第88話誰か俺を解雇してくれ!
「くそっ! こうなったらヒロに……ああおいっ!」
『ん? どうしたこんな時間……ああ、今日だったか』
「その反応、わかってたけどお前俺を嵌めただろ!」
電話に出たヒロに向かって怒鳴りつけるが、ヒロはなんでもなさそうに、と言うかそうなるのがわかっていたように平然と応えた。
『なんのことだ、なんて惚けても意味なさそうだし……。そうだっ。俺は全てわかっていたぞ! まんまと我が策に嵌まったな、愚か者め!』
「なんだそのセリフは……じゃなくて!」
『まあ落ち着けよ。俺は嘘はついてないぜ? 職員の練度不足については話したが、それ以外にも〝いくつか〟新部署が出来るとは言ったし、そこにお前を入れるとも言ったはずだ』
つまり、俺はヒロが説明をした新部署に入れてもらえるんじゃなくて、いくつかできるうちの一つに入れてもらえるってことだったってか?
そりゃあ確かに新部署に入れたけどよ……。
「……詐欺だろ、そんなん……」
『まあなんだ。裏話をするとだな、どのみちお前が冒険者止めるのは無理だったんだ』
「は? ……なんでだよ?」
『今回の騒ぎで改めてわかったことだが、『世界最強』は強くて役に立つが危険だ。『天雷の勇者』がかろうじて対抗できるかもしれないってなったが、まだまだ未熟。国としては唯一とも言える首輪を手放すわけないじゃないか。これで下手に冒険者辞められて戦えなくなったら誰もあの子を止められなくなる』
確かに、今回の件でニーナは宮野のことを意識してるし、研究所でも宮野、それから他のチームメンバー達とも話をするようになった。
ニーナにとっては、やっとまともな人生が始まった、と言えるかもしれない。
だが、まだ暴走する危険性はあるし、もし暴走した時に止められるかって言うと、難しいだろう。止められたとしても、宮野以外は死ぬと思う。
『かといって普通に冒険者をやらせて死なれても困る。だから死にづらく、だが体が鈍らないように学生の教導官として派遣することになったんだ』
その話を聞いてある程度は納得できたんだが、ふと疑問が出てきた。
俺を手放さないようにしつつ怪我をしないようにするために教導官として派遣したって言ったが、もしかして新部署とか戦術教導官とかってのは……。
だが、俺はそこで考えを止めた。最後まで考えてしまえばそれが本当のことなんだと認める気がしたから。
しかしそんな俺の考えを察したのか、ヒロは楽しげな声で話しを続けた。
『やったな。その新部署、名目上は今後の学生の教育をしっかりとするためだし、実際に効果はあるんだろうが、作った理由の半分以上はお前のためだぞ』
「うれしくともなんともねえ……」
つまり戦術教導官って仕事も、それを管理する部署も、俺を逃さないように飼うための大きな犬小屋ってわけだ。
『まあそういうなよ。今後も女子高生に囲まれてウハウハやってろ。あー全く羨ましいなあ』
「おう。じゃあ代われ。俺の代わりにお前が担当しろや」
イラッとしながら電話先で楽しげに話しているヒロに文句を言う。
『ははっ、ノーセンキューだ。女の子に囲まれて右往左往してろ』
「ざけんなっ!」
『それに、お前もそろそろ前に進もうと思ったんだろ? ちょうど良いじゃねえか。そこにはお前のことを考えてくれる子達がいるんだ。リハビリにはもってこいだ』
それは、まあ……。
あの時——捕まったときに見た夢のおかげで、ある程度は気持ちの整理もできたし……まあ、ひろのいうみたいに受けてもいいのかも——ん?
「………………まて。いい感じに話をまとめようとしてるが、騙されないからな?」
『ちっ、素直に頷いとけよ……っと、悪いがそこには宮野ちゃんたちもいるか?』
「あ? ああ、まあいるけど……」
突然のヒロの言葉に疑問に思いながら俺は宮野達へと視線を向けるが、突然見られた宮野達も何も聞いていないようで首を傾げている。
『周囲に他に人は?』
「いないな」
『ならスピーカーにしてくれないか?』
「なんでだよ」
『いいからいいから。ほれ早く。ついでに宮野ちゃん達に渡してくれ』
そんなヒロの指示に疑問を持ちながらも、ケータイをスピーカー状態にしてわけ分からなそうにしている宮野達に渡した。
「えっと、あの、なんでしょうか?」
『そうか。あー、コホン……コウはいろいろ理由があって特別扱いされてるが、その中の一つに君達に関係するものがある。それは……』
——あ、なんだか嫌な感じがする。
ヒロの言葉を聞いた瞬間にそんなことを思ってしまった。
そして、そんな俺の間は間違っていなかった。
『コウが君たち未成年に手を出しても罪にならないから、安心して頑張ってくれ!』
「「「「……はっ!?」」」」
ナニヲイッテルンダコイツハッ!?
「わかった」
ヒロの言葉に驚き一拍遅れて同時に反応を示した俺たちだったが、一人だけ——安倍だけがいつものように淡々と返事をした。
『おっ、君は……安倍ちゃんかな? 君も狙ってる感じなのかい?』
「まあまあ。でも一番は佳奈」
『そうかぁ……まあ頑張ってくれ』
「わか——」
「じゃねえよ! なんだそれ! なんでそんな特別扱いになってんだよ! 法治国家どこいった!」
なぜか当然のように淡々と進んでいく安倍とヒロの会話を無理やり遮る。
『はっ! 政治家なんてその程度のことヤリまくってるわ! 今更お前一人見逃したところで、なんの問題もない。それが上の判断だ。それよりお前を捕まえて戦えなくしたほうが問題あるって判断したんだよ』
だから何人囲っても構わないぞ。なんて電話の向こうでヒロが言ってるが……頭痛で頭が痛い。
『ってことで、コウも女の子たちも、頑張れ』
「ざけんな!」
ヒロの言葉に叫んで反論するが、そんなものはどこ吹く風とばかりに無視してヒロは話を続けていく。
『あっ、そうだ。ヤスとケイにも伝えておいたやったから、そのうち就職祝いの品が届くぞ』
「いらねえ!」
『あとうちの嫁からも贈るみたいだ。女子用の装備だがな』
「マジでいらねえよ!」
女子用装備なんてもらったところで俺使えねえし!
絶対それ宮野達に贈れって意味だろ。ついでに言うなら『辞めんな』って意味でもあると思う。
『あっははは!』
「笑い事じゃねえんだよこっちは! さっさと解雇してくれ! せめて色々考える時間をくれ!」
『無理だな。どうしてもってんなら、皇居にでもカチコミ行ってこい。そうすれば話くらい聞いてくれんじゃねえのか?』
「死ぬわ!」
『ま、諦めろ。人生の半分は諦めでできてんだから。嫌ならあの子に対抗できるやつを育てることだな。上としては最低でも『天雷』を育て切るまでは逃がさないつもりみたいだし……ま、頑張れ』
「あっ! このっ……切りやがったっ……!」
諦め云々という、やけに実感のこもった言葉を言ったヒロは、それだけ言い切ると勝手に電話を切った。
「諦めなさい。あたし達は、絶対にあんたを逃さないんだから!」
俺が通話の終わった画面を見続けていると、浅田が俺の方に近寄ってきて、人差し指で俺の体を押しながら大声でそう宣言した。
「俺は戦いなんてない、平和に暮らしたいだけなんだ! いや、そうだ。時間を……時間をくれ。一年くらい時間をおけば俺だって色々と考えに整理がつくだろうし、お前達とチームを組んでもいいと思うかもしれない。だから頼む! 今は解雇してくれ!」
そうは言ったが、一年も間が開けばこいつらだって俺のことを忘れる、とまではいかなくても次の教導官を見つけるだろうって打算が俺の中にはあった。
「い、や」
だが、そんな俺の考えはあっさりと見抜かれたのか、それとも最初から認める気なんてないのか、浅田がふふん、と小馬鹿にしたように、そして挑発的に笑って俺の提案を拒否した。
「いや待て。待ってくれ」
まだだ。まだ何かあるはず。……あるよな? ……きっとあるさ。だから考えろ。どうにかして辞める方法を!
じゃないとこのままじゃ、なんか知らない間に女子高生を囲ってハーレムを作ってる奴として認識されてしまう! 今でさえ『上』の方の奴らからそう思われてるっぽいのに!
「諦めた方がいいですよ? この中で伊上さんを辞めさせる気の人はいませんから」
「いや……いや…………く、くっそおおおお!」
周りを見回しても俺を辞めさせてくれそうな奴はおらず、俺の叫びは誰にも相手にされることなく虚しく消えていった。
誰か俺を解雇してくれ!
To be continued
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