第12話 八王子先輩と私と優さん
「ねえねえ、
私――
今日は休日ということで、八王子先輩とまったりマンションで過ごしていたのだが、遊びに来た優さんが買い物に行きたいと言い出したのが冒頭の台詞である。
「シューくんはついてこないでよね」
「荷物持ちが一緒にいなくていいのか?」
シューくん、とは八王子先輩の『秀一』からとったものらしい。
優さんの言葉に、八王子先輩は呆れたような声を出す。
「僕だって男なんだから荷物持ちくらいできるもん。女二人、水入らずでデートしようね、薫子ちゃん」
男なのか女なのかハッキリしてくれ。
デート、という言葉に反応したのか、八王子先輩がピクリと眉を動かす。
「……兄貴、薫子さんをどうするつもりだ?」
「やだー、シューくん怒ってるー。こわーい。薫子ちゃん、逃げろー!」
……というわけで、私と優さんはマンションを飛び出し、お買い物デートに出掛けることになったのである。
「薫子ちゃん、これ着てみて! 絶対可愛いこれ!」
「は、はぁ……」
私たちは服屋にいた。
優さんに勧められるままに着せ替え人形と化した私は、次々と服をあてがわれている。
たしかに可愛い服なのだが、値段があまり可愛くない。
「うーん、薫子ちゃん可愛い! これ僕が買ってあげる!」
「えっ!? いいですよそんな、」
「いいのいいの、薫子ちゃんが買い物に付き合ってくれるお礼だよ」
付き合ってくれるも何も、優さんまだ何も買ってないんだけど……。
「良かったらこれ着てさ、シューくんとデートしてみてほしいな」
「八王子先輩と……?」
「薫子ちゃん、僕も『八王子』だよ」
「…………しゅ、シューくんと?」
「うん! 僕、シューくんと薫子ちゃんが仲良くしてくれると嬉しいんだぁ」
優さんは幸せそうな笑顔を浮かべている。
会計を済ませたあと、私たちはステーキハウスで昼食をとることにした。
「シューくんね、モテるでしょ?」
「そうですね、ムカつくくらいモテますね」
八王子先輩が女性社員に愛想を振りまいている図を思い浮かべるとむかっ腹が立つ。別に嫉妬とかではなく、あのド変態が自分の性癖を隠してモテているのがムカつくのだ。性癖がバレてみんなにドン引きされればいいのに。
「ああいう性格だから、女の子と付き合っても長続きしなくてさ。アイツがあんなに執着するの、薫子ちゃんが初めてなんだ。良かったら仲良くしてほしいな」
「はぁ……」
私は気の抜けた返事をするしか出来ない。
私に執着されても困るのだが、先輩に飽きられて捨てられたら、もう私には行くところがない。先輩のマンションに移る際に、自分の住んでいたアパートは引き払ってしまったからだ。うーん、詰み。
そんなことを考えながらチーズハンバーグを食べ、ステーキハウスをあとにする。
「次はねー……あ、あそこ行こ!」
優さんが指をさすのはアクセサリーショップ。
「……もしかしてなんですけど、優さん、私のデートのコーディネートしてます?」
私はアクセサリーを見比べている優さんに、そう声をかける。
「あ、わかっちゃった?」
優さんはニシシ、といたずらっぽく笑う。
「シューくんをビックリさせたいんだー」
「うーん、多分はち……シューくんは自分が選びたいと思うんじゃないですかね」
私の言葉に、優さんは目をぱちくりさせる。
「……そっか」
しかし、優さんはどこか嬉しそうな顔をしていた。
「流石薫子ちゃん、シューくんのこと、よくわかってるじゃん。じゃあ今日のデートはやめにしよ。帰ろっか」
しかし、アクセサリーショップを出ると、目の前に八王子先輩がいた。
「あれ、シューくん? ついてくるなって言ったじゃん」
「兄貴……薫子さんと何してるんだよ」
八王子先輩の目は執着と独占欲にまみれていて、ちょっと、いや、かなり怖い。
「もしかして兄貴、薫子さんに横恋慕してるんじゃ――」
「落ち着いてください、……しゅ、シューくん」
「!?」
私の決死の言葉に、八王子先輩は目を白黒させる。
「え、は、な、なんて?」
「優さんにシューくんと呼ぶように言われました」
「優……!」
八王子先輩は一転、優さんに感謝の眼差しを向ける。
よくわからないけど命拾いしたことはわかったらしい優さんからはサムズアップをいただいた。
そしてそれ以来、八王子先輩は『シューくん』と呼ばないと反応しないようになってしまったのである。
〈続く〉
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