第10話 屋上シーンのネタばらし
洗面所をあとにし、恐ろしきキッチンに足を踏み入れる。
洗い物から済ませていき、水切り台へと置いていく。
勝手に物色するのはどうかと思うが、鍋がないことにはお粥が炊けない。
システムキッチンの下の棚を開けると、すぐに調味料や鍋が現れる。しかし、いやに綺麗だな。流しがこれほどの惨事なのに、なぜ棚は整頓されているのか。
気になり、上の棚なども確認したが、やはりすべてが整頓されている。茶わんやコップは絵柄を見えるように置くこだわりようだ。
考えていても仕方ないと、冷蔵庫を開けた。
――ッ! なんじゃこりゃ!
冷蔵庫の中には弁当や惣菜など、レンチンするものしかなく、ドア手前に作られた飲み物スペースには飲みかけのお茶のペットボトルだけが刺さっている。
すぐ下にあるチルドや冷凍庫には何もない。当然、野菜室もゼロ。
炊事できないから食材は買わないってわけか。
塩は棚から見つけたが、料理酒はなく、代わりに見つけた味りんを使うとしよう。
道具と材料を家でやるのと同じ要領で作っていく。
ものの数分でたまご粥が出来あがった。
ちょうどそのタイミングでドアが開く。
そこから腹をさする真白さんがくしゃくしゃになった金髪ロングを携えて出てきた。
「へっ!? だれ!?」
腰に手を当てて鍋を扱う俺にそう言ってきた。
「えっ!? 覚えてないのっ!?」
IHの電源をオフにして真白さんに告げる。
「あんまし。って、部屋きれい……真尋くんがしてくれたの?」
「まぁな。ついでだし」
「うぐぅ……ちょっと……トイレ」
腹痛に耐えかね、走って洗面所に入っていった。
出てきたら食べるだろうと思い、茶わんとスプーン、鍋敷きを準備しておいた。
しばらく立ったまま待つと、トイレを流した音が聞こえる。そのあと、勢いよくドアが開いた。
飛び出してきた真白さんは顔面ゆでだこ状態だ。これは熱のせいではないだろう。
「ねぇ……洗濯物……見た?」
わかってた。トイレのドア横で回る衣類を見れば怒るだろうと。
「いや、だってずっと洗濯してないみたいだったし」
「……何色だった?」
手の先近くまで覆う袖口。その手でジャージの上着の裾を掴んでいる。その仕草が可愛すぎて思わず正直に答えてしまった。
「ピンク?」
「――ッ!」
すぐにその場にしゃがみ込み、真白さんは両手で顔を隠した。
「ほら、そんなことよりご飯。できたよ?」
ちらりと指の間から目だけを覗かせて俺の方を見た。
「なに?」
「たまご粥」
「え!?」
すぐに立ち上がった彼女は目をキラキラとさせていた。
「たまご粥、好きなの?」
「うんっ。風邪のとき、いつもお母さんが作ってくれてたから」
その言葉に、ふたたび部屋を一望してみる。
思えば、この部屋、彼女の私物しか目に付かないし、ほかの人の存在を感じない。
「ひとりで住んでるのか?」
「うん。3月までは家族3人で住んでたんだけど、お父さんとお母さんが仕事でフランスに行っちゃって。4月からひとり」
なるほど。それでか。洗濯物や洗い物は杜撰なのに、棚は整備されている理由がわかった。
「母親に家事してもらってたってことか」
「そう。お母さんはあたしと違って、家事のプロみたいだったから甘えちゃって。なんにもできないの」
自分を情けなく思うのか、切ない顔を下に向ける。
「真白さんもやればできるさ。ほら、お粥食べて?」
「うん」
四人掛けテーブルのひとつに彼女が腰掛ける。それを確認してから鍋敷きの上に鍋を運んだ。
「わあ。美味しそう」
無邪気な顔で鍋を覗き込む真白さんはまるで子どものようだった。
茶わんにたまご粥をよそい、彼女の前にスプーンとともに置いた。
「どうぞ。召し上がれ」
その言葉を受け、スプーンを手に取り、一言。
「いただきます」
スプーンですくい、湯気を押し返すように息を吹きかけて冷ます。そうして口元へと運ぶ。
「美味しっ。お母さん以上かも」
「それはどうも。あっ、飲み物は?」
「冷蔵庫のお茶で良いよ」
言われてペットボトルを出したが、蓋を捻り開けると少しだけ飲み口に不思議な色がついている。ほうじ茶の茶色とは違う少し白めの色だ。
「なあ、直飲みなんてしてないよな?」
その問いに体をピクリとさせる。飲んだな。
「ダメなの?」
「ダメじゃないけど、飲み切らないと菌が繁殖するぞ。コップに入れて飲んだ方が良い」
「でも、コップ洗うのが……」
「真白さん」
少し強めにそう言うと左手の指で頬をかきながら言ってくる。
「はい。次からそうします」
「その雑菌が腹痛の原因なんじゃないのか?」
「違うよ。これはお腹に来た風邪だよ」
屋上での出来事の次の日に風邪を引くとは。確かに風も強く、屋上は少し肌寒かったが。
その時のシーンを頭に浮かべると、ふとある推測が浮かび上がった。
「それって、屋上でおっぱい出したからか?」
「へっ!?」
唐突に俺が言ったもんだから、真白さんは右手に持つスプーンを茶わんに落とした。カーンと鐘の音のように部屋に響いた。
「ち、違うよ。だって、あの時は」
「あの時は?」
「……なんでもない」
妙に歯切れが悪い。明らかに何かを隠しているように感じる。触ったのは生おっぱいのはずなんだが。
いや待てよ? そもそも俺は触ったことがないからアレが本物だったのか判断できないんだが。
「あのさ。俺が触ったのって、おっぱいだよな?」
「そうだよ。あぁ、触られちゃったなぁ」
何か変だ。おっぱいを触られたにしては動揺が薄い。それは屋上でも感じていたことだが。
なぜそう感じるのか。それは、真白さんが告白してきた自身の体質を思うからだ。
あの時、彼女は言った。
『あたし、気になる男の人の前だとあがっちゃってしゃべれなくなるの。だから、いつも告白されても恥ずかしくて断っちゃって』と。
そこから推測するに、おそらくは今までにおっぱいを触らせる機会などなかったはずだ。そんな彼女が触られれば、卒倒していてもおかしくない。
そこで俺は椅子に座る真白さんに近づいてみる。
「え!? なに!?」
「もっかい触らせてもらって良い?」
「ダメっ。絶対ダメっ」
頑なに両手を胸の前に据えて開けようとしない。
「なんで? あの時すごく堂々としてたじゃん」
バタバタと椅子から立ちあがり、ソファーの方へと後ずさりしている。まるで二重人格かのようだ。あの時が玄人で今が素人かのよう。
「こ、来ないで。お願いだから」
「良いじゃん。ツンってするだけだから」
「……違うの」
「ん?」
「あれ、おっぱいじゃないの」
やっぱり。とうとう観念したようだ。
だが、あの時は本当におっぱいだと思うほどに柔らかかった。いったい、あの柔らかさはどこだ?
「ちなみに、どこ?」
「ここ」
彼女が指差したのは頬っぺた。片方だけを器用に膨らませている。
「どれ」
屋上のときと同じように目を瞑ってツンツンしてみた。それはあの時と同じだった。
「どう?」
「確かにこれだな。けど、よくこんなこと思いつくよな」
「テレビで言ってたの。身体の部分で一番おっぱいに近い感触はどこだって話題で」
「マジっ!?」
すぐに目を瞑って実践してみる。彼女がしていたように片方の頬を膨らませ、膨らみを指でつつく。
――へぇ、これが。でも、もう少し柔らかさが欲しいな。
「ぷっ、ふふふふ」
吹きだす声を耳に受け、目を開ける。見ると彼女はお腹に手を当てている。今は腹痛だからじゃない。
「笑うなよ」
「ごめんごめん」
笑っている真白さんを見てこちらも口元は緩む。釣られたのもあるが、それよりもさっき倒れそうになっていた彼女が元気を取り戻したことの喜びがそうさせた。
「元気出たみたいだし、俺帰るよ」
「あ、お金」
「良いって」
律儀にもお粥代を渡そうとしてきたが、断った。
「じゃあ、何かお礼を……何かない?」
お礼と聞いて胸元に目をやってしまった。
「おっぱい触る以外で」
すぐさま前面をガードする彼女。
切り替えて思考を巡らし、ある望みを発見する。
「連絡先」
「ん?」
「連絡先おしえてくれよ?」
「あ、それ、あたしも思ってた。そんなことで良いの?」
「ああ」
そんなことと彼女は言ったが、モブキャラが美少女の連絡先ゲットするって至難の業だからな?
今度は抵抗する素振りは見せず、白のスマホを見せてきた。こんな風におっぱいも素直に見せてくれれば、と思ったことは内緒だ。
お互いの番号が登録され、交換は無事に完了する。
帰り際に、洗濯機の後始末とお粥の残りの保管方法などを告げてマンションをあとにした。
玄関ドアを閉める際、笑顔で手を振る真白さんがとても印象的だった。
自宅の自室に戻ったあと、今日出会ったふたりを交互に思い浮かべていた。
天宮真白と星乃千紗。
まったくタイプの違うふたりにはそれぞれの良さがあって、それでいてそれぞれに悩みを持ってて。
傍から見れば、容姿端麗で文武両道とくれば悩みなんてないだろうと思われるだろうが、悩みのない人間などいないってことだろう。
そんな中、俺の黒のスマホが音を出す。メールが届いたらしい。
『明日、
そう颯斗から届いた。
今日はおっぱいネタばかりだなと心で呟きながらこう返信した。
『了解』
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