第22話 おっさん、家族会議にかけられる

 玄関でのドタバタの後、俺と綾華は旅館の親父の部屋にいた。

 つまり支配人室な訳で十人くらいは軽く入れる広さがある。

 爺ちゃんが生きていた頃は、俺や姉貴はここによく入り浸っていたお気に入りの場所だ。


 そのお気に入りの場所で、俺は家族裁判を受けていた。

 旅館の受付は亜紀に任せて、支配人室には親父とお袋と姉貴がおり、綾華はお淑やかに俺の隣に座っていた

 綾華に会ってからの経緯を話し終えた俺は、親父の第一声を待つ。

 

 お茶を一口飲んだ親父は頭を掻きつつ渋い顔をする。


「なんか、信じらんねぇ話だけどよ、四条さんが否定しないところを見ると事実だろうし、玄関で英二に惚れているって言い切られちゃっているからな」

「そうねぇ、お母さんはついに英二にも恋人ができたと喜びたいけど、四条さんの年齢がねぇ」


 困っている親父とお袋の後を引き継ぐように、姉貴は茶を飲みつつ綾華の方を見た。

 俺を親指で指差しながら笑いかける。


「綾華ちゃん、君が英二の事を想ってくれているのは分かったよ。ただ、こいつはヘタレだからね。悪いけど荷物持って他の部屋に移っておいてくれないかな。こいつには色々とお灸を据えなきゃいけないから」


 綾華は残りたそうにしていたが丁寧にお辞儀をし、俺に「先に戻っております」と告げて、姉貴が呼び出した仲居さんに連れられて行った。


「さて、英二、お前は綾華ちゃんとどうなりたいの? 二回り以上の年の差カップルなんて今の世の中じゃ珍しくないし、周りが何と言おうと大事なのは本人たちの気持ちだしね」

「綾華の卒業までは一緒に居ようと思っているよ。四条総裁からも卒業までは居て欲しいって言われるし」

「アホ。そういう事を聞いている訳じゃないわ。要は付き合いたいの? 結婚したいの?」

「いや、流石に女子高生と付き合うとか犯罪でしょ。ましてや、結婚なんて相手は財閥のお嬢様だよ?」


 姉貴は盛大にため息をつき、俺の目を見据えて言ってきた。


「だぁかぁら、そういう事を聞いているんじゃない! 英二の言い訳なんてどうでもいい。男なら女の子と付き合うからには責任を持て。軽薄な付き合いで済むのは学生まで。仮にも社会人、ましてや四十歳の責任ある男。今の英二は保身のために周りの意見を利用しているだけよ」


 ……保身? そんなつもりは全くない。

 だったら、変な期待を持たせないために四条総裁の依頼を薄情に断ればよかったのかよ。

 傷心の綾華を放っておいて、四条家から謝礼をせしめて一人でノウノウと過ごせばよかったのかよ。


 姉貴は俺の隣に座り、背中を軽く叩いてきた。

 さっきとはうって変わって困った子供を見る様な目で俺を見てくる。

 子供の頃から俺が何かやらかした度に向けられてきた眼差しだ。


「馬鹿なお前の事だから、綾華ちゃんを放っておくのが正解なのとか思っているんでしょ」

「……違うのかよ?」

「違う。そんな考えしか出来ないから、お前はその年まで恋人ができないのよ」

「じゃあ、なんなのさ」

「相手の人生に責任を持つ覚悟が無いって言っているの。今の英二は中途半端な優しさを盾に、自分が傷つかない様に立ち回っているだけ。もし、付き合えば世間の厳しい目は英二に向く。その針のムシロの様な状態に耐えてでも綾華ちゃんと付き合って幸せにする覚悟。そして、自分が傷ついても良いって覚悟。玄関でのやり取りや、ここまでの雰囲気を見ていると英二も少なからず綾華ちゃんを好きなのでしょ?」


 ……覚悟。確かにそれはなかったかもしれない。

 綾華の想いを受け入れて恋人になるなんて考えてもなかった。

 好きか嫌いかと言われれば好きではある。この前の聖歌隊の綾華には不覚にもトキメイたし。

 でも、相手は超お嬢様。財力も教養も社会的地位も段違い、付き合えば綾華にも恥をかかす場合も出てくる。

 クリスマス礼拝のディナーの時だって綾華のフォローがなかったら、マナーですら危うかった。

 第一、付き合うってことは当然その先もあるわけで綾華とそんな関係に?


 それまで黙っていた親父とお袋も姉貴の話に加わってきた。


「英二、お前は頭で考えすぎだ。恋愛ってのは頭で考えるより心で行動するものだ。四条さんが良い例だ」 

「ただ、考えなさすぎも良くないけどね。若い頃に英二が何度も振られたのはお母さん知っているし」

「それは英二が下心を丸出しでアプローチしていたからよ。男女の関係になろうってんだから、下心はあっていいと思うけど、そこに愛がなきゃ意味がないわ。恋は下心 愛は真心っていうけど、それをひっくるめての恋愛だからね」


 もう、なんか好き放題言われているな俺。

 こんな事を言われるために実家に帰ってきたわけじゃないんだけどなぁ。

 そういや、親父の体調が悪いんじゃなかったの?


「そういや親父、お袋から聞いたけど体調悪いんじゃないの? だから帰って来たのに」

「あぁ、悪いのは体調じゃなくて腰だ。一週間前の雪かきでギックリ腰になって、昨日ようやく回復したところだ」

「……俺、四条家に戻っていい?」

「何言っているの、顔を見せて直ぐ帰るなんてお母さん寂しいわ。せめて、お正月までは居なさいな」

「いや、綾華も四条家での正月があるだろうし、向こうの都合を聞かないと」


 お袋は席を立ち、仲居さんを呼んで綾華の客室番号を聞くと、客室の内線を鳴らした。

 そして、綾華と電話越しに少し話した後、再び席に着き笑顔で言ってきた。


「元々、一週間の予定だから正月までこっちに居ても問題ないそうよ。四条さんのご両親には連絡しといてくれるって」


 いや、確かに一週間って言って出てきたけど、それは親父の体調が悪いと思っていたから……。


「後、英二の部屋は四条さんと一緒の部屋にしておいたからね」

「はぁ? いや、ちょっとそれは問題ありでしょ! 第一、俺が使っていた部屋はどうなっているのさ?」

「長い間、帰って来てなかったから旅館の物置小屋状態よ。今から住める状態にするのは無理ね。それに四条さんも英二と一緒の部屋って聞いて喜んでいたわよ。ちょうど、四人家族用の部屋が空いているから、二人でのんびり使いなさい」


 綾華、喜んでないで少しは身の危険を考えてくれ。

 健全な男女が一週間も一つの部屋で二人っきりって何も起こらない方が問題だろ。

 四条家でも一つの部屋で綾華と二人っきりの時もあったけど、それは一~二時間だけだったし。

 頭を抱える俺に姉貴が背中を軽く叩きながら言ってくる。


「まあ、色んな意味で覚悟を決めることね」

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