第175話 ミレーヌちゃんバント崩し作戦②

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1アウト1、2塁でここから小峰華菜、雲ヶ丘凄美恋、湊由里香と桜風学園の嫌なバッターたちを迎えなければならない。皐月女子のキャッチャー若狭美江はタイムを取ってマウンド上の菜畑ミレーヌの元へと向かった。


「ピンチだね」


「あの子、どんだけ足が速いのよ? 野球より陸上をやった方が良いと思うわ」


ミレーヌが腰に手を当てながら、1塁ベース上の千早の方をチラリと見てムッとした表情をする。


「守備についてる様子から速そうだとは思ってたけど、これだけ速いとは思わなかったね。次からは極端な前進守備でもしたほうがいいかもしれない」


「まあ、なんでもいいわ。ランナー何人出したって、ホームに返さなければいいのよ。小峰華菜はわたしが抑えるから、美江は座っておいてくれたらいいわ」


いつものように、ミレーヌは強気だ。だけど、ミート力の高い華菜にミレーヌの遅くて軽い球はかなり相性が悪い。


桜風学園打線がまったくミレーヌの球にタイミングを合わせられていない中、華菜だけはしっかりとミレーヌの球をミートできている。


だから、勝つ為にはこの場面では勝負しないほうが良い。


「ミレーヌ、敬遠しよう」


「なによ、美江! こんなときに変な冗談はやめてほしいわ。敬遠なんてしないわよ! わたしが簡単にアウト2つ取ってさっさと終わらせるんだから!」


ミレーヌの勝気な性格を考えると、すぐには折れてくれないことは想像がついていた。今まで、小柄という弱点を背負いながら、攻め続けてきたこの子に逃げるという選択肢は無いのだろう。


「まだもう1つ塁は空いてる。1人歩かせても問題ない」


厳密には華菜を歩かせるということは、塁上にランナーを3人置くということなので、こちらから同点のランナーまで出してしまうことにほかならないのだから、決して問題ないことはない。


だけど、それを加味してもこの場面で華菜と勝負してはいけないと美江は思う。


「嫌! そんな逃げるようなマネはしたくないわ!」


美江はミレーヌがそうやって抵抗することはよくわかっていた。


「ミレーヌ、よく考えてみて。小峰さんを歩かせたら塁は埋まって満塁になる。そこで四球でも出そうものなら、すぐに桜風に点が入っちゃうでしょ? たった1度の四球すら許されない状況下は逃げるどころか、かなり攻めた勝負だと思うけど?」


美江の言葉を聞いて、ミレーヌは少し考えた。


「それもそうね……わかったわ! 満塁にして次のバッターと勝負するわ!」


「よし。頼んだよ、ミレーヌ」


そう言って、美江がベンチの監督に向けて、サインで敬遠の要求をする。


申告敬遠をするかどうかの判断は本来監督がするものだが、美江は監督から試合状況を見ながら、美江のほうで判断してほしいと言われている。それだけ美江は監督から捕手能力を信頼されている。


異常に球が軽く、1球の判断ミスが命取りになるミレーヌが投げる日は、敬遠は1つの球種くらいのつもりで考えなければならないと美江は思っている。それくらい繊細なリードが求められるのだ。


身体能力の高い3番雲ヶ丘凄美恋と勝負をするのも怖いかもしれないが、凄美恋の場合は感情の起伏が激しい。前の打者が敬遠されて、舐められていると感じてくれれば、感情に任せてボール球をフルスイングし、打ち損ねた球を強い内野ゴロにでもしてくれるかもしれない。


そして、美江にはそうやって打たせるように仕向けるだけの技術もある。そう判断した結果の敬遠策である。

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