第20話 おっさん、綾華と実家に帰る
クリスマス礼拝の翌日、俺は一週間ぐらい暇を貰えないかと四条総裁に頼んだ。
理由は実家からの電話だ。
電話の主はお袋からで、一週間ぐらい実家を手伝ってもらえないかということだった。
どうも親父の体調が良くないらしい。持病は特に無いはずだが、親父も高齢だ。
身体に無理がたたっていても不思議ではない。
四条家から綾華の教育係として給料を貰い居候している以上、雇い主である四条総裁には話を通さなきゃいけない。
実家が温泉旅館を営んでおり、人手が必要なことも伝えた。
「事情が事情だ、問題ないよ。ただ、綾華が何と言うかだけ心配だね。物分かりの悪い子ではないが、若宮君が絡むとね……」
四条総裁は苦笑しながら電話で綾華を呼び出し、事情を話すと案の定、目に涙を浮かべ崩れ落ちた。
慌てて、綾華を支えて椅子に座らす。四条総裁の手前、綾華に親し気に触れるのはどうかと思ったが、むしろ俺の役目で当然という雰囲気を四条総裁は出していた。
「……そんな……若宮様が……一週間も……いらっしゃらないなんて……」
口元を押さえ、涙を滝の様に流しながら綾華は身体を震わす。
そんな綾華の背中を優しく撫でながら、俺は思った。
別に今生の別れじゃないのだから、そんなに悲しまなくても。
全く泣き止まない綾華を前に、四条総裁は困った顔で俺を見てきた。
「あー、若宮君。こういうのはどうだろう。綾華が君の実家に同行するというのは」
「は?」
おい、何を言い出すんだこのおっさん。
だが、その言葉を聞いた途端に綾華が泣き止み、「その手があったのですね!」という目で俺を見てきた。
「日頃、若宮君には綾華が世話になっているし、お礼を言う意味でも綾華を遣わしてもいいと思う。それに若宮君の実家が温泉旅館ともなれば、綾華にとっても良い社会勉強になるだろう」
いや、強引すぎるだろその理屈。冷静に考えて中年のおっさんが美少女を連れて長旅とかありえないし。
端から見れば完全に職質案件だわ。
流石に反論しようと思った矢先に袖が軽く引っ張られる。
見なくても分かる。てか、見たら負けだ。
俺はあえて気づかないふりをして四条総裁の方を見ると苦笑して頷いている。
いや、貴方のせいでしょう総裁。
執拗にクイックイッと引っ張られる袖。
諦めて袖を引っ張っている綾華を見ると、目を輝かせながら何度も頷いている。
その目が「誰が何といっても、わたくしは同行いたしますわ!」と訴えている。
これはもう詰んだな。
「一応、聞きますが親として娘の身が心配じゃないんですか? 仮にも独身男と娘が旅をするんですよ。綾華さんの身に何かあったらとか不安ではないんですか?」
「若宮様にならわたくしは何をされても問題ありませんわ」
うん、君は少し黙ってようか綾華君。
頬を赤らめながら自分の世界に入っている綾華を尻目に四条総裁を見た。
「若宮君の事は信頼しているからね。それに君の実家までは四条家が責任もって送るから大丈夫だ」
「と、いいますと?」
「我が家のヘリで君の実家の近くまで送らせてもらうよ。我が家のヘリポートから飛んで行けば新幹線を乗り継いで行くよりも早い」
マジで? いや、確かに新幹線に乗らずに直線移動の方が楽だし旅費が浮いて有難いけどさ。
観念するしかないか。この状態の綾華を再度どうにかするなんて不可能だろうし。
「分かりました。綾華さんを責任もってお預かりします」
「そんな、責任を持っていただけるなんて……」
だから、黙ってようか綾華君?
□ □ □ □
四条総裁の部屋で実家帰りが決定した四時間後、俺は綾華と実家の最寄りの広場に到着していた。
実家の近くにヘリポートなんてないのだが、ヘリが着陸できる広場を四条家があの手この手で確保したらしい。
新幹線を使えば倍以上の時間がかかったところだ。流石に連絡をくれたお袋もこんなに早く着くなんて想定外じゃなかろうか。
「寒くないか、綾華?」
「はい、大丈夫ですわ。本当に雪が沢山積もっていて凄いですわね」
綾華は広場から道路へ続く除雪された道を見ながら、楽しそうに息を吐いた。
高級そうな防寒着と可愛らしい手袋をつけた綾華は、積もった雪を楽しそうに触っている。
俺も四条家に用意してもらった防寒着に身を包みながら、懐かしい景色を眺めた。
そう、ここは子供の頃によく遊んだ公園の近くだ。
五年ぶりだな。ちっとも変ってやしない。
綾華に公園のある方を指しながら思い出話を話すと、見てみたいと言われたが荷物を持ちながら大変なので、滞在中に一度はよる約束をした。
俺は自分の荷物を背負い綾華の旅行カバンを持ちながら、除雪され融雪された道を歩く。
綾華は俺がカバンを持つ事が申し訳なく思っていたみたいだが、慣れない雪道を旅行カバンを持ちながら歩くことほど危ないことはない。
案の定、綾華はカバンを持っていない状態でも融水が混じったベタ雪に足を取られ転びかけたので、俺は繋いでいる手で転ばないように支えた。
綾華の歩くスピードに合わせて、ベタ雪に足を取られないように歩く。
しばらくすると、実家の旅館が見えてきた。
「あそこの瓦屋根の旅館が俺の実家だよ」
綾華に指さしながら実家に目を凝らすと、旅館の入り口で雪かきをしている男性の後ろ姿が見えた。
あの背格好と防寒着は……親父だ。
降りしきる雪の中で雪かきに勤しむその姿は、数年前に見た親父の背中より小さく感じた。
柄にもなく胸に熱い思いがこみ上げる。
心なしか歩くスピードも速くなってしまい、少し綾華を引っ張る形になってしまったが、今度は綾華が俺の歩くスピードに合わせくれた。
近くまで行っても雪かきに夢中の親父は気づかない。
「……ただいま、親父」
俺に呼ばれた親父は振り返り、しばらく俺を凝視した。
帰ってくるなんて想定していなかったのだろう、大きく目を見開いた。
「英二か?」
「あぁ、俺だよ。ただいま」
笑顔で挨拶した俺に親父は……
「こんのぉ、ばぁか息子!!! 今さら、どの面下げて帰ってきたぁぁぁぁ!!!」
親父が怒鳴り声とともに、俺の頬を思いっきり殴りつけてきた。
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