第陸話 【 四大精霊 】
灰夢は無言のまま、静かな湖の前でそっと手を取り、
顔を赤くして固まる氷麗の顔を、じーっと見つめる。
手を握られた氷麗は、爆発しそうな顔の熱を、
自分の冷気で冷まし、必死に押さえ込んでいた。
「あ、あの……おに、おに……さん……」
「凍らなかったな、俺の手……」
「──ふぇっ?」
「前に助けた時とか、言ノ葉の時は、触れたらアウトだったんだろ?」
「あっ、そういう……」
灰夢の言葉を聞いて、氷麗の期待が一気に冷める。
「……今、何を考えてた?」
「──えっ!? いや、それは……なんと言うか、その……」
「おい、マジで何を考えてんだよ。お前……」
「ほ、ほっといてくださいっ! しばらかしますよっ!?」
氷麗は手を引くと、灰夢に睨みを利かせていた。
「まぁ、そこはあえて聞かないにしても、不安はなかったろ?」
「……不安?」
「『 俺を傷つけるかもしれない 』っていう不安と恐怖、なかったろ?」
「あっ、そぅ……ですね、はい……」
氷麗が冷静に、自分の手を見つめる。
「それが、発作的に相手を凍らせる原因だ」
「でも、これは……」
「あぁ、俺だからだろう。俺は凍らせても死なないからな」
「…………」
「でもまぁ、気持ちの余裕で変わることは、間違いない事が証明出来る」
「気持ちの、余裕……」
「言うなれば慣れだな。普段から使えば、不安というのは減っていくもんだ」
「…………」
「人に触れること。そして、氷を操ること。それに慣れればいい」
「操るなんて、出来るんですか?」
「出来るさ、前に言ったろ? 忌能力なんて、要は使いようだって……」
「それは、そうですけど……」
簡単そうに告げる灰夢に、氷麗が不安そうな顔を見せる。
「俺の影は、今も影の中で寝てる、とある呪霊の恩恵で使えてる」
「……じゅ、れい?」
「呪霊は生き物の負の感情から生まれる、呪力を持ったバケモノのことだ」
「──えっ!?」
「まぁ、俺は戦い専門じゃねぇから、普段は一緒にゲームしてるだけだがな」
「なんか、存在感が台無しですね」
「まぁ、戦わなきゃいけない時は、ちゃんと戦ってくれる」
( 戦わなくちゃ、行けない時…… )
氷麗は祭りの時に、自分が知らない人間に襲われたこと、
そして、灰夢が男たちを沈めていた時を思い出していた。
「そう思うと、この力はある方がいいんでしょうか?」
「別に、争いがないに越したことはない」
「……そうですね」
「逆に言えば、この力のせいで争いに巻き込まれることもある」
「…………」
「だが、使い方によっては影に収納したり、作業効率が上がったりと便利だ」
「……作業効率?」
<<<
灰夢は座ったまま、横に自分の影分身を作り出した。
「す、凄い……。お兄さんが、二人になった……」
「まぁ、忌能力は何も、人を傷つけることが全てじゃないってことだ」
「なるほど……。あまり実用的なことは、考えたこと無かったです」
「こういう風に、ちょっとしたことに便利なこともある」
「そう思うと、少し得した気分になりますね」
「……だろ?」
「……はい」
灰夢が指を鳴らし、影分身を解く。
「忌能力は手段。どうやって使うかは、その能力の使い手次第だ……」
「なんか、お兄さんが言うと説得力あります」
「まぁ、歴だけは無駄に長いからな」
「ふふっ、長過ぎですよ……」
軽口で答える灰夢を見て、氷麗は自然と笑っていた。
「俺が
「いいんですか? 教えて貰っても……」
「そういう解決策が目的で、今日は来たんだろ?」
「それは、そうですけど……」
「というか、本来、これを賭けで頼もうとしてたんじゃねぇのか?」
「まぁ、初めはそうでした。はい……」
「なんで、初めだけなんだよ……」
「す、すいません……」
哀れみの視線を向ける灰夢に、氷麗が小さくなって謝る。
「まぁいい。たまたまだが、俺も氷を使えるからな」
「あぁ、あの自分も凍る術ですか」
「そうだ。だから、今回ばかりは俺が教えるのが、適材適所だろ」
「……お兄さん」
「どうする? やってみるか?」
そう問いかける灰夢が、氷麗には希望の光に見えていた。
「はいっ! どうか、よろしくお願いしますっ!」
「そうか。なら、決定だな……」
そういって、灰夢は優しく氷麗に微笑んだ。
そして、目を瞑ると、灰夢が大きく息を吐く。
「はぁ……、でだ……」
「……はい?」
「隠れて見るなら、もう少し気配を消せっ! 大精霊共っ!!」
「──ギクッ!」
「──ひっ!」
「あわあわっ!!!」
「あははっ……」
灰夢の言葉に驚くように、後ろの木から声が返ってきた。
「やっぱり、バレちゃってましたか」
「さすがですね、灰夢さま……」
「だから、『 やめとけ 』って言ったのに……」
「そういうサラちゃんだって、ウキウキしてたじゃん!」
「し、ししししてないしっ!!」
「ダークマスター、恐るべし
木陰からゾロゾロと、四人の羽の生えた少女たちが出てくる。
状況の読み込めない氷麗は、目を丸くしたまま見つめていた。
「えっと、お兄さん……。この人たちは、いったい……」
「四人の大精霊。俗に言う、エレメンタルってやつだ」
「エレメンタルって、なんですか?」
「火・水・地・風の四大元素に属する精霊たちの上位者共だ」
「なんか、ファンタジーが行き過ぎてません?」
「しかたねぇだろ。目の前にそれがいるんだから……」
すると、大精霊たちが氷麗に自己紹介を始めた。
「私は風の大精霊、シルフィーだよーっ!」
「アタシは火の大精霊、サラ。よろしく〜!」
「は、初めまして……。み、みみ、水の大精霊……ディーネ、です……」
「ビューーンッ! シャキーンッ!! 地の大精霊、ノーミーデスッ!」
「ど、どうも……」
まるで、氷麗が戸惑いながらも、精霊たちに言葉を返す。
「あんな所でコソコソと何してたんだよ。お前ら……」
「いや〜、だって。灰夢さんが、凄いロマンチックに話してるから……」
「おにーさんも、そう言うのに目覚める年頃なのかな〜ってさ」
「いや、目覚める年頃遅すぎんだろ」
ロマンチックに語る精霊たちに、灰夢が呆れた視線を送る。
「でも、湖の前で手を繋いでたら、誰でも思いますよ」
「ダークマスター。ワタシとの戯れは、遊びだったんデスね」
「戯れてねぇし、遊んだ覚えもねぇ、あと俺はダークマスターじゃねぇ……」
「──ガーンッ!」
「完全否定……。灰夢さま、容赦ないですね」
落ち込む地の大精霊を、水の大精霊が優しく慰める。
「これはただ、悩みの相談に乗ってただけでだな」
「悩みの相談をしてもらってる子の顔じゃないと思いますけど……」
「……あ?」
灰夢が振り返ると、小さく体育座りをして、
頭から湯気を出し、固まっている氷麗がいた。
「……おい」
「……はい、あんでしゅか?」
「…………」
照れを隠しきれていない氷麗を見て、
火の大精霊が、そっと灰夢の肩に手を置く。
「悩みの相談が、なんでしたっけ? おにーさん……」
「そういう名前の、愛の囁きデスね?」
「あんな告白シチュエーション、乙女なら誰でもトキメキ感じるよね」
「誰が告白するっつったんだよ」
「──えっ? しないの?」
「……いや、しねぇよっ!!!」
「その子の手まで握っておいて?」
「それはあくまで、忌能力の話でだな」
「でも、灰夢さま。後ろの子、落ち込んでますよ?」
「……は?」
灰夢が再び振り返ると、小さく体育座りのまま、
青ざめたオーラを纏って、落ち込んでいる氷麗がいた。
それを見て、火の大精霊が、再び灰夢の肩に手を置く。
「忌能力の話が、なんでしたっけ? おにーさん……」
「はぁ、お前らが余計なこと言うからだろ」
「まぁまぁ。……で、ホントの所は何してたの?」
「忌能力の相談だ。こいつは、氷を使うんだよ」
「なるほど、氷ですか……」
「確かに、それは扱えないと危ないね」
「あぁ。だから、その使い方を教えようと思ってな」
「なるほど、灰夢さんらしいね」
「ちょうどいい、お前らの力も見せてやってくれ」
「……怖がられないですか?」
「傍に俺がいるから大丈夫だ。氷麗、こいつらの能力をよく見とけ」
「……え? は、はい……」
「わかりました。では、いきますね」
「あぁ……」
すると、水の大精霊が、湖に向けて手を伸ばした。
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ディーネが詠唱し、湖から巨大な水竜を呼び出す。
「──へっ!?」
「パッと見はあれだが、これは水を操ってるだけだ」
「……そう、なんですか?」
「しゃぁっ! いっちょ思いっきり暴れますかっ!」
「暴れんな、見せるだけでいい」
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続くように、サラが炎のドラゴンを呼び出す。
「ス、スケールが凄すぎませんか?」
「人間の力を、自然の力と比較すんなよ? 抗えるもんじゃねぇから……」
圧倒的ファンタジーな自然の力に、氷麗が言葉を失う。
「それじゃ、私もいっくよー!」
「あぁ、頼む……」
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少し離れた所に、シルフィーが嵐の魔人を呼び出した。
「私って、今、夢見てます?」
「むしろ、いい加減現実を見たらどうだ?」
「見るがいいデス! これが、ワタシの切り札デス!!」
「お前の場合は、どの術でも大体が切り札だろ」
その瞬間、地面がグラグラと大きく揺れだす。
「……じ、地震!?」
「まぁ、落ち着け……」
<<<
ノーミーの詠唱と共に、大地から巨大なガーディアンを現れた。
「実は今から、世界が終わったりします?」
「そんなことしたら、コイツらのマスターが潰しに来る」
「……マスターって、誰ですか?」
「……ワタシ」
「──ひゃっ!?」
氷麗が振り向くと、後ろにリリィが立っていた。
「凄い音がしてたから、何かと思った……」
「悪ぃな。少し精霊術を見せてもらってたんだ」
「そうなんだ。それなら、よかった……」
「ありがとな。もう十分だ……」
「は〜い!」
「りょ〜か〜い」
「それじゃ、解きますね」
「今日は、ここまでにしておいてあげるデスっ!」
そういうと、四人は精霊術を解いた。
「まぁ、こんな風に、自然の力は凄まじいもんだ」
「あまりにも凄すぎて、ちょっと感想に困りますね」
「お前の氷は、ディーネの水を、シルフィーの風で凍らせたのと同じだ」
それを聞いて、ディーネが水の玉を作り出し、
手をかざしたシルフィーが、冷たい風で凍らせる。
「あぁ、なるほど……」
「自然の力は、時として災害だ。洪水、地震、台風、火災と、まぁ色々な」
「……はい」
「でも、こういうことも出来る。お前ら、簡単な遊びを見せてくれ」
「……簡単な遊び?」
「それなら、こういうのとかはどうですか?」
そういって、ディーネがシャボン玉を作り出す。
「あぁ、そういう事ね」
それを見て、サラが炎で花を描き出した。
「凄い、こんなことが……ひっ!?」
氷麗が何かの感触に驚いて、自分の足元を見ると、
土で出来た小さな人形が、氷麗の足を登っていた。
「ふっふっふ。これは、ワタシの小人たちデス!」
「ノーミーさんの。ふふっ、可愛い……」
「では、私は自然の舞をお見せしますっ!」
「……自然の、舞?」
シルフィーがクルクルと、その場で回り出すと、
落ちていた花びらが浮き上がり、周囲を舞いだした。
「なまら、綺麗だべさ……」
「時に驚異にもなりうるが、自然の力は人の目を魅了することもできる」
「そんなこと、考えたこともなかったです」
「氷麗の忌能力にも、そう言う使い方が必ずあるはずだ」
「私の、忌能力にも……」
すると、灰夢が自分の手を凍らせながら、
自分の手の平の上に、小さな氷の花を咲かせた。
「す、凄い……お兄さん、これ……」
「最終目標は、これを作れるようになるまでだな」
灰夢が自分で作り出した花を、そっと氷麗に渡すと、
それを受け取って、氷麗がポロポロと涙を流しだした。
「……えっ!? お、おぃ……」
「あぁ、ごめんなさい……なんか、嬉しくて……」
涙を流す氷麗を見て、大精霊たちがニヤニヤと灰夢を見つめる。
「あぁ〜、ダークマスターが泣かせたデスね」
「……えっ、俺が悪ぃのか!? これ……」
「灰夢さん、人の心にズケズケ入ってくるからなぁ……」
「別に、入りたくて入ってんじゃねぇよ」
「無自覚なところが、逆に厄介だよねぇ……」
「言いたい放題だな、テメェら……」
「でも、凄く優しいです。ちょっと鈍いですけど……」
「なぁ、ディーネ。庇うなら、最後まで庇ってくんね?」
それを聞いていたリリィが、氷麗にそっと赤い花を見せた。
「彼岸花、あなたは、好き?」
「……え?」
「彼岸花はね。球根に、毒があるの……」
「……毒?」
「うん。だから……嫌がる人も、多いの……」
「……そう、なんですね」
「でも、花が咲くと、凄く、綺麗でしょ?」
「……はい」
「あなたの力も、それと同じ……」
「……同じ?」
「花を咲かせれば、きっと、綺麗になる」
「…………」
「灰夢は、それを知ってる。ちゃんと、最後まで、教えてくれる」
「……お兄さん」
その言葉を聞いて、灰夢が照れくさそうに目を逸らす。
「 だから、大丈夫。自信を、持って……
あなただけの花を、咲かせてみて…… 」
「 はい、ありがとうございます 」
氷麗は涙を拭って、リリィから彼岸花を受け取った。
不安という、冷たい土に埋もれていた、氷麗の心が、
ほんの少し、だが確かに、空へと芽を伸ばしていた。
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