Episode 1.2

 港町リンデ。昔は往来の盛んな港町であったが、魔獣の侵攻によりかつての賑わいは失われていた。それでも町人たちは活気に溢れ、今日も活きの良い魚介類を各地に出荷し、町を訪れた旅人へと振る舞うのであった。

 到着したアルド一行は各々分担して準備を進めることにした。エイミとサイラスは装備を整えに、フィーネとヘレナは食糧の調達。そしてアルドとリィカはアウイルが言う『野暮用』に付き合うことにした。ヴァルヲはてくてくとフィーネの後を付いていく。なにか美味いものにありつけると思ったのだろう。


「実は俺の親父が冒険家でな」目的の場所に向かいながら、アウイルは話し始めた。

「昔から長い間家を空けてはあちこち渡り歩いていたんだ。たまに帰って来たかと思えば、旅先の珍しい土産を持ち帰ったり、嘘みたいな冒険話を聞かせてくれたりしてな。俺はその話を聞くのがいつも楽しみだった」屈託のない笑顔を見せながら楽しそうに話す。

「家には親父が書き記した日誌や持ち帰った珍品が山積みだったから、親父が不在の時はそれらを漁って、俺もいつか世界中を旅するんだと子供ながらに夢を膨らませたもんだ」

「そうだったのか。アウイルが旅に出たのは親父さんがきっかけなんだな」

「それは間違いないんだが、そんなに単純な話ではなかった。ある日、日誌を読んでいる時に気づいたんだ。日誌には幾つか抜け落ちた部分がある。それも、意図的に抜かれているようだった。読んでいると幾つか不自然な箇所があって、それらを読み解くと抜け落ちた部分の存在を示唆するメッセージが浮かんできたのさ。要は暗号文みたいなもんだな。どうやら親父は俺に、それを探せと言ってきているらしい。親父が持ち帰った一番の土産は、俺への挑戦状だったって訳さ」

「面白い親父さんだな。ということは、そのひとつがこのリンデにあるってことか?」

「そういうことだ。この町の灯台守に託してあると、読み解いたメッセージには記されていた」


 そこまで話し終わったところで、アウイルは町人に教えてもらった灯台守の家の扉を叩いた。少しの間を置き、家主と思われる初老の男が扉を開けた。

「突然失礼。俺はアウイル。あんたが灯台守かい? 昔あんたが海で命を落としそうになった時に助けた男の息子だ。そう言えば分かると聞いて尋ねさせてもらったぜ」

 初老の男は話を聞くや一瞬驚きの表情を見せたが、すぐさま顔を綻ばせた。

「おぉ・・・あやつの息子か。あやつには本当に世話になった。随分と若いが、確かにあの男の面影がある。遂にこの日がやって来たか。案内しよう。少し待っていなさい」


 灯台守は準備をすると言って一度家に戻り、身仕度を済ませて出てきた。

「すぐ向こうに灯台が見えるじゃろう。あそこじゃ」

 町の外からでも見えるその立派な灯台へと、一行は案内された。灯台守が入口の鍵を開け、中に入るように促す。中は然程広くはなかったが、開けた空間の一角に資材が積まれていた。その中から大事そうに仕舞われていた包みを取り出し、灯台守はアウイルへと手渡した。

「息子が訪ねて来たら渡すようにと託され、以来大事に仕舞っておった。開けておらんので中身は知らんが、きっとお主にとって大事なものじゃろう。これで少しはあやつに恩返しができたかのう」灯台守は感慨深げに話す。

「長い間預かってもらってすまないな。礼を言うよ。親父もきっと喜ぶ」そう言いながら、包みの中身を確認し始めた。黙々と読み進めているが、時折ニヤリと笑みをこぼした。誰も気づかないくらい僅かな笑みを。

「ところで、あやつは元気にしておるのかのう?」

「ん? あぁ、親父のことか」灯台守に尋ねられ、アウイルは顔を上げた。「死んじまったんだ、少し前にな。旅先から帰る途中で争いに巻き込まれて深傷を負ったらしい。なんとかその場を乗り切って帰って来たんだが、怪我の治りが悪くてな。長い間療養生活を送って、ベッドの上で元気そうに武勇伝を聞かせてくれていたが、最期は呆気なく逝っちまった」

「おぉ・・・そうじゃったのか。惜しい人間を亡くしたのう。もう一度会って礼を言いたかったわい」灯台守が今日初めて悲しげな表情を見せた。

「ま、死んじまったもんは仕方ないさ。俺は親父に託されたもんをしっかり受け継いで後世へと残す。そうすれば親父も浮かばれるだろうさ」


 アウイルは全てを確認し終えると、灯台守に再度礼を言った。

「落ち着いたらまた顔出しに来るよ。親父の話をもっと聞きたいしな」

「ああ、そうしておくれ。いつでも待っておるぞい。飛び切りの酒と肴を用意してな」

 荷物になるからと断ったが、灯台守から日持ちする干物などの海産物の土産をしこたま貰って、その場を後にした。リンデカマスの開きをリィカは興味深そうに眺めている。

「目的は果たせたのか?」満足気なアウイルにアルドは尋ねた。

「ああ、これでばっちりだ。準備が整ったら、ザルボーへと向かおう」

「それにしても・・・親父さんは亡くなっていたんだな」

「こればっかりはどうしようもないさ。でも親父が残したものは俺の中にしっかりと根付いている。それを未来へと残すのが俺の使命だ」

「それなんだけど」アルドは不思議そうに質問を投げかけた。「『後世に残る名作』とか『未来へと残す』とか、やけに拘っているように見えるけど、なにか理由があるのか?」

「理由、か・・・。話すと長くなるな。船の中でゆっくり話すことにしようか。時間はたくさんある」アウイルが一瞬悲しげな顔を見せた気がしたので、アルドはそれ以上はなにも聞かずにいた。


「まずはみんなと合流しよう」


 三人は集合場所である船着き場へと向かった。

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