第弐話 【 バドミントン Ⅱ 】

 【 羽球 ( バドミントン ) 】



 それは……


 ネットを隔て二つに分けられたコートにて、

 その両側に、それぞれのプレーヤーが位置し、

 シャトル(シャトルコック)と呼ばれる羽を、

 ラケットを使って打ち合い、得点を競うスポーツ。


 球の速さが、他のどの競技よりも早いことから、

 世界最速の球速を記録したスポーツと認定されている。


 そして、今、灰夢たちの前では──

 その記録の何百倍もの速度で、シャトルが放たれていた。




「いやぁ〜、疲れた。結構はしゃいだね」

「はしゃぎ過ぎだろ」

「灰夢の影がなかったら、道場が壊れてたな。はっはっはっ!」

「笑ってんじゃねぇよッ!!」


 爆速バドミントン後に、平然と笑みを浮かべる蒼月と満月に、

 必死に幻影で覆っていた灰夢が、全力のツッコミを入れる。


「それじゃ、次は灰夢くんの番だね」

「おい、ただの人間に、この戦場コートに足を踏み入れろと?」

「そりゃね、灰夢くんだってやりたいでしょ?」

「──死ぬわッ!」

「死なないよ。君、不死身だしっ!」

「バラッバラになんだろッ!」


 面白そうに告げる蒼月に、灰夢が半ギレで言い返す。


「灰夢なら、きっと元に戻るさっ!」

「戻った矢先にまたバラけんだよッ!!!」

「大丈夫だから、ちょっと来てみてよっ!」

「はぁ、マジでやんのかよ……」


 そういうと、言われるがままに、灰夢が満月と選手交代する。

 交代と共にラケットを受け取ると、灰夢は違和感を覚えた。



( なんだ? このラケット…… )



 ラケットに、見た事のあるクマとハザードマークが刻まれている。


「おい、このラケットってよ……」

「オレが伸縮性の高い高密度の合成素材で作った、特注品のラケットだ」

「なるほど、通りで壊れねぇわけだ。さすが、満月印……」

「……だろ?」


 灰夢は、忌能力の無駄使いと言わんばかりに、

 冷たい視線のまま、ラケットを見つめていた。


「てか、ハザードマークは要らねぇだろ。何に感染するんだよ」

「とりあえず付けておけば、誰でも危険物って分かるだろ?」

「バドミントンのラケットを【 危険物 】って言うやつ、初めて見たよ」


 そんな会話をしながら、灰夢かわコートに入る。


「灰夢くん、頑張って〜っ!」

「お兄さん、ファイト……です!」


 双子の真っ直ぐな声援が、灰夢の心に響く。

 これから、塵となって死ぬというのに──


「……で、俺にどうしろと?」

「あの、リミッター開く死術使ってみてよ!」

「あぁ、わかった……」



【  死術式展開 しじゅつしきてんかい…… ❖ 血壊けっかい ❖  】



 その瞬間、灰夢の周囲に衝撃波が走った。


「ほら、開いたぞ……」

「じゃあ、僕の球を打ち返してみて。ゆっくり行くからさ」

「あぁ、わかった……」


 蒼月が、一般的な速度のサーブを灰夢に打ち、

 打ち返す度に、徐々に弾速を加速させていく──


 そして、三分程打ち合った頃──

 灰夢の速度は、先程の二人に追いついていた。


「……どう?」

「凄ぇな。全然痛くなかった」

「……でしょ?」

「まさか、ここまで上手く調整されるとは思わなかったな」


 灰夢が自分の体を見て、物珍しそうに語る。


「本番は骨とかは折れるかもだけど、いきなり全部壊れるよりマシでしょ」

「いや、バドミントンの羽の衝撃で骨折んなよ」

「筋肉が凄いことになってるから、かなり軽減されると思うよっ!」

「まぁ、確かにな」


 筋肉に負荷を与え続け、骨が折れない程度に筋肉を断裂していく。

 灰夢の回復力ならば、筋肉痛となる期間すら無く瞬時に再生する。


 それを利用して、徐々に羽の速度をあげることで、

 急な衝撃で体が壊れないよう、蒼月は灰夢を強化していた。


「凄い、灰夢くんが死んでない」

「おい、すぐ死ぬ雑魚キャラみたいに言うな」


 目を輝かせる鈴音に、灰夢が素早くツッコミを返す。


「まぁ、普段はただの人間だからね。灰夢くん……」

「蒼月、お前なんで、こんなに上手く調節出来るんだ?」

「昔、爺さんと、人間の出せる力量範囲で遊んでたんだよ」

「あぁ、なるほど。それでか……」


 そんな二人の会話に、風花と鈴音が首を傾げる。


「お爺さんも、何か忌能力……持ってたん、ですか……?」

「いや、爺さんは持ってなかった」

「……なら、どういうこと?」

「死術の中には、すぐ死なないものもある。過剰にやれば別だがな」

「あっ、そっか。灰夢くん、今、壊れてなかったもんね」


 それを聞いて、鈴音がコクコクと納得する。


「今みたいに加減すれば、普通の人間にも使えるものはある」

「なるほど……」

「もちろん、かなり抑えないといけないがな」

「……どのくらい、ですか?」

「俺は100%を出しても死なないが、常人ならせいぜい5%〜10%程度だな」

「そんなに……少し、なんですね……」


「でも、それとお爺さんに、何の関係があるの?」

「爺さんは、俺の先代の【 死術士しじゅつし 】なんだよ」

「……えっ!? じゃあ、灰夢くんみたいに戦ってたってこと?」

「あぁ……。まぁ、ここまで体が強くなるのは、俺だけだが……」

「へぇ〜!」

「凄い、です……」


 風花と鈴音が、話を聞いて目を輝かせていた。


「俺の持つ死術書のいくつかは、爺にもらった物だしな」

「おぉ、思い出の代物が物騒すぎる」

「まぁな。だから蒼月も、力の加減を知ってるって訳だ……」

「な、なるほど……」


「これなら、灰夢くんも僕らと遊べるねっ!」

「まぁ、礼は言っておく」

「なら、ダブルスと行こうじゃないか」

「あと一人、誰だよ……」


「ワタシ……」


「──うわっ!」

「──ッ!?」


 風花と鈴音の後ろから、突如、リリィが姿を見せる。


「どうだった? いいトレーニングだったでしょ?」

「うん。なかなか、面白かった……」

「そっかそっか! そりゃよかった……」


 点数表の近くにも、知らぬ間に梟月が立っていた。


「審判は、わたしが務めよう」

「宜しくね、梟ちゃん!」

「梟月も割と楽しんでるのな」

「……まぁね」



 こうして……


 満月&灰夢ペア VS 蒼月&リリィペア

 生死をかけたバドミントンが始まるのだった。



「あらあら、なんだか楽しそうね」

「みんな、頑張ってくださいっ!」

「頑張って、みなさん……」

「みんな、頑張れ〜!」

『『『 キュゥ〜! 』』』



 チアリーディング姿の言ノ葉、風花、鈴音と共に、

 クマのぬいぐるみたちが、甲子園のように演奏を始める。



「ベアーズって、応援団もいるのか」

「あれは、【 戦士を鼓舞する縫熊Cheer leading Beartrice 】だ」

「……なんだって?」

「チアリーディング・ベアートリーチェだよ」

「ネーミングセンスが神がかり過ぎて、常人にはわからねぇんだよ」


 すると、灰夢の影が伸び、中から牙朧武と九十九が現れた。


「わらわ達も応援しておるぞ、ご主人っ!」

「化物競技大会、吾輩も見届けようぞ」

「何ちゃっかり入ってんだよ。あと、その呼び方やめろ」


「声援が熱いなぁ〜、盛り上がってくるねっ!」

「蒼月。どうせゲームするなら、何か賭けないか?」

「灰夢も存外、ゲーマーの血が騒いでないか?」

「まぁ、否定はしねぇ……」

「いいねぇ、何にしよっか……」


 賭けの内容を考える蒼月に、灰夢が指を指す。


「なら、勝者チームは言ノ葉に一つ、なんでも頼めるってことで……」

「……えっ!? わわわわわ、わたしですか!?」

「お前がバドミントンの言い出しっぺだ、罪は償ってもらう」

「ぴえぇぇ……」


 その言葉に、言ノ葉の顔が青ざめる。


「ご両親は、それでよろしいか?」

「出来れば、辛くない罰ゲームにしてあげてね?」

「さすがに、本気で嫌がることを強制はしねぇよ」

「なら、おっけーよっ!」

「──お母さんっ!?」

「霊凪ちゃんの許可も出た事だし、それでいこうかっ!」

「よし、なら……」



【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 迅檑じんらい ❖  】



 灰夢の体に、蒼い稲妻が走りだす。


「お前らに勝って、俺が言ノ葉をいただく……」


 灰夢がラケットを前に突き出し、

 蒼月&リリィチームに宣戦布告を始める。


「灰夢くん、うちの娘を何だって?」

「お兄ちゃん!? なな、なに言ってるんですか!?」


 メラメラと黒いオーラを放つ梟月の横で、

 言ノ葉が顔を真っ赤にし、頭から湯気を出す。


「灰夢くん。ついに、本気でロリコンに目覚めたの?」

「おい、『 ついに 』って言うな」


「そうだ、今更だろ。蒼月……」

「満月、お前も後で粉々にバラすからな」


 蒼月ですらも、灰夢のまさかの言動に動揺する。

 その瞬間、蒼月の後ろから突風が巻き起こった。


「そうはさせねぇぞ、灰夢ッ!」

「それが嫌なら、俺を倒して見せろ。リリィ……」


「……あぁ、これか目的か」


 リリィが裏の人格を顕にして、見た目もデストロイモードに変わる。

 それを見た蒼月は、梟月に『 大丈夫 』とハンドサインを送った。


「全く……。揃いも揃って、家族愛が凄いな」

「お前もへますんなよ、満月……」

「下に落ちる球は、灰夢に任せるからな」

「あぁ、引き受けた……」


「なら、空中の球は僕が引き受けるねっ!」

「足引っ張んなよ、エロガラスッ!!」

「リリィちゃんこそ、同情で手抜きは無しだよっ!」



( ……呼び方の方は、気にしてないのかなぁ? )



 蒼月とリリィのやり取りに、鈴音が心で疑問を抱く。



 【  ❖ 無量多重結界むりょうたじゅうけっかいけつ ❖  】



 霊凪の結界術によって、四人の周りに分厚い障壁が張られた。


「ルールは簡単。ネットより相手側に落とした方が勝ちとする」

「……ん? これ、アウトとか無しでいくのか?」

「君たちの力量じゃ、羽の動きが見えないからね。とりあえず入れたら勝ちだ……」

「なるほど。『 何がなんでも打ち返せ 』ということか」

「わかりやすくて助かるな」


「さっすが、梟ちゃん!」

「蒼月は特例として、羽の動きを止める魔術は禁止だ。あれを使えば負けがない」

「は〜い」


 そういって、全員がラケットを握りしめた。


「それでは、いざ尋常に……始めッ!!!」





 こうして、バドミントンという名の

 四人の壮絶な殺し合いが、今、幕を開ける──

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