第拾参話【 母の想い 】

 神楽が黒ノ生花の組織に、終止符を打つと、

 灰夢と神楽は、子供たちの所へと帰ってきた。





「……あっ、帰ってきたっすよ!」

「……おや? なんで、神楽さまもいるんだ?」

「娘たちのピンチに、わてが来なくてどないすんねん」

「おぉ、さすが神楽さまっす!」

「やはり、助けに来てくれたのか」

「お前たち、怪我はないどすか?」

「だ、大丈夫っす。擦り傷程度っす……」


 神楽が沙耶と透花の体を、触って確かめる。

 すると、山の上から二人の女性が歩いてきた。


「……灰夢」

「おぅ、リリィ……。もう用事は済んだのか?」

「うん、大丈夫……」


 そういって、リリィがルミアと笑顔を交わす。


「そうか、よかったな」

「うん、ありがとう。……何か、凄い音してたけど、大丈夫?」

「あぁ、黒光りした害虫の駆除を少しな。もう終わった……」

「そう、よかった……」


 そんな話をしていると、灰夢の後ろから少年が走り出した。


「──リリィっ!」

「坊ちゃん……。メイド服じゃないのに、よくワタシがわかったね」

「あたりまえだ。僕は、お前の主なんだぞっ!」

「……そっか」

「無事でよかった、リリィ……」

「うん。ワタシは、大丈夫だよ……」


 リリィが泣きつく少年を、そっと優しく抱きしめる。

 それを見て、ルミアは夜影の子供たちの元へ向かった。


「……みんな、平気?」

「ルミア姉……。大丈夫っすよ、運び屋さんが守ってくれましたから……」

「そっか、運び屋が……」

「ルミア姉さん。その格好ってことは、割と本気で戦ったんじゃ……」

「うん、少しね……」

「あのメイドの人は、倒したんすか?」

「ううん、そこにいるよ」



「「「 ……え? 」」」



 微笑みながら、後ろを振り向くルミアに釣られるように、

 子供たちが、ドレス姿のリリィを目を丸くしながら見つめる。


「なんか、ルミア姉と同じドレスになってるんすけど……」

「あれ、ルミア姉さんの分身体じゃないのか?」


「忌能力も……」

「見た目も……」

「ソックリです……」


「うん。わたしたち、姉妹だから……」



「「「 ……えっ、えぇぇええぇぇぇぇええぇぇええぇっ!? 」」」



 声を上げて驚く子供たちに、リリィはそっと微笑んでいた。

 それを横で見つめていた灰夢を見て、火恋がそっと立ち上がる。


「……運び屋」

「なんだ、火恋……」

「私と妹たちを守ってくれて、ありがとう。感謝する……」

「別にいい。人間相手なんて、話にもならねぇよ」


「だが、私は川の中に落とされてから、何も出来なかった……」

「まぁ、あの不意打ちは反則だったな」

「まさか、運び屋が助けに来てくれるとは……」

「神楽とは腐れ縁だからな。お前らに何かあると、俺も目覚めが悪い」

「……そうか」


 誤魔化すように目を逸らす灰夢を見て、火恋が小さく微笑む。


「反則は、運び屋さんも同じな気がするっすけどね」

「軍事兵器が相手だってのに、生身に反則とか言うなよ」


「その軍事兵器も含めて、武器も使わずに消したくせに、よく言う……」

「沙耶も博士を名乗るなら、もっといろいろ学ばねぇとな」

「確かに……。神楽さまと同年代を前に、知識で勝てるわけがないか」

「相手を喰うなら、喰われる覚悟をすること。お前らも忘れんなよ……」


「不死ノ影狼とは、よく言ったもんすね」

「こんな馬鹿げた人間は、神楽様とルミア姉さんくらいだと思っていた」

「うちには、まだまだたくさん居んぞ。俺より頭おかしいのがな」

「それはあまり、想像したくないなぁ……」


 そんな話をしていると、灰夢の足元に三人組の幼女が走ってきた。


「運び屋のお兄ちゃん……」

「助けてくれて……」

「ありがとうですっ!」


「おう。……お前ら、もう歩けるのか?」


「──はいっ!」

「ルミアお姉ちゃんが……」

「治してくれたですっ!」


「体の毒物を取り除いたのか。さすが、リリィの妹なだけはある」


「本当に、姉妹なんすね」

「正直、それが一番の驚きだよ」


 沙耶と透花が現実を受け止めきれずに、呆れ顔で目を細める。


「お前たち、ちょっと集まってな」

「「「 ……? 」」」


 歩けるようになった子供たちを、神楽が呼び寄せると、

 そっと優しく包み込むように、順番に抱きしめ始めた。


「……神楽さま?」

「ルミア、今までよぅ頑張ったな。あんたが無事で、ほんまによかった……」


「……神楽さま、自分は大丈夫っすよ?」

「ええんや、透花。これが母である、わての務めやさかい」


「あなたが私たちの母で、本当に良かったです」

「沙耶。こんなダメな母親やけど、堪忍してな……」


「ありがとうございます、神楽さま。私たちはもう、大丈夫です……」

「火恋、あんたは強い。せやけど、無理だけはせんといてな」


「えへへ……」

「夜海たちも……」

「もう大丈夫ですっ!」

「もう一度、あんたらの三人の笑顔が見れて、ほんまによかった……」



























        娘たちを想う母の瞳には、一雫の涙が流れていた。



























 そんな家族の空間を残すように、灰夢が仲間の元に戻る。


「おかえりなさい、です……。おししょー……」

「おかえり、ししょ〜っ!」

「おう、ただいま。お前らも、今日はよく頑張ったな」

「えへへっ! 楽しかったよっ!」

「大冒険、だった……ですっ!」

「そうか。まぁ、たまにはいい体験だったかもな」


 風花と鈴音が灰夢の肩に乗り、両面から笑顔を見せる。


「この二人も、だいぶ炎の使い方に慣れたみたいじゃのぅ……」

「九十九とサラが、たまに練習に付き合ってくれてっからな」

「わらわも楽しいんじゃよ。そういう、何気ない日常がのぅ……」

「これを日常って呼んでいいのかは、少し微妙だけどな」

「わらわたちにとっては、かけがえの無い日常じゃよ」

「まぁ、それもそうだな」


 九十九の笑顔に応えるように、灰夢は優しく頭を撫でていた。


「主さま、お疲れ様でした」

「あぁ、恋白もありがとな」

「いえ、主さまの為ですから……」

「お前も相変わらずだな。まぁ、これで一件落着だ……」


 そういって、灰夢が幸せそうな仲間たちを見渡す。


「灰夢よ。さっきの武者を出す術は、随分とかっこよかったのぉ……」

「あぁ、あれな。割と頭に血が上ってたから、咄嗟に作っちまったが……」

「吾輩と九十九と灰夢の術を、全て掛け合わせるとは思わんかった」

「前から考えてたんだ、三人の合成術があったらいいなってよ」


 そんな二人の会話を聞いて、恋白が灰夢に飛びつく。


「次は、わたくしの水神術も、その合成術に入れてくださいねっ!」

「おぉい、待て……。それって、俺とお前が本契約しなきゃだろ」

「……嫌、ですか?」

「い、嫌じゃねぇが。また、氷麗たちに怒られるんだよ」

「大丈夫です。主さまは、不死身でいらっしゃいますから……」

「いや、殺される前提の時点で、何も大丈夫じゃねぇんだが……」

「……むぅ〜っ!」


 呆れ顔を見せる灰夢を見て、恋白が頬がぷっくらと膨らませる。


「主さま、いじわるでございます」

「意地悪って、おい……」

「わたくしだけ、仲間外れなんて……」

「はぁ、わかったわかった。今度、時間があったら考えてやるから……」

「本当でございますかっ!? 約束ですからねっ!」

「お、おぅ……」

「いつでもお待ちしておりますよ、主さまっ! えへへっ……」


 恋白は満面の笑みを浮かべると、灰夢にベッタリと抱きついた。


「全く……。押しに弱いのぉ、我が主は……」

「なぁ、牙朧武。これ、やっぱり俺が悪いと思うか?」

「ん〜、世間的に見ればそうじゃろうな」


 牙朧武が腕を組みながら、幸せそうな恋白を見つめる。


「お前なら、こういう時はどうしたらいいと思う?」

「相手を傷つけずに避ける手段を聞いておるなら、それは無理じゃのぉ……」

「マジでストレートに現実を突きつけてくるな、お前……」

「それが世の中の定義なんじゃ、仕方なかろう」

「世の中の秩序を憎む呪いの化身が、『 世の中の定義 』とか言うんじゃねぇよ」


 灰夢は牙朧武と話しながら、呆れ顔をしつつも、

 笑顔を浮かべる恋白の顔を見て、少し笑っていた。


「ほら、そろそろ帰んぞ……」

「せやな。梟月はんたちも、店で待っとるやろし……」

「浜辺に満月が待機してる。俺が突っ走るから、お前らは影に入ってろ」

「「「 はーいっ! 」」」


 灰夢の影が狼を象り、ガバッと大きく口を開ける。


「いや、運び屋。大丈夫なのか? これ……」

「俺の影に入るだけだ。別に死にやしねぇよ」

「これ、自分らも入っていいんすか!?」

「これは少し、好奇心が掻き立てられるな」

「まぁ、中は広いから、帰るまで好きに遊んでろ」



「「「 ──やったぁ〜っ! 」」」



「あっ……お、おいっ!」


 戸惑う火恋を気にすることなく、透花と沙耶は影に入っていった。


「火恋、はよしいや……」

「神楽さまは、怖くないんですか?」

「まぁ、わては初めから、この中におったからなぁ……」

「……えっ? じゃあ、初めから運び屋と一緒に……」

「せやで? 牙朧武はんと九十九はんに、将棋の手合せをして貰っとった」

「いや、影の中で何してるんですか」

「時が来るまで待機しとったんやけど、心配でどうにも落ち着かんでなぁ……」

「…………」

「そしたら、二人が遊び相手に付き合ってくれよったんやわ」

「は、はぁ……」


 みんなが影に入る中、ルミアは一人で入口を見つめる。


「ねぇ、運び屋……」

「……ん?」

「わたしも、いいの……?」

「あぁ……。リリィと積もる話もあんだろ? 中で、ゆっくりしてろ」

「わかった、ありがとう……」

「……おう」


 灰夢が空を見上げ、一台の戦闘機を見つけると、

 それに合図をするように手を挙げ、指示を送る。


 すると、ルミアが再び、影の前に立ち止まった。


「ねぇ、灰夢……」

「……ん? 今度はなんだ?」

「ありがとね。妹たちを、守ってくれて……」

「気にすんな。あんなの大したこと……待て、灰夢?」

「わたしのことも、ルミアって、呼んで……」

「……お、おう」



( 待てよ……? この展開、どこかで…… )



























       「 ……自然と、家族を、大切にしてくれる人…… 」



























           「 ……わたし、大好きだよ…… 」



























 灰夢に向けられる、ルミアの何気ない笑顔が、

 初めて打ち解けた頃の、リリィの笑顔と重なる。


「そ、そうか……。そりゃ、いい言葉を聞いた……」

「うん。また今度、ゆっくり話そうね……」

「お、おぅ……」


 そう言い残すと、ルミアは影の中へと消えた。



























          ( いや、すっげぇデジャブ感…… )


























 灰夢は海岸へ行き、待っていた満月と合流すると、

 満月の戦闘機に乗って、夢幻の祠へと帰って行った。

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