第28話
バニラは夕食をすませ、部屋に引きこもった。
ベッドの上で、ジルワールがごろごろしながら借りてきた絵本をさっそく読んでいる傍らで、バニラは机に向かい借りてきた医療本を読んだ。
まずは、この世界の人間が普通に病気にかかることに驚いた。バニラが転生前にいた世界と、同じ疾患が並ぶ。
聞きなじみのある名前ばかり。三大疾患なんていわれる癌、心筋梗塞、脳卒中。骨折、アレルギー疾患、糖尿病もある。
しかし、様々な病気が解明されているわりには、治療法についての記載が少ない。やはり魔法の世界だから、魔法を当てれば機序とか関係なく治せてしまうのかもしれない。
そんな中で、面白い記述を発見した。
『コラム~透視魔法~
体内を透視し、臓器の病状を発見するための魔法である。方法は身体に手をかざし、魔法を染み込ませるようなイメージをする。そこから、深く根を張るように見る』
バニラは、その言葉をさっそく自分の腕で試してみた。
魔法初級の本での練習で、バニラは少しずつ魔法が強くなってきていると自負していた。
バニラは左腕に右手をかざした。ただただ書いてある通りの、浸透のイメージをする。すると、だんだん肌が透けていくのが見てとれた。
「おぉ~」
表皮、真皮、皮下組織。少々脂肪を挟みつつ、血管や神経、筋肉の筋を通り抜け、骨まで到達。人によっては、グロテスクと思うかもしれないが、バニラは手術室の看護師をしていた記憶があるので、何百回と人間の身体の中を見てきた。
だから、バニラにとってこの体内の光景は懐かしくすら思えた。
まるでレントゲンのような、いや3DCGのようだった。転生前の最前線の検査技術を、魔法ひとつで追い付かれてしまった。
魔法があれば、こんなに世界が変わる。
わくわくしているバニラを察知したのか、ジルワールはベッドから降りて近づいてきた。
「何をしておる?」
「ジルさん、見て見て!」
バニラは嬉しくなって、ジルワールに透けた腕を見せる
「おお。これはこれは……面白い魔法だな」
ジルワールは、目を丸くして近づいてきた。ジルワールは、バニラの背中に噛みついた事があったし、グロテスクなものに抵抗は無かった。
「ふふ、だよね。初めて魔法を好きになれそうだよ」
「それは良かったのぉ」
数秒腕を離すと、すぐに魔法は薄れてしまった。
その瞬間、バニラは大量の汗をかいていることに気づいた。さらに、息も突然あがってくる。
「はあ、はあ、うっ、げほげほ!! ……?」
「おやバニラ、このくらいへばっておるのかえ」
「……え、へばっ、っはあはあ、へばってる?」
まるで10メートル走をした後のような疲労感だった。
全身が筋肉痛のように軋み、どくどくと心臓が身体の血管へ血液を押し出している感覚がする。座っている事が出来ずに、バニラは床に倒れた。息をするのもやっとであった。
変形魔法を使った時よりも体力を消耗していた。
「バニラ様?!」
倒れた音を聞き付けたのか、ドアが開く音と共に、メイリスが驚きの声を上げた。
「め、っ、メイ……リス……げほっ」
「な、どうされたのです!」
メイリスはバニラを抱き起こした。
「メイリス殿、そんなに心配しなくても大事ないぞ」
「はい?」
「バニラは魔法を練習しとっただけだ」
「ま、魔法を? ……まさか初級の魔法で……?!」
メイリスは、机の上に置かれた医療魔法の本の山に驚いていた。
「ま、まさか……医療魔法を……?」
ふるふると、バニラを抱き締めるメイリスは震えだした。
「なんって、魔法を! バニラ様ほどの、上級貴族が! こんな魔法を使うだなんて!!」
わりとガチな説教だった。倒れて心配されて怒られるのは分かる。しかし、メイリスは医療魔法を使ったことを、怒っていた。
バニラは、この本を借りた時の妖精の反応を思い出す。そもそも、あの近くの本棚には誰もいなかった。
(これは、やってしまったのか……?)
バニラは息が整っていく中で、ひやりと背筋に冷や汗が流れた。恐縮しているバニラを見て、メイリスはごほん、と咳払いをして落ち着きを取り戻した。
「……バニラ様、好奇心が旺盛なのは分かりますが、医療魔法だけはお止め下さい。貴族としての品位に関わります。まさか……、人前で使ったりしてませんよねぇ……?」
メイリスはゆっくりと話し、語尾になるにつれて声を低くした。
「つ、使ってないです……」
バニラはメイリスの恐ろしい形相に、震えながら答えた。
メイリスが部屋を去った後、バニラは『医療の歴史2』の本を読んだ。
そこには、『医療魔術師、すなわち医療魔法は、偽善とは似て非なるものだが、貴族の間では今だに資金稼ぎの卑しい魔法だと誤認識されている』と書かれていた。
バニラはその文章を読んで、あぁー、と頭を抱えた。
(人を救う素晴らしい医療魔法が、"偽善"? "医療魔術師"という、職業になってるくせに? しかも、"卑しい"だって?)
バニラはふつふつと、怒りすら感じてきていた。やっとこの世界でトゥフィと仲良くなる以外に、やりたいことを見つけたと思ったのに。
また取り上げられてしまうのか、どうしてこんなに自由がないんだ。下級貴族のことと言い、偏見がありすぎる。バニラは、どうにも動けない焦燥を感じた。
そんなバニラを見かねて、ジルワールが声をかけてきた。
「我は、医療魔法が卑しいという、人間の考えがよく分からん。素晴らしいことだと思う」
その言葉を聞いたバニラは、一度失った目の輝きを取り戻した。
「そう?! いや、そうだよね! そう思うよね!!」
バニラはジルワールの言葉に食いぎみになった。
「我は、お主が医療魔法に興味あるというのなら、応援するぞ!」
「ありがとう!! って、また心読んでるじゃん!!」
「よ、読まなくても顔で分かるわい」
ぷい、とジルワールはそっぽを向いた。
バニラは、応援された事への嬉し涙なのか、また心を読まれた悔し涙なのか、よく分からない涙を瞳に浮かべた。
翌朝、部屋に来たメイリスに医療の本は全て取られてしまった。
朝食を取った後、ジルワールはこの別荘に付随している広大な庭に歩いて行った。
「あれ、ジルさん?」
「我、今日から裁判所で仕事するんでの。ここから出勤することにする」
「え、ここから?」
バニラも庭に出ようとしたが、突然ジルワールが光だした。
一瞬にして黒龍に姿を変えたジルワールは、シュコーッと鼻息を吐いてから羽を上下にはためかせた。
その風圧で砂ぼこりが舞った。そのまま勢いをつけて、すーっと上空に飛び上がると、ばさばさと音を立てて飛んで行ってしまった。
その姿を見て、バニラは改めてジルワールが黒龍なのだと思った。
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