第2話

「仕事辞めたの。彼氏にも振られて」


 それから佳純は今までのことを全て話してくれた。ゆっくりと時に少し詰まりながら一生懸命に話す佳純。慎太郎は何も言わずにずっと佳純の話を聞いていた。


 佳純は大学を出てから勤めた会社で先輩から酷いイジメを受けていた。ずっと先輩からの嫌がらせに耐えていたが、いよいよ耐えきれなくなり結局佳純は仕事を辞めた。


 そして同じ時期、結婚を考えていた彼氏は佳純の友達と浮気をしていた。彼氏はその友達と結婚するからと言って佳純にいきなり別れを切り出した。


 そんな佳純にトドメを刺すように佳純の両親は急な交通事故で亡くなった。


「まさか一気にこんなことが起きるなんてね」


 私、何か悪いことでもしたのかなと少し目に涙を溜めながら佳純が言う。


「頼る人も周りにいなくて……もうどうしたらいいか分からなくて……」


「佳純……」


 涙をそっと流す佳純を見て慎太郎は佳純を抱きしめた。佳純は慎太郎の胸に顔を埋める。


「ここに来たらもしかしたら慎ちゃんがいるかもって思ったら勝手に体が動いてて……」


「もう何も言わなくていいから」


 夜は明けようとしていた。星空は薄く輝き、2人を照らしている。このままだと風邪を引きそうだったので慎太郎は佳純を自分の家に上げることにした。


 少しすると佳純は疲れたのか、慎太郎のベッドに横になりそのまま眠ってしまった。


「佳純……」


 佳純の寝顔はあの時のまま変わらない。よく秘密基地で遊び疲れてそのまま芝生の上で寝っ転がり寝ていたことを思い出す。寝顔はこんなにも変わらないのにあれからどれほど佳純は苦しんだのだろう。自分が佳純のためにして何かしてあげられることはあるのだろうか? 慎太郎はそんなことを考えながら佳純の隣で目を閉じた。



 慎太郎は夢を見た。慎太郎が見た夢は幼い時の佳純との思い出だった。


「星、掴めそうだね」


 そう言って一生懸命手を伸ばす佳純の姿。一生懸命キラキラと輝くオリオン座へ何度も手を伸ばす。


「やっぱり掴めないや……」


 そう言って肩を落とす佳純を見て可哀想に思った慎太郎はこう言った。


「いつか佳純の為に掴んであげるから」


「え? 掴めないよ」


「佳純の為に俺が絶対取ってやるから」


 そう言えば、佳純はありがとうと微笑んだ。



「慎ちゃん、慎ちゃん」


 その声と共に揺さぶられて目が覚める。慎太郎を揺さぶっていたのは佳純だった。そして、鼻を掠めるいい匂い。


「朝ごはん作ったから起きて」


 起き上がるとテーブルには美味しそうな朝食が並べてあり夢のようだった。


「いただきます」


「どうぞ」


 2人向かい合わせで朝食を食べる。佳純の作った朝食は味噌汁に卵焼きととてもシンプルだったがとても美味しかった。


「すげぇ美味しい!」


「嘘、本当に?」


 そう言ってくれて嬉しいと佳純は慎太郎を見ながらお味噌汁を啜った。


 これからもずっと佳純といれたらどれだけ幸せだろう? この笑顔をずっと見れたらなと気がついたら考えていた。


「……これからどうするつもり?」


 慎太郎は恐る恐る佳純に聞いてみた。


「実は考えてなくて……」


 そう言ってどうしようかなぁと佳純は窓の外を見た。


「あのさ……佳純がよかったら俺の家に住まない?」


 勇気を出して言うと目をまん丸とさせて佳純が慎太郎を見た。


「やっぱり嫌?」


 慎太郎がそう聞けばそうじゃなくてと佳純は箸を置いた。


「慎ちゃんに迷惑かかっちゃうと思って」


「別に迷惑じゃないよ。それにこうやって朝ご飯とか作ってくれたら……その、嬉しいかなって」


 そう言うとふふっと笑い出す佳純。


「慎ちゃんって本当にそういう所変わんないね」


「とにかく俺は迷惑じゃないから!」


「……分かったよ」


 じゃ、住まわせてもらっていいかな? と首を傾げながらこちらを見る佳純にもちろんと言って頷いた。


 ちょうど物置にしか使っていない部屋が一部屋あったので佳純の為にその部屋を開けることにした。一人暮らしを始めた時に客用の布団も一式購入したが友達が来ることもなく、ほとんど使っていない布団を出してきた。


「ほんとにごめんね、助かるよ」


「いやいいよ。このぐらい平気だから」


 なんかあったらまた言ってと慎太郎は部屋を出た。これから佳純と一緒にいれると思ったら胸が高鳴る。でも一緒に住むだけで彼女や彼氏といった関係ではないということが同時に辛かった。佳純とは15年経った今でも幼なじみという関係に変わりない。


 それ以上踏み込めない自分に頭を抱えた。


 それから佳純には家事全般をお願いすることになった。佳純がお金も出してないのに住まわしてもらうのはやっぱり悪いと言い出したので家事を任せることにした。慎太郎が家に帰ると暖かいご飯が用意されていて、洗濯も掃除も完璧だった。一人暮らしの慎太郎にとって家事全般を佳純がしてくれるのはとても有難いことだった。



 そして気がつけば佳純が家に来て2週間が過ぎていた。そんなある日、慎太郎が休みの日に2人でスーパーに来ていた。


「佳純」


 その声に振り返れば男が立っていた。佳純の顔を見れば明らかに動揺していた。


「こんなところにいたんだな。探したんだぞ」


 佳純の様子を見るときっとこの男は元彼で間違いないだろう。


「今更何なの……結婚するんじゃなかったの?」


「実はアイツ、俺以外にも男いたみたいでさ。やっぱり俺には佳純が必要なんだよ」


 そう言うと佳純の腕を掴もうとしたので咄嗟に慎太郎は男の前に立ちはだかる。


「誰だ? お前?」


「佳純の彼氏です」


 自分でも勢いで変なことを言ってしまったと思った。でもこの男を追い払うにはこれぐらい嘘をついていいだろう。


「佳純は俺のことまだ好きに決まってる! なぁそうだろう?」


 男は佳純に近づこうとする。佳純は慎太郎の着ているシャツをギュッと掴んだ。


「どれだけ佳純のことを苦しめたか、あんた全然分かってないだろ! 俺は佳純を苦しめたあんたを絶対に許さない! 二度と俺らの前に現れるな!」


 そう言うと慎太郎は佳純の手を取り、足早にスーパーから出た。勢いに任せてだったが直接佳純の元彼に言いたいことが言えたのでとてもスッキリした。


 少し歩いたところで慎太郎は佳純の手を離した。


「ごめん、買い物しにきたのにスーパー出てきちゃった」


 何となく気まずい雰囲気になり、沈黙が続く。その沈黙を破ったのは佳純だった。


「ねぇ、慎ちゃん」


「ごめん。変な嘘ついちゃって」


 そう言うと佳純はそんなの気にしてないよと笑った。それだけで少し気が楽になった。


「慎ちゃんが守ってくれて助かった……ありがとう」


「佳純……」


「きっと慎ちゃんがいなかったら、私……またあの男と付き合ってたかも」


 ありがとうと言いながら微笑む佳純を見て慎太郎はとても胸が熱くなった。


 結局その日はそのままファミレスで外食することにした。


「何だか不思議だな」


 目の前で頼んだパスタを食べながら佳純がそう言った。


「何が?」


「もう会えないって思ってた慎ちゃんとこうやってご飯食べてると思うとおかしいもん」


 そう言って佳純は笑った。


「確かに。俺ももう一生会えないって思ってた」


「今思えば……こうなる運命だったんじゃないかなって思うの」


 それが何を示しているのか、続きは答えてくれなかった。


 明日も朝起きれば佳純がいて、美味しい朝食を作ってくれるのだろうか? 次の日もその次の日も佳純はいるのだろうか? 一体いつまでいてくれるのだろうか?


 終わりがある幸せを知ってしまっている慎太郎はこの状況を素直に喜べなかった。

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