第伍話 【 心を持つ者 】

 火の大精霊との戦闘に勝ち、負けを認めさせた灰夢は、

 全ての死術を解き、目の前に胡座あぐらをかいて座っていた。





「……あんた、何者?」

「不死月 灰夢。華月と同じ、月影の一人だ……」

「マスターと同じ……ははっ、そりゃ勝てないわけだ……」


 サラが呆れるように、苦笑いをしながら空を見上げる。


「だが、俺は別に、そんなに強くねぇぞ?」

「何を言ってるの、アタシに勝ったくせに……」

「俺も忌能力はあるんだが、ただの不老不死だからな」

「……不老不死?」

「あぁ、歳を取らねぇのと、不死身の体。そんだけだ……」


「なら、さっきの、あの人間離れした動きは何?」

「あれは死術だ。爺のやつって、見たことあるか?」

「あぁ、あの使ったら死にかけるやつか……」

「そうだ。それを使っただけだ……」

「それじゃなん……そうか、不死身だから、治るのか」


 火傷を完治した灰夢の肉体を見て、サラは納得していた。


「まぁ、本来は喧嘩用じゃなく、ただ自殺用だけだけどな」

「……自殺用?」

「あぁ。不死身は虚無の時間を、延々と生きてる感覚でな」

「なんか、特殊な悩みだね」

「まぁな。だから、人生を終わらせようとしてるんだが、この有様だ……」

「ははっ、そりゃまた、随分と変わった人間だ……」

「まぁ、おかげで、お前と話すことが出来たから、都合がいいこともある」


 そう告げる灰夢を見て、サラが何かを諦めたように笑う。


「約束は約束だからね。煮るなり焼くなり命令するなり、好きにしなよ」

「おい。なんで、そんな物騒な話になってんだよ」

「……え?」

「別に俺は、お前を従えたくて来てるんじゃねぇんだぞ?」

「……違うの?」

「違ぇよ。お前もう、主がいるだろ」


「なら、何しに来たのさ」

「何もしねぇよ。ただ、お前と友達になろうと思ってな」

「……は?」


 突拍子もない発言に、サラが目を丸くして固まった。


「……おかしいか?」

「いや、おかしいでしょ。なんで……そんな、急に……」

「元々の目的もあるが。お前がなんか、寂しそうに見えたからな」

「……寂しそう?」


「力故に恐れられ、誰からも避けられる孤独は、痛いほど分かる」

「……分かるの?」

「ったりめぇだろ。俺みたいなのが、人間の世界にいられると思うか?」

「ぷっははははっ。確かに、人間からしたらバケモノだね」

「……だろ? 傷が治るだけでも、人間は怯えて避けていくんだからよ」


 呆れ返る灰夢を前に、サラが腹を抱えて笑う。


「そっか、同じなのか。なんか、変な気分だなぁ……」

「……何がだ?」

「なんだろう。種族的には下なんだろうけど、見下せない気持ち……」

「それを、友達っつぅんだよ」

「友達かぁ。そんなの、アタシに出来るかなぁ……」

「少しずつ互いを知って、これから徐々に仲良くなるんだよ」

「そんなに上手くいく?」

「お前が壁を張ってたら、ずっとそのまんまだろうがっ!」

「まぁ、そりゃそうだけどさ……」


 難しい顔をするサラに、灰夢がしかめっ面を向ける。


「お前、どこまで不器用なんだよ」

「──なっ、しょうがないじゃんっ! そんなのしたことないんだからっ!」

「はぁ……。大精霊の称号って、ボッチ代表の二つ名なのか?」

「よく言うよ。自分だって、人間にハブられてここにいるくせに……」

「おぅ、痛いところ突いてくるじゃねぇか」

「お互い様でしょ、似た者同士なんだから……」


 そういって、二人が互いの顔を見て笑顔を交わす。


「なら、俺が初めての友達だな」

「……初めての、友達?」

「力量も種族も関係ねぇ。何気ないことで笑って、困ったら助け合う間柄だ」

「こんなアタシを、助けてくれるの?」

「まぁ、本気で困った時ぐらいは、協力はしてやるよ」

「アタシ、貴方のために戦う精霊じゃないんだよ?」

「別に、お前の力なんか要らねぇよ。ただ話して笑えりゃそれでいい」

「ほんと。変わってるね、おにーさん……」

「かもな。だが、そう思ってるのは俺だけじゃねぇよ」

「……え?」


 灰夢に釣られて、サラが岩場の下を見ると、

 リリィと他の大精霊たちが、二人を見つめていた。


「──なっ、えっ!? 何、ずっと見られてたの!?」

「あぁ……」

「あ〜も〜、最悪。もうなんか、色々と萎えてきた……」

「お前、無駄なプライド多すぎんだよ」


 突然、ナイーブになるサラに、灰夢が哀れみの視線を送る。


「はぁ……。そもそも、おにーさんの当初の目的って何さ……」

「シルフィーが、『 みんなと仲良くなりたい 』って言ってたんだ」

「……シルフィーが?」

「あぁ。華月の言葉でじゃなく、お前らと自然に話したいってよ」

「そっか、そんなこと考えてたんだ……」


 それを聞いて、サラはシルフィーを見つめていた。


「誰も話を聞かねぇっつうから、シルフィーの友達の俺が来たって訳だ……」

「……は? それだけの為に、あんなに命かけてたの!?」

「俺は不死身だ。命はかけてない……」

「はぁ……。やべぇよコイツ、力も考えもキチガイだわ」

「やめろよ。火の大精霊に言われると、割と刺さるだろ」


 呆れ返るサラに、灰夢が再びしかめっ面を向ける。


「アタシさ、サラって言うんだ」

「……サラ?」

「うん。良かったら、名前で呼んでよ」

「サラか、いい名前だな」

「あははっ、マスター以外の人間に褒められるとは思わなかった」

「それ、ディーネも言ってたな」


「シルフィー以外は、何で集まってるの?」

「俺が一人一人当たってきただけだ。悩みを聞いたり、遊んだり……」

「本当に、種族の壁をガン無視してきてるね」

「そんなの気にして生きていられるほど、俺は器用じゃねぇよ」

「バカは死ぬまで治らないかぁ……」

「俺の場合は死なねぇから、この先も治らねぇけどな」

「あははっ、さっきのはそういう事か。確かに、間違いねっ!」

「今日一番の笑顔で笑ってんじゃねぇよ、凹むだろ……」


 すると、シルフィーたちが、灰夢とサラの元へやってきた。


「よぅ、終わったぞ……」

「みんな……」


「……サラちゃん」

「……サラさん」

「……フレイムマスター」


 見つめ合う大精霊たちを見て、灰夢が立ち上がる。


「シルフィー、友達……なるんだろ?」

「うんっ!」

「なら、あとはやれるな?」

「大丈夫。ありがとう、灰夢さん……」


 みんなが緊張して、固まっているのを横目に、

 灰夢は奥にいた、リリィの元へと向かっていった。


「あの……怖いとか、危ないって思わないの?」

「まぁ、たまに怖いと思う時もあるけど……」

「でしょ? なら、なんで……」

「でも、サラちゃんが、マスターの為に一生懸命なの、知ってるから……」

「……え?」

「何事にも真っ直ぐな、サラちゃんのいい所……ちゃんと、知ってるから……」

「……シルフィー」


 シルフィーが小さく笑顔を作り、サラを目を見つめる。


「わたしも、サラさんに……いつも、助けて……貰ってる、から……」

「……アタシ、助けてる?」

「わたしがマスターの指示に応えられない時、率先して助けてくれます」

「……ディーネ」

「だから、今度は……わたしが、助けられたら……って、思いまして……」

「そっか、期待してるよ。ディーネ……」

「……はいっ!」


 そう語り合う二人には、自然と笑顔が出来ていた。


「フレイムマスターの力は、正直たまに凄い怖いデス」

「まぁ、火は破壊を産む力の源だからね」

「でも……すっごく、綺麗デス……」

「……ノーミー」

「力強く燃えたり、キラキラしたり、土や岩には無い魅力、いっぱいデス……」

「あははっ。そんな言葉言われたの、初めてだよ……」


「みんなそうです。水の力も、風の力も、魅力がたくさんデス……」

「……ノーミーちゃん」

「……ノーミーさん」

「それぞれの魅力や素晴らしさを、あの男に教えてもらったデスよ」


 ノーミーが灰夢の後ろ姿を見て、静かに笑みを浮かべる。


「わたしも、教わりました……」

「アクアマスターも、デスか?」

「うん。『 皆、得意不得意があって、助け合うのが仲間なんだ 』って……」

「助けあう、かぁ……」

「あの人に、『 自分の意志を伝える大切さ 』を、教わりました」

「……ディーネちゃん」

「すぐには、無理かもしれないけど……少しずつ、弱虫を治していくから……」

「みんなで一緒に、頑張るデスよっ!」

「……はいっ!」


 そういって、ディーネはノーミーに笑って見せた。


「私は、あの人に、一歩を踏み出す勇気を教えてもらった」

「……踏み出す、勇気?」

「うん。初めの一歩が難しくて、一番勇気がいるんだって……」

「ふふっ、そうだね」

「だから、『 早いに越したことはない 』って、私を連れ出してくれた」

「……ウィンドマスター」

「一歩目は助けてもらったから、ここからは自分の足で、歩んでみようと思うの」

「……シルフィー」

「だから、みんなも……私と一緒に、歩んでくれる……?」


 シルフィーが、緊張で震えながらも、三人を見つめる。


「……はいっ!」

「もちろん、デスよ……」

「うん。こんなアタシでも、良ければ……」

「えへへっ、凄く嬉しい……」


 そう語り合う四人は、自然と分け隔てない笑顔になっていた。


「ちゃんと言葉にすれば、伝わるもんなんデスね」

「なんで、こんなことに、気が付かなかったんだろうね」

「ごめん。多分、アタシが一番圧力をかけてたから……」

「あわあわあわあわ、サ、サラさんのせいじゃないですよっ!」

「あははっ。早速、庇ってくれたね。ディーネ……」

「──はっ!」

「ディーネちゃん、自覚なかったんだね」

「みんな、言葉や行動の大切さを、ダークマスターに教わったんデスね」


「……ダークマスター?」

「灰夢さんの事だよ。なんか、闇の空間に消えるんだって……」

「はぇ〜。そんな術、アタシには使ってこなかったなぁ……」

「背後から攻撃するだけじゃ、納得しないと思ったのかもね」

「本当に、何を考えてるだろう。おにーさん……」


 灰夢の背中を見つめるサラに、シルフィーがニヤニヤとした顔で迫る。


「なんか、サラちゃんが『 人間 』って言わないの、珍しいね」

「……そ、そう?」

「灰夢さんは、特別な存在にでもになった〜?」

「ちょ、そういう言い方はズルいでしょっ!」


「ふふっ、なんだか、夢みたいな気持ちですね」

「そうデスね。こうやって話すこと、今まで無かったデスから……」

「うん、そうだね……」

「灰夢さんに、感謝しなくっちゃ……」


 そういって、四人は、かつて無い笑顔を向けあっていた。



 ☆☆☆



 その頃、灰夢は茂みの中にいたリリィの所に来ていた。


「……不死月」

「悪かったな、華月。少し暴れさせちまった……」

「ううん、いいの……」

「お前、途中から見てたんだって?」

「……と言うか、ディーネと、泳ぐ練習、してる所から……」

「なんだよ、思いっきり最初っから知ってたんじゃねぇか」


 灰夢がガクッと肩を落として、その場で呆れ返る。


「初め、何してるのかなって、思って……」

「まぁ、無理やりコミュニケーション取りに突っ込んだからな」

「でも、ディーネの悩みとか、ノーミーの遊びに、付き合ってくれてた」

「たまたま悩みに気がついたのと、ゲームの知識が活きただけだ」

「それでも、真っ直ぐ、向き合ってくれた……」


 灰夢とリリィが、笑い合う大精霊たちを見ながら語る。


「あいつらも、中身はを持ってんだって、分かったからな」

「ワタシが、何を言っても、ダメだったから……」

「その場はともかく、根本的な解決にはならねぇ……っつぅことだろ?」

「……うん」


「そんな気はしてた。気がついても立場上、治してやれねぇ所はある」

「それを、真っ直ぐ向き合って、一人の存在として、灰夢が助けてくれた」

「あの爺が認めて、ここに居る華月だからな」

「……?」

「その華月が認めた精霊たちなら、きっと大丈夫だと思っただけだ」

「……そっか」


 灰夢の素直な言葉に、リリィが小さく微笑む。


「まぁ、あいつらも、根は仲間を思ってたからの結果だろうな。これは……」

「でも、それを動かす、キッカケをくれた」

「たまたまシルフィーが、俺に悩みを打ち明けてくれただけだ」

「それでも、頑張ってくれた。体を張って、向き合ってくれたから……」

「むしろ、戦いを避けられなかった……の方が正しい」

「ううん、そんなことない。本当に、ワタシも、みんなも、助かったよ」

「そうか。そう言ってくれんなら、悪い選択じゃなかったのかもな」


 そういって、灰夢も小さな笑みを浮かべていた。



























     「 ありがとう、灰夢。精霊たちを、助けてくれて…… 」



























「あぁ、どういたしましてだ。……ん? 灰夢?」

「ワタシの、ことも……リリィって、呼んで……」

「……お、おぅ」



























   「 精霊を、自然を、大切にしてくれる人。ワタシは、大好きだよ 」



























 初めて見せるリリィの自然な笑顔に、灰夢がそっと微笑み返す。


「そうか、いい言葉を聞いたよ」

「うん……」

「また、何かありゃ言ってくれ。リリィに難しそうなら、手を貸すよ」

「うん、ありがとう」

「おぅ、ほんじゃな」


 そう言い残し、灰夢はそっと植物庭園を出ていった。

 その後、リリィは合成精霊術が使えるようになった。



  ❖ 回想終わり ❖



 そんな思い出話を、灰夢は氷麗とゲームをしながら話していた。


「まぁ、俺らにあったのは、そんなもんくらいだ」

「お兄さん、あの自然の力に打ち勝ったってことですか?」

「まぁ、丸焦げになったけどな」

「はぁ……。この人、やっぱり人間じゃないや……」

「おい、声に出てんぞ。せめて心で言えよ……」


 氷麗が呆れながら、淡々と灰夢にダメージを与える。


「誰でも命懸けで助けてると、一人と恋仲にはなれないですよ?」

「俺は不死身だ、命はかけてねぇよ」

「まぁ、バカは死ぬまで治りませんものね」

「どうしようもねぇことは、諦めが肝心だ。あっ、やべぇ死んだ……」

「ふふっ、やったぁ!」


「なんか今日のお前、強くね?」

「……気のせいです」



( 何か、妙な殺意みたいオーラを感じる気するんだが…… )



「ゲームだと、ちゃんと死ぬのになぁ……」

「何が言いてぇんだ、貴様は……」

「なんでもないですよ〜だ。ほら……次、行きますよ。お兄さん……」

「へいへい……」



























 ポーカーフェイスのまま、氷麗は闘志を燃やし、


      何となくモヤモヤしたストレスを発散するために、


            ゲームの中の灰夢に向けて、全力でぶつけていた。



        ❀ 第陸章 回想 精霊の絆 完結 ❀

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