者様、号令をお願いしますっと」

「……はい」


 勇者と呼ばれた宮野は微妙に何かを言いたそうな顔をしながらも返事をした。


「今日は練習だけど、練習だからこそ油断しないようにね。注意されたのにヘタに怪我でもしようものなら、伊上さんに笑われちゃうわよ」


 宮野はそんなふうにメンバー達を笑わせているが、失敬な。俺は人の失敗を笑ったりはしないぞ。


「いや、そんなことで笑わないぞ?」

「あんた、今までの自分の言葉を思い返してみなさいよ」

「……気のせいだろ」

「笑われたやつがここにいんのよ! 主にあたし!」

「そりゃあお前、あれだ。記憶違いだろ。ボケるには早すぎねえか?」

「ボケてんのはあんたよ!」


 出発前にしてはいささか緊張感が足りないかもしれないが、緊張しすぎるよりはいいだろう。こいつらだっていざダンジョンに入ることになれば気を引き締めるだろうし、そう教えてきたからな。


 そして俺たちは話をやめると、素材回収のためにゲートの中へと入っていった。


 ──◆◇◆◇──


 行きで二時間かかるはずの道のり。今日は初めてだし辿り着けないだろうと思っていた。


「まじか……」


 だが、今俺の目の前には、そんな辿り着けないと思っていたはずの薄刃華の群生地が存在していた。


 ……こいつら、初日にしてここまでたどり着きやがった!


 いや、辿り着いたこと自体は喜ばしいことだし、無茶した様子もなかったから咎めることでもないんだけどな?


「わあっ、綺麗……」


 そこだけ鬱蒼とした森が途切れたかのような光景で、降り注ぐ光が半透明の花弁を通り、プリズムのように辺りに虹色の光をばら撒いていた。


「どんなもんよ! 初日にしてたどり着いてやったけど、なんかいうことある?」

「あー、こりゃあ……素直にすげえな。辿り着けないと思ってたんだが……」


 俺はこいつらの実力を……いや、努力と成長を見誤ってたみたいだな。


 他の三人が景色に見惚れている中で、浅田だけが俺の方へと振り返ってドヤ顔をかましてきた。


 だが、それに文句を言えないだけの実績が目の前にあるわけだし、俺はそんな浅田の態度に文句を言うつもりはなかった。


 だってこれは、こいつらの頑張りの結果なんだから。

 それを認めないわけには行かないし、俺としてもこいつらが俺の予想を裏切ってここまで来れたことは素直に喜ばしいと思う。


「よくやったな」

「え? あ、う……うん」


 だから純粋に褒めてやったのだが、なぜか不満げな表情で唇を尖らせて顔を逸らされた。なんでだ?


「——っと、いつまでも見てるわけにはいかねえな」


 辿り着いたはいいが、時間がないと言うのも事実だ。

 だがこのまま帰るんじゃこいつらの今日の頑張りが無駄になるような気がしたので、今日は教えるつもりはなかった採取の方法を教えようと思う。


「採取の方法だが、魔法使いが必要だ」

「なら、私と晴華と柚子ですか?」

「北原は結界に集中したほうがいいだろうから、宮野と安倍だな」


 採取をするにはそれなりに集中しないとなので、結界が切れないようにするためにも北原は参加しない方がいいだろう。


「こうして手だけを結界から出して薄刃華の根元に触れる。で、ゆっくりと魔力を流し込んでいく」


 俺はそう言いながら北原の張っていた結界から指先だけを出して、怪我をしないように慎重に薄刃華の花の付け根に触れた。


「すると、ある一定の地点でその華にとって最適な量ってのがわかるんだが、その最適な量の魔力を流し続けると……」


 話を続けながらも、言葉通り花に魔力を流していくと、なんの前触れもなく突然花がポトリと落ちた。


 が、それをあらかじめ予想していた俺は、花が落ちて結界内に入ったところで受け止めた。

 普通に生えている時に触ると刃部分で怪我をするが、こうして離れてしまえば刃は柔らかくなり、効果をなくすので普通に触れる。


「こうして華が芍薬みたいにボトッと落ちる。失敗すると牡丹みたいに華が萎れて散るように落ちる」


 無理に花だけ採ろうとしても同じだ。ハサミや剣で切ったところで、すぐに枯れてしまう。


「芍薬とか牡丹って言われても、わかんないんだけど? あんた、花について詳しいの?」

「……まあ、前にちょっと本で読んだことがあるくらいだな」


 美夏——以前の恋人が庭造りに興味があったからな。その関係で多少は花の知識がある。

 まあ、ほんとに多少だし、聞き齧っただけだから間違った知識もあるけど。


「必要なのは最適な量を見極め、それを安定して流し続けることだ」


 俺の説明を受けて宮野と安倍は近くにあった薄刃華に手を伸ばし、俺がそうしたように指先だけを結界から出して花に触れ、魔力を流し始めた。


「「——あ」」

「失敗だな。二人とも強く流しすぎだ」


 が、俺のように花を回収することはできず、すぐに枯らせてしまった。


 その後も何度か挑戦していたのだが、それほど上手くいかず、挑戦してはダメにしている。

 このペースで枯らされるとそのうちなくなるかもしれないが、一週間も待てばまた同じ場所に咲くだろう。

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