第36話 火花バチバチ③

「わたくしもたまには5限目の授業を受けましょうかしら」


怜が今日初めて椅子から立ち上がった。美乃梨と怜は先に教室に戻ろうとしていた華菜と千早の後ろを歩く。


「へえ、珍しいこともあるもんだね」


美乃梨が怜にからかい口調で話しかける。


「あまりさぼりすぎるとまた生徒会長にお小言を聞かされてしまいますわ」


「2年に進級してかられーちゃんを本校舎で見かけた記憶がないんだけど」


「クラスが違いますから、別に珍しいことでもありませんわ」


「でもれーちゃんが歩いてたらどこかで見つけられそうなものだけど」


「あら、別に校内を歩いている人なんてわたくし以外にもたくさんおりますわ」


「普通はね。でもれーちゃんの場合歩いてるだけで目立つし――」


「美乃梨さん、人のコンプレックスはむやみに口に出すものではありませんわ」


怜が穏やかに諭した。前方を歩きつつも華菜と千早は後ろで談笑していた美乃梨と怜の会話は耳に入っていた。歩いていたら目立つと聞こえてきて思わず振り返ってしまった。


「なるほど」


華菜は納得した。後ろを歩いていた怜はたしかに人に埋もれることは無いだろう。千早も納得したのか黙って頷いていた。


「2人とも何か言いたそうですわね?」


怜の突き刺すような視線を浴びる。


その視線は華菜と千早よりもずっと高いところから落とされる。


脚が長いからか座っているときには気が付かなかったが、初めて見た立ち姿はかなり背が高かった。華菜の身長は同年代の女子の平均よりほんの少し高いくらいだが、立っている怜と話すには見上げてしまう。


“もしかすると春原先輩はただの優雅なお嬢様ではないのかもしれない”


華菜の心の中に一抹の不安が浮かぶ。


身長と身体能力の相関性は高い。それに加えて華菜が気になったのが怜の体つきである。


先ほどまでの座っていた状態では気が付かなかったが、怜の見た目は元々運動していた人がやめた後に、筋肉が落ちたようなものに見える。今の見た目は華奢なお嬢様だけど、もしかすると元々もっとしっかりとした体つきだったのかもしれない。


そう考えて華菜は不安になる。


明日の勝負はもしかすると簡単にはいかないのではないだろうか。


野球初心者でスポーツ経験のほとんど無いお嬢様との勝負とばかり思っていたが、もしかするとそれなりに運動経験のある人なのではないだろうか。怜のあの自身満々な態度はただ口が達者なだけではなく、もしかしたら本当に自信を裏付けるだけの何かがあったのではないだろうか。


考えれば考えるほど、華菜の心の中には不安な気持ちが膨らんでいく。

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