第15話 メガネの協力者と旧第2校舎⑦
「ま、いずれにしても目下の問題は湊さんにどうやって野球をさせるかってことだよね」
「あ、それについては湊先輩こっち向け作戦って言うのがあるんですよ。昨日華菜ちゃんと一緒に考えたんです!」
ずっと静かだった千早が突然話に入ってくる。よりによって華菜が無かったことにしようとしていた“湊先輩こっち向け作戦”の名を出すために。
「湊先輩こっち向け作戦?」
「はい、千早と華菜ちゃんで2年3組の教室に行くんです! それでもう1回湊先輩に話しかけて華菜ちゃんの存在をしっかりと印象付けてこれから華菜ちゃんへの思いを熱くしてもらうんです!」
千早から作戦を聞いた美乃梨は笑顔で頷く。
「なるほどね。でもその作戦あんまりよくないんじゃないかな。やっぱり昔の小峰さんとの因縁を思い出してもらわないと、また野球やろうって気にはならないと思うよ。どうせやるなら椅子に縛り付けて小峰さんとの試合の映像をエンドレスで見せるとか……」
「それはやめてください!」
華菜が慌てて話を遮る。“湊先輩こっち向け作戦”をうやむやにするどころか、さらに変な作戦を提案されて、また千早が賛同したらたまったもんじゃない。
「はは、まあそれは冗談だけどさ。でももっと別の作戦にした方が良いとは思うよ」
華菜は大きく同意しながら頷いた。千早も「そっかぁ」と納得している。とりあえず湊先輩こっち向け作戦の話は流れてくれそうで良かった。
「まず初めに野球部を作っちゃった方がいいんじゃないかな」
美乃梨があごに手を当てて言った。
「野球部を作る?」
「そう、まず野球部を作るんだよ。結局のところ湊さんがすぐに野球を始められる環境を先に作っておくことが大事だと思うんだよね」
「いや、でも作るって言っても……」
誰がこのお嬢様ばかりの学校で野球をやるというのだろうか。華菜には自分以外に野球部に加入してくれそうな人の心当たりがなかった。せいぜい目の前の野球が好きそうな美乃梨が数合わせで入ってくれるくらいではないだろうか。
「入ってくれる人の心当たりがないんですけど……木川先輩も入ってくれるということで良いんでしょうか?……」
「ボクは素人だから。あくまでも観る側だよ」
「じゃあ絶対9人集めるなんて無理じゃないですか……」
「さっきまであれだけ息巻いてたのに随分弱気になったね。だいたい野球部がないのにどうやって湊さんをマウンドに立たせるつもりだったんだい? まさか湊さんをマウンドに立たせて試合もせずに写真撮影でもして終わりってわけじゃないよね?」
「それは……」
その通りだった。華菜の眼中に由里香しかいなかったせいで、そんな単純なことすらも考慮できていなかった。由里香をマウンドに立たせるには野球チームが存在しないといけないのだ。仮に由里香が野球に対する情熱を再び持ってくれても、その為の場所がなければ何の意味もないのだ。
「まあ、ボクの言えることはこのくらいかな」
美乃梨が立ち上がり出入り口の方に歩いていく。
「そろそろお昼休み終わるからボクは先に帰るね。それじゃあまた」
美乃梨が去った後にはどんよりとした空気が残る。助言は貰った、美乃梨と千早はきっと相談には乗ってくれる。だけど実際に野球部として活動できるのは華菜だけ。1人でどうすればいいのだろうか。先は見えなかった。
第1章 0からのスタート 終
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