❀ 第壱部 第陸章 回想 精霊の絆 ❀

第壱話 【 風の大精霊 】

 その日の灰夢は、早めに遊びに来た氷麗と、

 言ノ葉の帰りを待ちながら、ゲームをしていた。




「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「前に、大精霊の方たちと、何かあったんですか?」

「……なんでだ?」

「この間、植物庭園で会った時に、随分親しげに話をしていたので……」

「あぁ、まぁ。ここに来たばかりの頃に、少しな……」

「なんか、お兄さんに凄く信頼を置いていましたよね」


 対戦しながら、氷麗が横目で灰夢を見つめる。


「あいつら、昔はあんまり仲良くなかったんだよ」

「……えっ、そうなんですか?」

「あぁ。それで仲良くしたいって言うから、手を貸しただけだ」

「それで、あんなに……」

「まぁ、結構な大騒動になっちまったからな」

「……大騒動?」


 灰夢はゲームをしたまま、昔の話を始めた。



  ❖ 回想 ❖



 まだ、この祠ができて間も無い頃──

 満月とリリィが作った庭園を見ようと、灰夢は一人で足を運んだ。


「……華月、いるか?」

「……不死月、何?」

「いや、この庭園を少し見てみたくてな。グルっと見て回ってもいいか?」

「いいけど……自然は、壊さないでね」

「そんなことしやしねぇよ。ただ庭園を見てみたいってだけだっつの……」

「そう。なら、いいよ……」

「悪ぃな。邪魔すんぞ……」


 灰夢はリリィに許可を貰うと、森の中へと入っていった。


 木々が生い茂り、道無き森の中を、ただ真っ直ぐに進んでいく。

 それだけで、冒険心のような何かを、掻き立てる程の世界だった。



( すげぇな、帰り道が分からなくなりそうだ…… )



 すると、突然、灰夢の耳に、ため息のような声が聞こえた。


「はぁ、どうしたもんかなぁ……」

「……?」



( こんな所に、リリィ以外の人がいるのか? )



 その場に立ち止まり、灰夢が耳を澄ますと、

 ハープのような楽器を奏でる音が聞こえてくる。


 気になった灰夢が、草木からそっと奥を覗くと、

 緑の衣装に羽を生やした、一人の少女が座っていた。



( あれは……人間、なのか? )



 灰夢が見つめていると、少女が再び演奏を始め、

 楽器の音色が、自然の風のように、森に響き渡る。


 その演奏を邪魔しないよう、ハープの演奏を終えるまで、

 灰夢は動くことなく、その場でじーっと静かに聞いていた。


「はぁ……」

「上手いな、嬢ちゃん……」

「……へっ!? ふわわわわわわっ!?」


 突然の見たことも無い人間の姿に、少女が慌てふためく。


「落ち着け、俺は敵じゃない」

「い、いい、いつから、そこに?」

「今の演奏の開始辺りから、ずっと居たが?」

「そ、そう、ですか……」


 少女は冷静さを取り戻すと、灰夢の顔を見つめていた。


「なんだ、そんな物珍しそうに……」

「えっ、だって……人間って基本、マスター以外は見ませんし……」

「そうなのか? 満月とかも、ここを……あっ、あいつ人間じゃねぇや」


 冷静に振り返って、灰夢が自問自答する。


「あと、お兄さん。その御面はなんですか?」

「これは気にするな。俺のファッションだ……」

「ファ、ファッション……?」


「俺は不死月 灰夢っつうんだ。名前、聞いてもいいか?」

「シルフィーです。一応、風の大精霊です」

「……大精霊?」

「はい、ここに居る風を司る精霊の、まとめ役をしています」

「ほぅ、凄いんだな。シルフィーは……」


 灰夢は一人、納得しながら、周囲の風の微精霊を見渡す。


「お兄さん、私が怖くないんですか?」

「……ん? なんでだ?」

「だって、私たち精霊は、自然の力の化身とも言われますし……」

「別に自然の化身だろうと、急に攻撃してくる訳じゃねぇんだろ?」

「それはまぁ、そうですけど……」

「なら、別に遠ざける理由もねぇじゃねぇか」

「は、はぁ……」


 当たり前のように告げる灰夢に、シルフィーが目を丸くする。


「変わってますね、お兄さん……」

「……そうか?」

「はい。なかなかいないですよ、私たちを警戒しない人間は……」

「まぁ、俺も普通じゃないといえば、普通じゃないからな」

「……?」


 濁すような言い回しに、シルフィーは首を傾げていた。


「そういや、なんか鬼ほどため息ついてたが、何かあったのか?」

「……へっ!? あっ、聞かれちゃってました?」

「まぁ、演奏終わった後もしてたしな」

「す、すいません。変に気を使わせてしまって……」

「何かあるなら、俺でよければ話を聞くが?」

「でも、お兄さんには、解決できませんよ?」

「別に解決しなくても、話すだけで、気分は晴れると思うぞ?」

「それは、そうかもですけど……」

「まぁ、嫌なら別に、無理にとは言わないが……」


「…………」

「…………」


 シルフィーが灰夢の目を見て、小さな笑みを浮かべる。


「……なら、少しだけ聞いていただけますか?」

「……おう」


 灰夢が頷くと、シルフィーはゆっくりと悩みを語り出した。



























 この庭園は、大きく四つのエリアに別れています。


   【 森エリア 】 【 火山エリア 】

   【 湖エリア 】 【 洞窟エリア 】


 この四つに、それぞれ代表の大精霊が住んでいます。


 みんな、マスター( リリィ )によって命を拾われた、

 マスターに忠誠を誓う大精霊なので、時には協力もします。


 でも、精霊は領域や住む環境が違い、その自然を守っているので、

 地位が高くなればなるほど、縄張り意識が強い傾向があります。


 その為、ここにいる大精霊たちも、みんな仲良くしようとはしません。

 基本的にマスターに言われる以外は、それぞれのエリアにこもってます。



 それを、何とかしたいとは思うんですが──



 臆病な水の大精霊ディーネちゃんは、話しかけても逃げてしまう。

 強気な火の大精霊サラちゃんは、強者の言葉しか聞かない。

 呑気な地の大精霊ノーミーちゃんは、自分の世界に浸っている。



 みんな、自分の世界のことしか、考えていないんです。



 だから、私が何を言っても、誰も耳を貸してくれない。

 それを何とかしたいんですけど、方法が分からなくて。


 このままで、いいのかなって……



























 そういって、シルフィーは寂しそうにうつむいた。


「それが、シルフィーの悩みなのか?」

「……はい」

「なんで、シルフィーは仲良くしたいと思うんだ?」

「……え?」

「大精霊は縄張りを守る為に、そういう立ち振る舞いをするんだろ?」

「まぁ、そうですけど……」

「シルフィーにはねぇのか? そういう気持ちは……」

「もちろん、無いと言えば嘘にはなります」

「なら、なんで他のやつを気にかける?」

「あくまで本能であって、心とは違う……からでしょうかね」

「…………」


「マスターもよく言ってます。『 仲良くしてね 』と……」

「それでも、ダメなのか?」

「表面上は仲がいいです。でも、本心では警戒心が上なんです」

「……そうか」

「私は、どうせ一緒に過ごすなら、もっと、あの子たちを知りたいんです」

「…………」

「それが出来たら、本当の意味で【 共存 】出来るかなって……」


 シルフィーが苦し紛れに、灰夢に笑ってみせる。


「要するに、『 友達になりてぇ 』ってことでいいか?」

「……そ、そうですね。間違ってはないかと思いますけど……」

「人も精霊も、心は同じか。まぁ、それなら話は早ぇな」

「……えっ?」


 灰夢はそういって、静かに笑みを浮かべた。


「うっし! 場所が分からん、案内してくれ……」

「──えっ!? ちょ、どこいくんですか?」

「どこって、他の大精霊のところに決まってんだろ」


 灰夢が背を向けて、テクテクと歩いていく。


「なんで、そんな急に……」

「こういうのはな、初めの一歩に時間がかかるんだよ」

「でも、危ないですよ? みんな、自然の猛威を持ってるんですから……」

「例えそうだとしても、華月には忠実なんだろ?」

「それは、そうですけど……」


「華月は爺の拾った忌み子だ。その華月が認めたお前らなら、きっと繋がれる」

「……灰夢さん」

「まぁ少なくとも、一発で上手くいくとは限らねぇけどな」

「……その時は?」

「んなもん、上手くいくまで当たって砕けるだけだ」


 そう告げる灰夢の目には、一切の迷いがなかった。


「どうした、行かないのか?」

「あっ、い……行く、行きますっ!」

「別に無理に敬語は使わなくていい、気楽にしてくれ」

「……いいの?」

「あぁ、硬っ苦しいのは苦手だ……」

「わかった、よろしくね。灰夢さん……」

「……おう」




 そういって、灰夢はシルフィーに導かれながら、

 森エリアの奥にある、湖エリアへと向かって行った。

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