Episode.0 SAison◇BrighT結成
時は4月、桜の花がひらひらと舞い踊り、新学期が始まろうとする季節。
ここはプリローダ高等専門学校。
薄い緑がかった髪に、白の学ランを身に着けた青年がいるのは、「第一応接室」と書かれた部屋の扉の前。
青年___
「……ここで、今日からお世話になるアイドルの先輩方と対面……か」
自分の中で確認するように呟いた。
この学校では、優秀な実力と成績を納める特待生のみが、学生の間にプロダクション・プリローダに所属することができる。柊聖も努力が報われ、今年ついに特待生に選ばれ、今日から学生兼アイドルとして活動することになるのだ。
……なるのだが。
(先生、結局メンバーのこと教えてくれなかったな……。ど、どうしよう、怖い人たちだったら……)
そう、何故か担当教職員は、今回自分が所属することになるアイドルユニットについて、頑なに教えることはなかったのだ。
他の特待生や今まで特待生になった友人たちは皆口を揃えて「どんなユニットに入れるか教えてもらえる」と言っていたのに。
調べようにもユニットの特徴がわからない以上どうしょうもない。もはやお手上げ状態だ。
教えてもらえてないのは、なぜか、自分だけ。
試されているのか? 騙されているのか? そんな不安が頭によぎる。
しかし、手元には確かに特待生証明書が届き、特待生名簿に自分の名が乗っていることは何度も確認した。そこに嘘偽りはないのだろう。
それならば理由はなんだ?もしや、所属後の悪評が絶えないユニットなのだろうか?それならばより一層不安になってしまう。
気持ちは萎縮する一方だ。頭を横に振り、負の思考を振り払おうとする。
(……どんなユニットでも、俺はここの中の人たちと、これからやっていかなきゃいけないんだ。でないと……なんのために死にものぐるいでやってきたのかわからない。……やるしか、ないんだ)
そう自分に念じ言い聞かせれば、再び深呼吸をする。…ゆっくり、吸って、吐いて。そしてドアノブに手をかけた。
「……っし、失礼します!! 本日から皆さんにお世話になります、プリローダ高等専門学校4年Ⅰ組、橙柊聖です! 皆さんの足を引っ張らないように頑張らせていただきますので、これからよろしくおねがいしまふっ!!」
扉を勢い良く開けてれば、まくし立てるように練習してきた挨拶を言い、勢い良く頭を下げた。
噛んだことを気にしている余裕などない。バクバクと破裂しそうな程に鳴る心臓が煩い。
キュッと目を瞑りながら相手方からの言葉を待っていた。
「あれぇ柊ちゃん? ……今噛んだ?」
「……どうした? そんな改まった挨拶して。しかも思いっきり噛んでるし」
「…え?」
聞こえてきた返答に、呼ばれたあだ名に、素っ頓狂な声を出す。恐る恐る顔を上げれば、見慣れた顔ぶれが座っていた。
「お、思ってたよりも早かったなー柊聖。よ、卒業式以来か?」
そう微笑んで声をかける赤みがかった茶髪の好青年、
「あの、えと、……先輩? ……こんなところで一体…」
「あ、うーんとね。俺たちと一緒に活動することになる特待生君を待ってるんだー」
「そーそー。どんなやつだーとかは聞かされてない…というか、陽の野郎が頑なに話さねぇんだけどさぁ。柊聖、お前なんか先生から聞いてないか?」
気の抜ける口調でふんわりと問に答えるのは、オレンジの長髪が特徴の青年、
陽、純、叶、柊聖はレクリエーション部の仲間で、放課後暇なときに集まれば純や柊聖の持参する菓子を突きながら、卓を囲んで遊んだ仲だ。
柊聖は一人学年が違うため、卒業式は涙を堪えて三人を見送ったものだ。その記憶は当然ながらつい最近のもの。
そんな先輩たちが今目の前にいることに、柊聖は目を白黒させた。そして、問われたことを思い出し、はっとすれば純に返答する。
「え、えーと……俺も今日からその、特待生で、プロプリ所属のアイドルの方と活動をさせてもらえることになったので顔合わせを、ってここを指定されたんですが……、……ご、ごめんなさい! もしかしたら部屋間違えたかも……」
状況を整理しながら話をすれば、自分が部屋を間違えたという可能性にたどり着き、柊聖は慌てて部屋を確認しに外に出ようとする。しかし、それを静止する陽に声をかけたのは_____
「いや、ここで合ってるぞ」
_____櫻月陽だった。
「…………陽ちゃん?」
「え? で、でも……」
「……じゃあ、俺達と一緒に活動する特待生……って、まさか」
何も知らない三人の視線が、一つの場所に集まる。視線の先の人物、陽はそれを待っていたというかのように笑えば、高らかに応えた。
「あぁ。……橙柊聖、今日から君には、俺達と一緒にSAison◇BrighT《セゾンブライト》として活動してもらう。……ってなわけで、改めてよろしくな、柊聖!」
得意げな顔で柊聖に手を伸ばし、陽は眩しく笑った。
流れたのは、暫しの沈黙。
「「……え、えぇええええ!?!?」」
沈黙を破ったのは、柊聖と純は声を揃えて絶叫だった。一方の叶は、納得したようにぽん、と手を打つ。
「あ、それで陽ちゃん、頑なに教えてくれなかったんだー」
「そういうこと! サプライズ性があって面白かっただろ?」
「さ、サプライズっておま、こっちどういう気持ちで今日という日を迎えたと思ってんだこらぁ!! しかも学校までグルにしてたのかよ!!! というか柊聖見てみろ!!」
驚きのあまりに眉を釣り上げて叫ぶ純は、ビッと柊聖を指差した。
指を指された本人はというと、驚きすぎて声が出ないようで三人をぽけー、と見つめている状態だ。
「あ、柊ちゃん魂抜けてるー、おもしろーい」
「ほらぁ!! どんだけ不安だったと思うんだよ!! 誰かもわからねぇメンバーと対面するこいつの気も考えてやれぇ!!!」
「あっははは! それはすまん! きっと面白いことになるだろうなぁと思っていたものだからそこまで気が回らなかった!」
「ったくもーー!!! 柊聖ー! 戻ってこーい!!!」
ここにいる三人自体が夢かもしれない。自分が見ているのは幻で、走馬灯のようで。
でも三人がこうして話しているのが、余りにも夢には思えないほど見慣れたもので。
夢と現実の間にいるような気分の柊聖の口から、ぽろぽろと言葉が溢れる。
「…………じゃない」
「あ? どうした……?」
「……夢じゃ、ないん、ですか? 憧れてた先輩方と、ユニットで、一緒に活動することが、できるなんて」
柊聖はこの三人……特に陽に憧れていた。
中学生のときに、自分の学校にパフォーマンスに来た学生の中にいて、自分に夢と輝きを教えてくれたアイドル。
彼らと同じ場所に立ちたくて、柊聖はこの学校の門をくぐったのだ。
「あぁ、夢じゃない。今日から俺達の仲間だ、柊聖。よく頑張ったなぁ、特待生名簿の中にお前の名前があったとき、お前しかないと思ってうちに呼びたいって推薦したんだぞ?」
陽が答えると「頑張ったな」と讃えながら柊聖の頭をぽんぽん、と撫でた。
「……いだだだだ」
「あ、ほんとだ。夢じゃないみたい」
「なんで俺で確認すんだよ!! 自分ので見ろや!」
「ほっぺ、痛かったらやだなーって」
「んにゃろ!!」
陽の手の感触と、目の前で頬を抓られて掴みかかろうとする純と、それをにへらーと笑いながらいなす叶。それだけで、柊聖にこれが夢ではないことを伝えるには十分なものだった。
「……ふふ、ふふふふ。……そっか、夢じゃ、ないんですね。……そっか……ぁ……」
へにゃ、と笑えば、柊聖は腰が抜けたようにその場に座り込んでしまう。
「わっ、大丈夫か柊聖?」
「ご、ごめんなさい、なんか、安心したら腰抜けちゃって……」
「そりゃそうだろうなぁ、ほら、立てるか?」
「ありがとうございます、純先輩……」
純に手を引っ張られ立ち上がる。その手の感触が、成人なのに子供らしい体温が、柊聖に"これが現実である"と実感させた。
「結局あんまり代わり映えしないメンバーだねぇ」
「裏を返せば、信用に値するメンバー、だろ?」
「……確かに。背中を預けるには十分だね」
「まぁそうだけどな。アイドルやるんだったら信用できるやつとやるのが一番確実ってもんだ」
「…はい、そうですね。……先輩方! 今日からまた、よろしくお願いします!!」
柊聖は心底嬉しそうな笑顔で三人に改めて頭を下げた。
それを見た三人は、顔を見合わせれば、また嬉しげに、眩しい笑顔を浮かべた。
「おう!」
「こちらこそ、だな」
「よろしく、柊ちゃん」
これが、四人の始まりの第一歩。
ここから、四人の軌跡が始まったのだった。
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