❀ 第壱部 第伍章 心の温度と君の花 ❀

第壱話 【 帰り道 】

 花火の終わりと共に、祭りも終わりを迎え、

 灰夢たちが花火を見ていた丘の上に、静寂が訪れた。





「さて、そろそろ帰るとするか」

「……そうですね、帰りましょう」


 灰夢が立ち上がると、座ったままの言ノ葉が両手を伸ばす。


「お兄ちゃん、いつでもばっちこいですっ!」

「おい、まだ言霊が使えねぇ設定なのか?」

「今日は一日ダメそうですねっ!」

「嬉しそうな顔して何を言ってんだ。お前……」


 笑顔で答える言ノ葉に、灰夢が呆れた視線を送る。


「なら、今度は交代ですね」

「……は?」

「今度は、私が前で抱っこされる番です」

「しょうがないですね。では、わたしは背中をいただきます」

「何がしょうがねぇんだよ。前とか後ろより、横を歩けよ」

「私の足も、まだ治ってませんから……」

「本気で影にぶち込んでくれようか、小娘共……」


 結局、言ノ葉を背負い、氷麗を抱えて帰る灰夢。

 灰夢は二人を抱えながら、氷麗の家へと向かっていた。


「なんだか、顔が見えるのは恥ずかしいですね」

「そうか。ならば、親切な俺が下ろしてしんぜよう」

「……いえ、大丈夫です」

「わかった。なら、降りてください」

「……嫌です」

「お願いします、俺が犯罪者扱いされるんです」

「……お断りします」

「おい、こんなに断固拒否されることあるか?」


 全てを拒絶する氷麗に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「お兄ちゃん。そんなことより、彼女って誰なんですか?」

「そんなこととか言うなよ。俺の犯罪歴に関わる重要なことだぞ」

「そんなことはそんなことですっ!」

「そんなに気になるなら、当ててみろよ……」

「当てたら、何かくれるんですか?」

「お前の願いを叶えてやろう」


「ほんとですか!?」

「えっ、お前も願い事あんの?」

「そうですね。シェ〇ロンさんでも難しそうなのが、一つ……」

「お前の中の俺のレベルって、神龍より上なの?」


 すると、腕に抱えられた氷麗が、先にボソッと答えを告げる。


「可能性として高いのは、九十九さんですね」

「ほぅ、なんでそう思う?」

「狐のコスプレをしていた二人だったら、病気です」

「確かに、その通りだが、その当てられ方は嬉しくねぇな」

「まぁ、九十九さんも、見た目は大人っぽくは無いですけど……」

「幼刀だからな。あれもあれで……」


「……それで、当たってますか?」

「……ファイナルアンサーか?」


「そういう所は、ちゃんと聞くんですね」

「俺もゲーマーの端くれなんでね。心理戦は得意なんだよ」

「肝心なところには、鈍感なくせに……」

「……あ?」

「むぅ〜、なんでもないです……」


 そっぽを向く氷麗の頬が、ぷっくらと膨らんだ。


「おい、表情変わってんぞ……」

「今だけ限定です……」

「もう隠す気もねぇのかよ……」

「じゃあ、ファイナルアンサーです。他の方を知らないですし……」


「……言ノ葉は?」

「わたしは、リリィお姉ちゃんだと思いますね」

「……なんで、そう思う?」

「お兄ちゃんのことだから、死にたがって毒の匂いにフラフラ〜って……」


「お前は後で、猛毒風呂にぶち込んでもらうとしよう」

「ちょっと待ってくださいっ! もう一度チャンスをくださいっ!」

「チャンスは一度だ。世の中、そんなに甘くねぇ……」

「この間は、『 一度でうまくいかない 』って教えてくれたのにぃ!!」

「では、そこに、という教訓を加えておけ」

「ズルいのですぅ、お兄ちゃん……」


 言ノ葉が後ろからポコポコと灰夢の頭を叩く。


「……で、答えは誰なんですか?」

「俺に彼女なんかいるわけないだろ」

「彼女、居ないんですか?」

「えっ、居ないんですか!? お兄ちゃん……」

「普通に考えて、俺みたいなバケモノに彼女が出来ると思うか?」

「そう、ですね。ふふっ……」

「そっかぁ〜、でへへ〜っ!」


 背中に乗った言ノ葉が、甘えながら顔をスリスリする。


「お前ら、笑うなよ。傷つくだろ……」

「あっ、ズルいですよっ!」

「……は?」


 甘える言ノ葉を見て、抱えられた氷麗も、前からしがみついた。


「あのさ、お前ら……じっとしててくれません?」

「だって、お兄さん。彼女いないのでしょ?」

「そうだよ。だから、お前らの願いは叶わない」

「それは、とても残念です……」

「願い叶えたかったですねぇ……」

「とても残念そうには思えない顔してるけどな」

「き、気のせいですよ……」

「見なかったことにしてください」

「いや、この距離で、それは無理だろ」


 祭りの光が無くなり、静まり返った夜の街並みを、

 氷麗は抱きついたまま、どこか寂しそうに見つめていた。


「お祭り、終わっちゃいましたね」

「あぁ、そうだな……」

「…………」

「そんな悲しい顔すんなよ」

「夢のような時間だったなって、思いまして……」

「そう思って貰えたんなら、言ノ葉も満足だろ。……な?」


 言ノ葉は、背中の上で静かに眠りについていた。


「……って、こいつ寝てるし。切り替え早すぎだろ」

「言ノ葉さん、今日は頑張ってくれましたからね」

「せめて、足を治してから寝ろよ……」

「足なら、さっき花火を見てる時に治してましたよ?」

「……は?」

「気づかなかったんですか?」

「おい、もっと早く言えよ……」


「ゲームは、対等に勝負してこそなので……」

「お前と言ノ葉で、何のゲームしてんだよ」

「それは、乙女の秘密です……」

「ったく、乙女は秘密が多いなぁ……」

「お兄さん程じゃないと思いますけど……」

「まぁ、確かに……」


 氷麗が元の体勢に戻って、灰夢の顔をじーっと見つめる。


「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「今日は誘ってくれて、ありがとうございました」

「楽しんでくれたなら、何よりだ……」

「また、誘ってくれますか?」

「まぁ、気が向いたらな……」

「はぁ、お兄さんのいじわる……」

「おい、また顔がリスみてぇになってんぞ」

「もう知りません、放っておいてください」


 そういって、氷麗が灰夢のお面を取って、自分の顔に付けた。


「おい、俺のお面……」

「…………」

「せっかく表情豊かで可愛くなったのに、顔隠したら勿体ねぇぞ?」

「…………」



( ……あれ、俺なんかまずいこと言ったか? )



「お兄さんって、目付き悪いですね」

「悪かったな。だから、お面を付けてんだよ。返せ……」

「……ダメです」

「それ、俺のお面なのに?」

「お前のモノは、俺のモノです……」

「ツララ二ズムかよ……」

「だから、お兄さんも私のモノです」

「誰がモノだ、小娘が……」

「……強情ですね」

「……どの口が言ってやがる」


 そんな話をしながら、歩き続けているうちに、

 灰夢たちが、氷麗の住むマンションの前に着く。


「おい、着いたぞ……」

「…………」

「……おい?」

「…………」

「はぁ、氷麗も寝ちまったのか?」

「き、今日は……」

「起きてんのかよ、礼ならもう十分だよ」

「帰りたく……ない、です……」

「……あぁ、うん。……は? ……ここまで来たのに?」

「…………」

「……マジ?」

「…………」

「はぁ……。はいはい、そうですか」


 灰夢はため息を着くと、今度は祠に向かって歩き出した。


「優しいですね。お兄さん……」

「ただの祭りの余韻だ……」

「ふふっ、そういうことにしておきます」


 腕に乗った氷麗が、灰夢の体にギュッと密着する。


「お前、学校行けそうなのか?」

「さぁ、どうでしょうね」

「お前が来ねぇと、言ノ葉が悲しむぞ?」

「その言い方は、ズルいですよ」

「いや、事実だろ」


「なら、送り迎えをしてくれますか?」

「俺はタクシーじゃねぇんだよ」

「……違うんですか?」

「今すぐ叩き降ろしたろうか、小娘……」

「構いませんが、お面を下敷きにして落ちますよ?」

「おい、人の御面を人質にすんな」


 何気ない会話に、お面の下の氷麗の顔が少し緩む。


「お兄さんは、どうして隠れて生きてるんですか?」

「俺の場合は、忌能力を隠せないからだ……」

「……何故です?」

「手を切ったり、転んだだけで勝手に治るんだ。……全てを防ぐのは無理だろ」

「まぁ、確かに……」

「それを見られただけで、人は怯えて避けていくからな」

「…………」


 気まずそうに見つめる氷麗に、灰夢が言葉を続ける。


「でもまぁ、学校ってのは行ってみたかったとは思うよ」

「……そうなんですか?」

「良くも悪くも、近くに誰かがいないと、生きる者の心は動かないからな」

「……それが、嫌な気持ちでも……ですか?」

「誰かと笑い合えば、時には喧嘩だってする。それが人生ってもんだろ」

「それは、そうですが……」

「無視されて、をされるよりは、いいと思うぞ」

「……そう、ですね」


 そんな話をしていると、祠の入口に到着していた。


「……そろそろ降りますね」

「……いいのか?」

「さすがにに見られるのは、恥ずかしいですから……」

「それ、俺はじゃないってことか?」

「お兄さんは、狼さんです」

「狼に自分から抱かれに行くなよ。危機感ねぇなぁ……」

「お兄さんに言われたくないです」


 そんな話をしながら、祠の中へと進んでいく。


「この場所は、いつも穏やかですね」

「まぁ、隠れ家ってくらいだからな」

「なんか、羨ましいです」

「こんな所、本来は来ない方がいい」

「……何故ですか?」

「現実に居場所のない者が、流れ着く所だからだ。言ノ葉を除いてな」

「彼女は、どうしてここに?」

「ここに両親が住んで居て、ここで生まれたからだ」

「なるほど、そういう事ですか」


 店の前には、灰夢の帰りを待つ牙朧武たちがいた。


「おぉ、帰ってきたのぉ……」

「おや、言ノ葉殿が体力を切らしとる」

「あぁ、今日はこいつも頑張ったからな」

「ふっ、そうじゃな」


「おししょー……。おかえりなさい、です……」

「ししょーっ! おかえりっ!」

「あぁ、ただいま……。風花、鈴音……」


 子供たちと店の中に入ると、月影のみんなが待っていた。


「おかぇ……っ!?」

「四文字くらい言えよ。満月……」

「お前、今度は弟子を連れてきたのか?」

「こいつは言ノ葉の友達だ。弟子じゃねぇよ」

「そうなのか。びびったぁ、狼の御面を付けてるからよ」

「これは、俺のやつだ……」


 氷麗が灰夢に隠れながら、喋るサイボーグに目を向ける。


「あらあら、言ノ葉は寝ちゃったの? ごめんなさいね、灰夢くん……」

「大丈夫だ、言ノ葉も今日ははしゃいでたからな」

「言ノ葉をありがとう。二人とも楽しかったかい?」

「あぁ……。まぁ、色々あったがな」


 お座敷に座っていた霊凪が、氷麗の前に顔を出す。


「あなたが、言ノ葉のお友達の氷麗ちゃんね」

「初めまして、橘 氷麗と申します」

「あら……?」


 霊凪が何かを取るように、パッパと氷麗の肩を払う。


「……?」

「ごめんなさい、気にしないで……」

「あっ、はい」

「改めて、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「お邪魔します。すいません、遅くに……」

「うふふっ……。うちは二十四時間歓迎だから、大丈夫よっ!」

「はい、ありがとうございます」


 すると、背中で寝ていた言ノ葉が、声を聞いて目を覚ました。


「あれ、もうお家に着いちゃいました?」

「起きたか。言ノ葉、寝るなら浴衣脱いでこい」

「──はっ! そ、そうですね。ごめんなさい……」


 言ノ葉が顔を赤らめながら、ゆっくりと背中から降りる。


「今日は晴れてるから、露天風呂を動かしてる。良ければ使ってくれ……」

「本当か、それはありがたい。遠慮なく使わせてもらう」


 そんな二人の会話を聞いて、氷麗がお面の下で目を輝かせていた。


「……露天風呂」

「……おや? 氷麗ちゃんもいるのだぁ!」

「……あっ。私は、その……」


 何か理由を考えようとする氷麗の頭に、灰夢がポンと手を乗せる。


「祭りの後に一人は寂しいだろうから、俺が泊まってけって言ったんだよ」

「……お兄さん」

「なるほど、お兄ちゃんも気が利く時あるんですねっ!」

「お前、喧嘩売ってるだろ」

「き、気のせいですよ……」


「せっかくだから、言ノ葉も氷麗と露天風呂に行ってきたらどうだ?」

「そうですね! 行きましょう、氷麗ちゃん!」

「……うんっ!」


 蒼月が、氷麗の持つ狼のお面と羽織を見つめていた。


「さすが、灰夢くんだね。お疲れ様……」

「たまたまだ……」

「そんなことないよ……」





 灰夢は言ノ葉と氷麗を連れて、露天風呂へと向かって行った。

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