第弐話 【 くノ一集団 】

 満月が壊れた店を直し終えると、灰夢は子供たちを連れ、

 数人の戦ったくノ一たちと共に、店の中へと入るのだった。





「はぁ、終わった終わった……」

「一時はどうなることかと思いましたね」

「その割には、お前ら緊張感なかったけどな」

「まぁ、お兄さんが負けるとは思ってないので……」

「そうですかい。厚い信頼を、どうも……」


 何故か、誇らしげに胸を張る氷麗たちに、

 灰夢が心底やる気のなさそうな声で答える。


 すると、和服の女性が子供たちの前に歩いてきた。


「いきなり驚かして、ほんまにごめんなぁ……」

「い、いえ……」

「わては月夜魅つくよみ 神楽かぐら。影の組織【 夜影衆 よかげしゅう】のかしらでありんす、よろしゅうに……」

「さっきも言ったが、こいつは俺と同年代だ。見た目に騙されるな」

「……そ、そうなんですね」



( この人たちが、暗殺部隊の『 くノ一 』…… )



 得体の知れない神楽の存在に、氷麗がゴクッと息を飲む。


「お兄ちゃんと同年代ってことは、歳を取らない忌能力ってことですよね?」

「歳を取らないというか、正確には若返る方が近いな」

「……ど、どんな忌能力なんですか?」


 言ノ葉と氷麗の純粋な言葉に、神楽がそっと笑みを浮かべる。


「わての忌能力、知りたいかえ?」

「あっ、なんかヤバそうなのです」

「い、いえ……。その、大丈夫です……」

「おほほ、そんなに警戒せんでええよ。なんにもせぇへんから……」

「「 ……は、はい 」」


 二人は瞬時に、『 触れてはいけない何かだ 』と悟った。


「神楽、お前が自らこっちに来るなんて珍しいな。……仕事か?」

「まぁ、仕事もそうなんやけど、何かと便利やさかい」

「……便利?」

「子供も少しずつ増えて、今はもう九人もおるんや」

「そんなにか。確かに、前に聞いてたよりも多いな」

「そのせいか、うちの子を狙う輩も度々出てくるようになってん」


 ──その言葉に、氷麗が反応する。


「……うちの子を、狙う?」

「忌能力を知って、それを利用しようと捕まえに来よるんよ」

「前に、お兄さんが言っていた軍事利用とかですか?」

「そうや。それに、うちの子たちは可愛ええからのぉ……」


 そう答えると、神楽は笑顔でクネクネしだした。


「おい、エロババア。下心が見えてんぞ……」

「誰が『 エロババア 』だッ! 礼儀を知れ、痴れ者がッ!!」

「なんだ、またボコされてぇか? 小娘ッ!!」

「こ〜れっ! いちいち突っかからんの、火恋かれんっ!」

「す、すいません……」


 炎を纏っていた少女が、神楽に言われて引き下がる。


「まぁ、そういう意味で狙う輩もおるんやさかい」

「この格好がいけねぇだろ、どう考えても……」

「若い子が『 可愛い 』を引き出さんで、どないすんねんなっ!」

「はぁ……。やっぱり、問題点はコイツか……」


 神楽の言葉に、灰夢は呆れて言葉を無くしていた。


「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「私たちも、そういうのに狙われる時がくるのでしょうか?」

「いや、お前らは学校に行ってるだけだから、別に大丈夫だろ」

「それだけなら、大丈夫なんですか?」

「そりゃな。こいつらは忌能力を武器に、裏社会で仕事してんだぞ?」

「あっ、そっか……」

「外で忌能力を過剰に使用するか、変に目をつけられなけりゃ来ねぇよ」

「そうですか、よかったぁ……」


 氷麗がホッと息を吐きながら、胸を撫で下ろす。

 そんな氷麗の横に立ち、梟月が二人の会話に混ざる。


「それに、月影には祠があるが、普通は外の世界で生きているからね」

「外の世界……。梟月さんも、怖いと思いますか?」

「もちろん、世間の目は怖いさ。この世界で、少数派に人権はないからね」

「……人権がない、ですか」

「世間に敵だと認識されれば、売られようと殺されようと正義になってしまう」

「そ、そんな……」


「まぁ、俺ら月影と違って、向こうの親役は神楽一人だからな」

「確かに、この家には霊凪さんも含めて、六人も居ますからね」

「あぁ……。だからまぁ、うちより危ない目に遭いやすいのはあるんだろう」

「……本当に、物騒な世界ですね」


 世間で扱われる忌能力者の苦しい現実を、氷麗は改めて感じていた。


「わてらには、生きにくい世界やからなぁ……」

「それに、明らかに幼いのも三人いるしな」


「「「 ──ひぃっ!? 」」」


 三人組の幼女が、灰夢の目を見て神楽の後ろに隠れる。


「せやから、月影の方々に助けを求められるよう、近場に越したんや……」

「そうか。……ん? 近場に越した? そんな話、聞いてねぇぞ?」

「そらなぁ……。今、初めて言ったんやから……」

「お前なぁ……」

「といっても、今はまだ仮住まいなんやけど……」


 すると、炎を纏っていた少女が、不満そうな顔で寄ってきた。


「神楽さま。この者は、一体何者なのですか?」

「さっき、霊凪はんと梟月はんは紹介したやろ?」

「……はい」

「梟月はんの従える四人の仕事人。その内の一人が、この灰夢はんや……」

「……と言うと?」

「あんたが負けたんが『 不死ノ影狼 』こと、不死月しなづき灰夢かいむはんや……」

「ということは、この男が噂の【 不死身の死術師 】なのですか?」

「せやで、強かったやろ?」

「え、えぇ……。まぁ……」


 驚いた表情をしながら、少女が灰夢を見つめる。


「ちなみに、こちらが熊寺くまでら 満月みちづきはんやで……」

「どうも、よろしく……」

「ど、どうも……。あなたも、同じ月影の仕事人の方なのですか?」

「あぁ、オレはサポーターだがな。普段は、ここで技術屋をしている」

「技術屋……。だから、そんな武装を施しているのか」


「まぁ、武装というか、オレは全身機械だからな」

「──全身っ!? それは、身につけているのでは無いのですか?」

「あぁ……。心臓部まで含めて、オレの体は全て機械だ……」

「…………」


「面白いやろ? ここの人たちは……」

「面白いの次元を超えて、ドン引きですよ……」


 すると、奥から二人のくノ一が、灰夢の元に歩いてきた。


「やぁやぁ、先程はうちの野蛮な姉が失礼したね」

「……や、野蛮な姉っ!?」

「お前は、さっき肉体強化みたいな術を掛けてたな」

「おや、バレていたのか……」

「あからさまに、そこのクソガキの動きが変わったからな」

「……ク、クソガキだとっ!? 貴様ァ……」

「さすがの慧眼けいがん、お見逸みそれしたよ」

「そりゃどうも……」


 灰夢が睨む少女を無視しながら、他のくノ一と会話を続ける。


「ボクは夜ノ宮よのみや 沙耶さやと言う者だ。沙耶博士さやはくしと呼んでくれたまえ……」

「おい、自分で博士付けんなよ」

「自分で呼ばないと、誰もつけて呼んでくれないのだよ」

「いや、理由が悲しすぎんだろ」


「自分は夜隠よがくれ透花とうかっす。よろしくっすね、運び屋さんっ!」

「お前ら、キャラが濃いな」

「……そうっすか?」

「その服装から察するに、同じくノ一なんだよな?」

「はい、そうっすけど……」

「字面だけ見ると、性別がわかんねぇよ」

「……字面?」

「なんでもねぇ、こっちの話だ。気にすんな」


「安心したまえ、ボクたちは身も心もレディだぜっ! いえーいっ!」

「沙夜はもう少し、大人っぽい体格をしてから出直してきてくれ」

「わりとストレートに言うな、君……」


 ドヤ顔を決めていた沙耶の表情が、灰夢の一言で真顔に戻った。


「ほんでこっちが、茶釜ちゃがま三姉妹や……」

「……茶釜?」


 神楽に背中を押され、狸の耳をした幼女三人が走ってくる。


「……夜陸よみちなのですっ!」

「……夜海やみなのですっ!」

「……夜空よぞらなのですっ!」

「そうか。よろしくな、ども……」


 そういって、灰夢がそっとしゃがみ込んだ瞬間、

 幼女たちは逃げるように、再び神楽の後ろに隠れた。


「……ん?」


「変態さんです……」

「不審者さんです……」

「ロリコンさんです……」


「おい、神楽……。お前、どういう教育してやがんだ?」

「子供に近づいてくる大人の男は、変態ロリコン不審者野郎やって教えとるよ?」

「なんてタチの悪い教育してくれてんだ、テメェ……」


 笑顔で答える神楽に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「そいつらも、忌能力者なのか?」

「せや。この子たちの忌能力は、土と水と風の操作なんや……」

「土、水、風……。おまけに火って、どこぞの四大精霊かよ」

「わてらの場合は、【 忍術 にんじゅつ】って言うて欲しいなぁ……」


「それなら、雷遁の使い手も見つけないとな」

「「「 らいとん……? 」」」

「雷を使う忍術のことだよ」


「おぉ〜っ!」

「なんか凄くっ!」

「かっこいいのですっ!」


 灰夢の話に、幼女三人組は釘付けになっていた。


「この子たちは、まだ修行の身やさかい。色々教えてやってな」

「修行の身ねぇ……」



( 下手したら、言ノ葉たちの修行に入れてきそうだな。神楽のやつ…… )



「「「 ……? 」」」


「ほれ、あんたも自己紹介しなはれ」

「……は、はい」


 神楽に言われるがままに、炎を纏っていた少女が歩み寄る。


夜蝶やちよ火恋かれんだ。よろしく頼む……」

「そうか、俺は不死月しなづき 灰夢かいむ。聞いてた通り、不死身の死術師だ……」


「あの、えっと……」

「……あ?」

「い、いきなりの攻撃は詫びる。すまなかった……」

「……お、おう」

「──だ、だがっ! 番犬の座は譲らないからなっ!」

「……番犬?」


 謎の宣戦布告に、灰夢の表情は固まっていた。


「この子、【 夜影ノ番犬 よかげのばんけん】と呼ばれておるんよ」

「蝶じゃなくて犬なのかよ、性格に難ありか。しかも、面は狐だしよ……」

「貴様、言いたいことを言ってくれるな」

「狐面はただの風流やけど、名前と性格は似つかんもんやね」

「……神楽さまっ!?」


 微塵も庇う気のない神楽に、火恋が思わず振り返る。


「まぁ、このところ構わず噛み付いてくる感は、いただけねぇな」

「噛みつかれてるの、ほとんど灰夢だけだけどな」

「なんか、お兄ちゃんが女の子に嫌われてるの、凄くシュールですね」

「普段がおかしいんだろ。外だと、これが普通だっつの……」


 満月と子供たちは、灰夢を暖かい目で見つめていた。


「同じ番犬と呼ばれる者として、お前にだけは負けないっ!」

「いや……。俺は番犬じゃねぇし、別に番犬の座なんか要らねぇんだが……」

「なっ、だってさっき……。霊凪さんが、『 お前が月影の番犬だ 』って……」

「……霊凪さん?」


 その言葉を聞いて、灰夢が霊凪の方を振り返る。


「灰夢くんは、うちの子たちに何かあると、飛んで助けに行ってくれるからね」

「子守りは番犬に入るのか? むしろ、番犬は梟月と霊凪さんだろ」

「……そう?」

「そりゃそうだろ。この場所を常に守ってんだから……」

「うふふ、そうかもしれないわね」

「だがまぁ、狼の御面を付ける者ほど、相応しい者はいないさ」


「その称号、今は特に要らねぇんだけど……」

「──ガルルルルルルルッ!!!」


 犬が威嚇するように、火恋は灰夢を睨みつけていた。


 それを何事もなくスルーして、灰夢は神楽の横に立つ、

 何故か、一切微動だにしない、無表情の女性に話を投げる。


「……で、さっきから動かない、そこのくノ一は?」

「……わたし?」

「あんた、戦いにも出てこなかったな」

「うん、仕事じゃ、ないから……」



( なんだ、この聞き覚えのありすぎる話し方は…… )



 その疑問に答えるように、神楽が紹介を始めた。



























          『 この子は、lmiaルミア bloodブラッド loadロード 咲夜さくや 』



























           「 この夜影衆の、リーダーやわ 」



























 その瞬間、灰夢を含む月影全員が、目を丸くして固まった。


「えっ、それって……」

「待て、チビ共……。言いたいことは山ほどあるだろうが、今は言うな……」


「「「 ……は、はい 」」」


「神楽……。ちょい、集合……」

「あら、やだわぁ。ご指名ですかえ?」


「貴様、神楽さまに何をする気だっ!」

「何もしやしねぇよ。少し話をするだけだ……」

「大丈夫やから、火恋はじっとしときぃ……」

「……はい」


 そういって、灰夢と神楽がコソコソと会話を始める。


「お前、あれはウチのとどういう関係だ?」

「『 ウチの 』って、リリィはんのことやろ?」

「そうだよ。あんなに同じ話し方と物騒な名前のやつ、他にいねぇだろ」

「ルミアは、リリィはんの妹やと思うんやよ」

「聞いたことねぇぞ、リリィに妹がいるなんて……」

「ルミア本人は、『 捨てられた 』と言ってるんやけど……」

「リリィが、そんなことするとは思えねぇんだが……」

「まぁ、なにか理由はあるんやろなぁ……」


「なんで、今まで黙ってた?」

「言わんかったというより、確証が持てへんかったんよ」

「名前からして、まず間違いねぇだろ」

「さっき梟月はんに聞くまで、リリィはんのフルネームを知らへんかったん」

「……そっちかよ」

「それに、本人が『 自分で見つける 』って言い張ってん……」

「変なところが無駄に頑固なのも、リリィにそっくりだな」

「夜影に来る前も、一人で姉を探し回ってたらしいでな」

「だから、お前が拾ったのか」

「せや……」


 神楽に隠れながら、灰夢が何度もルミアを確認する。


「つまり、お前の本音はリリィとルミアを会わせに来たのか?」

「まぁ、さっきの理由が半分、こっちの理由が半分ってところやな」

「……生活がキツイのもガチなのかよ」

「……当然やろ」

「……ドヤ顔で宣言してんじゃねぇよ」

「今回は仕事もあるし、確認できる良い機会かと思ったんや……」

「いいのかよ、本人に無断で協力しちまって……」

「せやけど、娘を拾った母としては協力してやりたいやろ?」

「頼むから、変なもめ事を起こさないでくれよ?」

「それは姉妹の問題やな。わてらの踏み込むところやあらへん……」

「はぁ……。まぁ、事情は理解した……」

「さすが灰夢はん、理解のある男やわ」


 二人は話を終えると、元の配置へと戻っていった。


「お兄ちゃん、どうでした?」

「とりあえず、詳しくは後で話す」

「わ、わかりました……」


 灰夢が神楽の子供たちを見て、新たに疑問を思い浮かべる。


「お前んところのチビ共、全部で九人っつったよな?」

「せやな。うちでは、みんな姉妹と同じや……」

「……どういう順番だ?」




 長女 …… lmiaルミア bloodブラッド loadロード 咲夜さくや


 次女 …… ???


 三女 …… 夜蝶やちよ 火恋かれん


 四女 …… 夜ノ宮よのみや 沙耶さや


 五女 …… 夜隠よがくれ 透花とうか


 六女 …… ???


 七女 …… 茶釜ちゃがま 夜空よぞら


 八女 …… 茶釜ちゃがま 夜海やみ


 九女 …… 茶釜ちゃがま 夜陸よみち




「ざっと並べると、こんな感じやな」

「二番目と六番目は、どこいった?」

「次女は病弱やさかい、今日は欠席や。六女は、その看病をしてはる」

「そうか、そいつは大変だな」


 火恋は時計を確認すると、ハッと何かに気がついた。


「神楽さま、そろそろ依頼人との交渉時間が……」

「おぉ、そうやった。ほんなら、そろそろ御暇おいとましますえ……」

「そうか。まぁ、近くに住むのなら、また来るといい」

「梟月はんは、相変わらず優しいどすなぁ……。おおきに……」

「お邪魔、しました……」

「では、これで失礼します」


 神楽の横に立つルミアと火恋が、礼儀正しく頭を下げる。


「運び屋さん、また遊びに来るっすね」

「いいよ、来なくて……」

「──えっ!?」


 即答する灰夢に、透花が口を開けたまま目を見開く。


「運び屋くん……。その体の仕組みについて、今度詳しく教えてくれたまえ」

「……断る」

「……なぜだね?」

「お前の目が、昔、俺を捕まえようとしていた研究者みたいだからだ」

「その理由は、さすがに理不尽では無いか?」

「俺の体を勝手に解剖される方が、よっぽど理不尽だろ」

「そう意地を張らないでくれたまえ、減るもんでもないし……」

「沙耶、お前はそれでも人間か?」


 沙耶と透花の後ろから、茶釜三姉妹が顔を覗かせる。


「運び屋のお兄ちゃん……」

「バイバイ……」

「……です」

「……お、おう」


 笑顔を向ける三姉妹に、少し引き気味に別れを告げると、

 それを見た透花と沙耶が、ムッとした表情で灰夢を睨んだ。


「なぁんで、三姉妹には優しいんスかッ!!」

「見損なったぞ、運び屋くんっ! このロリコン野郎ッ!!」

「うるせぇ、とっとと帰れッ!! クソガキ共ッ!!!」

「「 ──あいっったあぁぁああっ!! 」」


 灰夢が二人の尻を蹴り飛ばし、店の外へと叩き出す。


「ほな、また会いましょう。灰夢はん……」

「へいへい、生きてたらな」

「ふふっ……。ほな、ごめんやす……」





 子供たちは別れを告げると、神楽の後へと走って向かい、

 まるで、風が吹き抜けるように、一瞬で祠から姿を消した。

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