第35話 追憶

 カイは腕を縛られ店の奥へと連れていかれた。


「で?」


 少女に問われる。


「何しに来たわけ?」


「いやー道を間違えちまったんだよ。まさか迷った先でお前にあうとはな。これ、ほどいてくれよ。別に悪さしに来たわけじゃねえからさ」


「絶対嘘よ! 信じられるわけないじゃない。じゃあ聞くけど何の目的でぶらぶらしてたわけ?」


「それはその....」


「ほーらすぐに答えられないじゃない」


「くっ」


 少女はふうと一息はいていった。


「まあ、理由なんてどうでもいいの」


「どういうことだ?」


「あんたにはしばらくここにいてもらうから」


「はあ? なんでだよ!」


「あんた、あいつのなかまでしょ? あのクリスの。理由はそれだけで十分だと思うけど?」


「....」


「とにかく、あんたにこの場所をあいつにばらされるわけにはいかないの。人質としても使えそうだしね」


「おい! きたねえぞ!」


「なんとでもいえばいいわ。クリスのしたことに比べればこんなのかわいいもんよ」


「いったいクリスがなにしたっていうんだ」


「本当に知らないのね。いいわ、教えてあげる。あいつはね....」


 そういって少女は語り始めた。彼女は母と2年前まで二人暮らしをしていた。その母から何度も聞いた話だという。彼女の母はとある国の第一王女で、いずれは女王になる人だったのだという。しかし、国王がとある女性を寵愛し、その人との間に子どもができたのだった。そこからはもう泥沼の跡取り戦争。妾の女性は国王の前ではいい顔をし、裏では毒を盛ろうとしたり、母のありもしないうわさを流したり、有力者を色香で味方につけたりとかなり汚いことをしていたようだ。そういう汚いことを告発しても国王の耳には届かず、ついには王国を夜逃げ同然で出てきたのだ。しばらくは母の母(つまり少女の祖母)お金でしのいでいたのだが、王宮の外にすら出たことのない人たちには厳しい世界だったのだという。ときには馬小屋で寝なくてはいけないこともあったようだ。もうお金も残っておらず、寝る場所も食べるものもなくなってしまったとき、このガリモオにたどり着いたのだ。たどり着いたはよかったが、ボロボロで身元を確認するものも持っていなかったので中には入れてもらえなかった。そこに練兵から戻った騎士団が通りかかり、声をかけてきたのがクリスだったのだという。


「おい、そこの者たち中に入らないのか?」


「入れないのです。こんな身なりだし、身分も証明できないので」


「そうか。おい門番」


「はい!クリス団長」


「この者たちは私が預かる。よって、町の中に入れて私の館に連れていく」


「で、ですがどこのだれともわからぬものをいれるわけには....」


「ええいうるさい! おれがいいっつったらいいんだよ!」


「し、しかし領主さまにはなんと」


「おいおい、団長さんがそんなんじゃあ誰もついてこなくなるぞ?」


「おう、ルーインか」


「門番君、領主様には私から伝えておくから心配しなくてもいいよ。ごめんね、団長がこんなんで」


「いえ」


「それでいいかい? クリス」


「ああ、すまんな色々と」


「まあ、ドラゴンを逃がしていら立ってるのはわかるけどさ、これじゃあ助けたいのか困らせたいのかわからないよ?」


「すまんな」


「あのう....」


母が声をかけると


「おお、すまなかった。さあ、入ろうか」


 それからクリスが宿を手配してくれて、久しぶりの食事とお風呂にもつかり、ベッドで寝ることができたのだった。そこからよくクリスとルーインは母のもとに顔を出すようになり、母も騎士団の手伝い(洗濯や給仕)をしてお金を稼ぐようになったのだという。母はクリスになぜ自分たちを助けたのか聞いたことがあるみたいで、その時は「気まぐれだ」とただそれだけだったようだが、後からルーインに聞くと、ドラゴンを仕留めきれずに自信を無くしていて、とにかく小さなことでも誰かの役に立って自信を取り戻したかったのではないかという話だった。しばらくすると母はクリスに恋心を抱くようになる。助けてもらったこともそうだが、クリスの豪快で誠実で人にやさしい性格にひかれたそうだ。次第に二人だけで会うようになることが多くなっていた。クリスは母の気持に気が付いていなかったようだが、それでも母はいつか報われると思いそばにいた。ガリモオにきてから二年がたったころ、クリスたち騎士団は逃がしたドラゴンの情報をつかみ討伐しに行くことになった。しかし、かなり遠くにいるらしく戻ってくるにも何年かかるかわからないという。


「どうしても行かなければならないの? 遠いならあなたが行く必要はないじゃない」


「そうはいかんのだティアナ。あれは俺が逃がしてしまったんだ。俺が責任を取らなければ」


「そうよね。あなたはきっと何を言っても行ってしまうわよね」


「なーに心配するなよティアナ、団長様には私が付いているからね。みすみす死なせたりはしないよ」


「ルーイン....」


「そういうことだ。討伐したらすぐに戻ってくる。立った何年かの話だ」


「そんな、私おばあちゃんになっちゃうわよ」


「俺たちの腕前を忘れたのか? そんなにかからんさ」


「そうよね....」


「じゃあ、いってくる」


「あ、待ってクリス」


「なんだ?」


「クリス。わたし、あのね、あなたのこと....」


 母はうつむく


「ん?」


「いいえ、なんでもないの。絶対に帰ってきてね」


 母の目には今にもこぼれそうな涙があったが、笑顔を無理やり作って見送った。一年以上かかると思われた遠征だったが、わずか半年で帰ってきた。しかしその中にクリスの姿だけなかったのだった....
















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