第26話

 シェイルーガル教師の機嫌は、いつにも増して悪かった。子供扱いされては、そりゃ当たり前である。

 しかも、1対1。幻覚魔法もなんだか強めに感じつつ、オラオラ系のトモキきゅんに、勉強を教わるバニラだった。

(可愛いトモキきゅんに何てこと言わせてるんだ! いや私が言わせてるのか……。私がバカだから。でも、トモキきゅんの口からそんな言葉聞きたくなかったなぁ)

 と、頭の中で無限ループを繰り広げながら、バニラはげっそりした顔で、図書館に戻る。

 そこには、セイラの膝の上に座って、絵本を読み聞いているジルワールがいた。とてつもなく、可愛らしい空間である。

 その愛らしさに、バニラは本棚の影から二人をしばし見守った。健全なオネショタ、すごくいい。これはこれで尊い。

 しかし、その数秒後にばっちりとジルワールと目が合ってしまった。

「バニラ、そんなところで何をしておる?」

 その声でセイラはバニラに気づき、読み聞かせをやめてしまった。

「バニラ様、補習お疲れさまです」

「うん。セイラさんこそ、ありがとう」

「いえ。ジルワールくん、とても行儀良くて、良い子でしたよ」

「うむ。我、良い子」

 二人が微笑ましく見つめ合っているが、ジルワールは95歳である。

 これは、非合法のオネショタではないか? 誰だよ、さっき尊いとか言った奴。

 そんなことを思ったものの、バニラは場を和んだまま終わらせたかったので、

「それは、良かったよ……」

 と、無難に答えておいた。


「そういえば、バニラ様」

「何?」

「実は……トゥフィにバニラ様のことを少し話してしまいまして……」

「え!」

 バニラは、気恥ずかしさからバニラは悲鳴をあげた。その声は予想以上に図書館に響き渡ってしまった。急いで口を塞ぐがすでに遅く、生徒の視線はバニラに集まっていた。

「ば、バニラ様……」

「むふふ。バニラは本当にトゥフィが好きなのだな」

「えっ!」

 今度はセイラが小さな悲鳴を上げる。すぐに周りを気にして、しゅん、と縮こまった。

「す、すみません。私まで……」

「あ、いえ……その、トゥフィくんは人として好きっていうか、好感が持てるってことだから……ははは」

 バニラは、取り繕うように身振り手振りでごまかした。そして、ジルワールに小さな声で小言を言った。

「ちょっとジルさん、変な言い方で言わないでよ」

「すまん……」

 ジルワールは申し訳なさそうに、しゅん、としてしまった。


「それで、その……バニラ様がトゥフィを気にしてくれているのよって、言ったら、その……トゥフィが……」

 セイラが言いずらそうにもごもごした。

「な……何があったのかな」

 バニラはすごくドキドキしていた。

 バニラはトィフィを黒龍の実験の時にグループに率先して迎え入れたから、そのお礼かな、とか。ジルワールが暴走した時、近くでバニラの勇姿を見ていただろうから、称賛かな、とかちょっと期待していた。

「その、ものすごく言いにくいのですが……、バニラ様はトゥフィに近づかない方が良いのかもしれません。

「なっ」

 がーんっと、バニラは頭に岩が振ってくるほどのダメージを感じていた。期待していた分、衝撃が大きい。

 しかも、セイラもバカ正直になのでオブラートに包むという事を知らない。

「あの、私は黒龍の実習の時、グループ決めでバニラ様がトゥフィを入れて下さったの、すごく安心しました……あの後、下級貴族からのいじわるも減ったようですし……」

「そ、それは良かった」

「ただ、トゥフィは何でも自分の力で解決したがる性格ですから……。バニラ様の事をあまり良いように思っていないようです。何故だか最近は授業が終わると、図書館で勉強せずにすぐ帰ってしまうし……」

 ががーんっ! バニラは更にダメージを受けた。

 クラスが違うし、昼休みはサロンから出ないように見張られているバニラがトゥフィに会えるのは、放課後しかないのに、トゥフィが早く帰ってしまったら、もう推しを眺める時間がないじゃないか!

 バニラは泣きたくなった。いや、心では号泣していた。これでは、この先何を糧に生きていけば良いのか分からない。

 むしろ、この世界に自分がいる意味が分からなくなる。推しを眺められない人生は死と同じ。最早バニラは生きる屍も同然。

 ジルワールは、そんなバニラの悲しみの感情を直に受けて、突然顔色が悪くなった。

 黒龍というのは、感情に左右されるデリケートな種族。バニラから感じるマイナスな感情ばかりを受け取ってしまうと、だんだんジルワールは弱くなってしまうのだ。バニラはそのことを知らなかった。

「ジルワールくん、大丈夫? 具合悪いの?」

 セイラがジルワールの様子に気付き、心配そうに見つめた。

「……我は大丈夫だぞ」

 ジルワールは、何とか心を立て直し、見繕った。


 セイラと別れてバニラはジルワールと共に図書館の奥へと歩いた。

 どうしても、人目のないところで話したいことがある、とジルワールが言ってきたのだ。

 図書館の奥は、全く人の気配がしかなかった。だからだろうか、バニラは今まであまり奥に来たことがなかった。そこで、ジルワールが口を開いた。

「我、初めてお主に会った日、凶悪な邪気を感じて叫んだだろ? あれは、悪魔と契約した者の邪気だった。多分この学園の生徒の中に、悪魔と契約した者がいる」

「……そう、なんですね」

 バニラは、真剣に話すジルワールから、これはすごいヤバイことなのだと察した。けれど、それをどうするべきか全く分からない。

「やはり、そうなるか」

 バニラの気持ちをジルワールは読み取った。また感情を読まれた、と思ったバニラは静かに怒っていた。ジルワールは、またしてもその感情を受けて心が冷えていくが、ぐっとこらえた。

「我も、それなりに人間界の理は分かっている。我が生徒の中に悪魔と契約した者の邪気を感じたと言ったところで、この学園の生徒は貴族ばかり。この問題を学園側は隠蔽するだろう……っ」

「ジルさん?!」

 ジルワールは耐えきれずにふらついた。バニラはそんな彼をとっさに支え、だっこした。

「す、すまない……」

 ジルワールは、バニラの心配する感情すらも読みとってしまう。

 その時、ぶわっと、バニラから高鳴る感情を読みとった。

「?!」

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