第94話 ポジション⑤

「別にそこまでは言ってねえだろ。ただ、これだけ初心者やブランクのある人間が多かったら、全員等しく1からスタートするくらいで考えておいた方が良いってことだよ。多少時間がかかっても、お前らの一番向いているポジションを極めていくべきなんだよ」


喧嘩腰で噛みついてきた凄美恋を宥めるように、ゆっくりと富瀬が話し出した。


「そこの菱野咲希と菱野真希は打球処理も送球もポジショニングもどれをとっても酷いもんだが、まだ始めてから2ヶ月も経っていないんだから、そんなことは当たり前だ。けど、動き自体は悪くないから、きちんと練習を積んで、打球方向がわかるようになっていけば、それなりの名手になってくれると思うぞ?」


終始睨みつけるような目つきで喧嘩腰の視線を部員たちに向けていた富瀬が、ほんの一瞬だけ菱野姉妹に優しい視線を向けたように感じた。


「目先のことだけ考えたら、小峰や雲ヶ丘が二遊間を守った方が予選の1回戦の勝率が2%くらいから7%くらいには上がるかもしれない。でもお前たちの目標は予選大会で1つ勝つことじゃないだろ? これだけポテンシャルのあるメンバーがいて、うちの学校には湊もいるんだぞ? そんなメンバー集めて育てたのに初戦突破しかできませんでした、なんてことになったらあたしの首もぶっ飛んでくだろうな」


初めは菱野姉妹を二遊間におくことに納得できない気もしたが、説明を聞くと、それなりに理にかなっているようにも感じられた。言われてみれば、初心者にしては動きはかなり良かったようにも思える。


怜が少ししてから富瀬に対して口を開く。


「つまり、いま富瀬さんの仰ったポジションできちんと練習すれば、全国制覇も夢じゃないと、そういうことでよろしいですの?」


「あぁ? そこまではいってねえだろ。必死に頑張れば予選突破できる可能性が3%くらいはでてくるんじゃねえかって話だよ。自分たちの実力過信しすぎるなよ?」


怜の視線と富瀬の視線がぶつかり合って火花がとんでいるのが、可視化できそうなくらいよくわかる。


2人でしばらく睨み合った後、怜がフッと視線を逸らせた。


「まあ、いいですわ。監督の富瀬さんがきちんとわたくしたちの適正を見込んで決めた結果がこれなら受け入れますわ。華菜さんたちはそれでいいですの?」


「まあ、納得はしました。富瀬先生の言ってることが完全に間違ってるとは思えないですし」


「合ってるって言えよな。まあ、いい。とりあえずあたしは戻るから、それで各自、自分のポジションを極めるように練習すること、以上!」


結局それだけ言って、富瀬はその後の練習も見ずに帰っていった。


「怜先輩、あの人なんか怖いですし、全然練習見てくれないですし、どうなってるんです?」


「わたくしも正直まだどんな人かよくわかりませんの。けど、あの短時間できちんと適正を見抜いて判断されてましたし、野球に関する知識は本物と考えてもいいのではありませんか?」


「いや、まあ言ってることはそれなりにまともでしたし、そこは認めますけど。というか、怜先輩もよくわからない人を連れてこないでくださいよ……」


そう言いつつも確かに富瀬の見る目はそれなりに信用できそうではあった。ただ、なんだかヤンキー気質なので、富瀬と上手くやっていけるかどうかと言われれば自信はないが……


そして空白になったポジションである投手と捕手という野球の試合において、一番重要なポジションは一体どうなってしまうのだろうか。


投手はなんとか由里香に入部してもらうとして、捕手の当てなんてまったくない。部員を由里香ともう1人勧誘出来れば試合はできるようになるけど、そんなピンポイントで捕手が見つかるものなのだろうか。


まだまだ華菜の不安は尽きなかった。




第4章 ラストピース 終

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