高校入学

 ボクが入ったのは隣町にある旧制中学以来の県立校、田舎なりの進学校ぐらいだ。校内には歴史を刻む石碑があり、それが百周年記念なのはわかるが、他に何が書いてあるかわからないぐらい古びていた。伝統校らしいものはたとえば校歌。


『見よ、天高く輝く母校

 希望の光に溢れるところ

 学びの心は果てしなく

 我らの前途を阻む物はなし

 進め無限に掴め夢を』


 歌詞自体はありきたりだけど、なんと一番しかない。これも三番まであったそうだけど、これはもともとの三番だそうだ。一番と二番はどうなったかだが、軍国調が強すぎて第二次大戦後に廃止されたそう。


 この三番の歌詞もオリジナルから相当変えられたが生き残ったとか。廃止された一番と二番ってどれだけだったかと思う。それと校歌には母校名が入ることが多いのだが、新制高校になる時に何度か校名変更があったらしく、その時に入りそこなったとかなんとか。


 それとこの校歌は正式には伴奏がない。入学式で校歌斉唱となった時にも、いきなりステージに何人かの生徒が上がってきて、


『校歌斉唱。そ~りゃ、

 ♪見よ、天高く輝く母校』


 この部分を朗々と歌いあげると和太鼓の響きと共に在校生が大合唱だったのに腰を抜かしそうになった。ここもかつては応援団が仕切っていたそうだが、今は無くなり生徒会の仕事になってるとか。かつてはバンカラの気風があったって話だ。


 学校の設備自体は伝統校と言っても建て替えられていて、いかにも学校って感じのありきたりのもの。あえて特徴を挙げればプールかな。これもプールが立派なのではなく、プールがないんだよな。


 これはこの学校の特徴と言うより、この地方の特徴で、高校どころか中学校も小学校にも無い。理由は呪いだとか、祟りみたいなものとは聞いたことがあるけど、とにかくない。ボクも引っ越してきて知った。



 そういう伝統校だから男子は学ランなのはわかりやすい。それならば女子はセーラー服になりそうなものだが、これがなんとブレザー。それもだよ、白のジャケットに紺のチェックのスカート。胸元にはピンクに白のストライプのリボンになっている。


 これは第二次大戦後の学制改革の時に旧制中学と旧制女学校が合併した影響だそうなんだ。旧制中学の方はバンカラだったそうだが、旧制女学校の方はモダンでハイカラだったそうで、その伝統を引き継いでいるとかなんとか。


 部活もそれなりに活発みたいだ。こういう進学校の運動部って弱そうな印象があるけど、とくに野球部とサッカー部はなかなからしい。さすがに県代表となると私学の強豪がいるので無理としても、ベスト8ぐらいには名を連ねることもあるらしい。



 ボクはと言えば部活どころじゃなく、まず自炊生活を確立しないといけないのが最初の課題。料理は母親が家に帰らなくなってから否応なしに始めていたし、洗濯も同様。それでも完全に一人となると大変だった。


 高校でもボクはボッチ。授業が終わればすぐに帰らないと夕食にもありつけない。中学までは給食があったが、高校ともなると弁当が必要。そんなものに手が回るはずもなく、昼は購買部で買ったパンでしのいでいた。そうそう学食はない。


 夜も自炊にしようと頑張ったが、やはり面倒。だんだんとコンビニ弁当に頼るようになり、カップ麺も主力になって行く生活だった。とにかく家事を減らそうと、服もオシャレとか考えるのではなく、洗濯の手間をどうやって省けるかだけで考えた。


 それも五月も終わるぐらいになるとそれなりに落ち着いてきた。どうもだが、このクラスにはイジメなんてなさそうだ。これだって、これからどうなるかはわからないけど、今のところは大丈夫そうだ。というかボッチとして無視されているだけだろう。



 そうなると気になるのが女子。そりゃ、ボクだって高校生、思春期まっただ中だから気にならない方が不思議だろ。陰キャのボッチだって女性を好きになるし彼女だって欲しい。陰キャでもアニメ・オタクのように二次元にしか反応しない人種ではない。


 とはいえボクが彼女を作れる可能性は低いと言うよりゼロに近い。ボクはボッチで常に外野どころかフェンスの外から観察していてわかった事がある。恋愛評論家と言えば格好が良いが、諦観主義者のボヤキみたいなものだ。そうだな、ボクが恋愛対象になるはずがない客観的分析ぐらいかな。


 根本は男だって綺麗で可愛い子が好きだけど、女だってイケメンで格好の良いのが好きなのだ。このイケメンだけど、本来はイケてるメンズの意味だそうで、そういう意味でも使われるけど、イケてる面、つまり顔が良いの意味にも使われる。女子でいえば美人と同じぐらいだ。


 少しでも冷静になればわかることだが、恋愛対象になるのは美人かイケメンしかいない。ボクだってブスには心がときめかないけど、女子だってブサイクに心がときめくわけがない。どうしたって自分を棚に上げたくなるけど、棚には上がらないのが現実だ。


 ここだが女子は美人であるだけでモテるのは間違いない。ボクから見れば性格が悪そうな女子でもチヤホヤされてたものな。だが男子はイケメンだけでは必ずしもモテる訳じゃない。


 男子がモテるにはとにかくスポーツが出来ることで、シンプルに運動部に入っていること。これも強い部が良いというか、弱い部では人気が出ないで良い。さらに言えば最低でもレギュラー・クラスじゃないと見向きもされず補欠では論外って感じだ。


 ここもハッキリ言うと強豪部のキャプテンとかスター・クラスであるのが必要だ。キャプテンやスターがモテるのは多分だが活躍する姿が格好良いからだろう。プロのスター選手がモテるのとの同様の気がする。


 格好良さにはリーダー・シップもある。そう頼もしくて力強く見えるからで良い。この辺は女子からだけではなく男子からも人気があるからわかりやすいよな。これでイケメンであれば人気沸騰って感じだ。


 そのためか文化会でもブラバンは人気がある。ブラバンは文化会にはなるが、やってる事は体育会に近いものな。さらに言えば楽器が弾けると言う特技がある。楽器が弾ける特技は女子を惹きつけるのは見ていたらわかる。


 そう特技は重視される。スポーツや楽器が出来るのも特技だものな。ただ特技であればなんでも良いわけではない。字が上手ぐらいならまだ認められるが、絵が上手いの評価は低い。この辺はスポーツが出来るとか楽器を弾けるのは陽キャで、絵が上手いのは陰キャと見られている気がする。とにかく陰キャのレッテルはモテない最大の材料なのだ。


 身長も重要だ。とにかく背が高いのはそれだけで高評価になる部分はある。少なくともチビではモテない、これにデブが加われば論外ぐらいだ。ボクも身長はそれなりにあるけど、高いだけではウドの大木扱いになるのは言うまでもない。


 他にはプラス・アルファとして評価されるのが勉強が出来ること。これもガリ勉は嫌われる。あくまでも他の条件を満たした上でのプラス・アルファだ。そりゃ、スポーツが出来て、イケメンで、背が高くて、勉強が出来ればモテない方が不思議だろう。



 ボクはと言えばずっと帰宅部だから運動は論外。体育の授業にもついていけないぐらいだ。陰キャの上にボッチだからリーダー・シップなんてボクの辞書にはないぐらいだよ。顔はブサイクではないと辛うじて自分では思っているぐらいだが、女子からの評価は低いだろうな。まあ聞いたこともないけど。


 人を感心させるような特技もない。勉強は田舎でも進学校に入れるぐらいだから中学では悪くなかった。だけど入ってみると当たり前の事がすぐにわかった。高校入試は成績上位からの輪切りだけど、ボクは輪切りのギリギリ・ライン。


 実力試験で思い知ったよ。上には上がいすぎるよ。勉強でアピールするには成績上位ぐらいにいないと話にならないが、下位低迷じゃシャレにもならない。この学校でのボクの成績は劣等生グループだってこと。


 気張って言うほどの事じゃないが、ボクにはなんの取り柄もない。これは女子からだけでなく男子からでさえ同じ。とくに女子陣からしたら男どころか、人として見られているかどうかも怪しいってことだ。


 そこまでは言い過ぎだとしても、映画ならエキストラで通行人の役回りだ。学園ドラマなら端っこに座っているだけのその他大勢。これも過剰な評価で、他所のクラスの通りすがりぐらいだ。それもピントが合わずボンヤリと人らしいものがいる程度。



 そんな冴えない男子高校生でも美人と恋が芽生えるのが恋愛小説とか恋愛マンガだ。テレビ・ドラマでも映画でも良い。だがあれもカラクリがあるのがわかった気がする。中学でも高校でもそうだが恋愛が出来るのは、ほんの一握りのエリートに限られると言う冷酷な事実だ。


 ボッチで陰キャは論外としても、男子でも女子でも、恋愛対象にされるのは本当に少ない。たとえば美女番付をやってもベスト・テンまで出てこない。学年全体でせいぜい五人程度だ。そう、その五人程度しか恋愛対象にならないってこと。おそらく女子から見た男子も同じぐらいで良いと思う。それぐらいしか名前が聞こえないんだよ。


 それ以外は恋愛にはあぶれる。現実世界で恋愛が出来ないから、あぶれた者が恋をする妄想への需要が産まれるで良いと思っている。だから、モテないと思っていたのに、女ならイケメンから、男なら美女から、


『実はあなたが好きだった』


 こう言われる欲求を満たしていると考えてる。そこまでは言い過ぎか。そんな世界を夢見させてくれる話に勇気づけてもらおうとしているんじゃないかと思ってる。そりゃ、ボクだってそんな夢と言うか妄想はあるけど、これが妄想であるぐらいは自覚しているつもりだ。


 もちろん現実でもゼロと言わない。ボクが見たことも聞いたこともないだけでこの世にはあるのかもしれない。しかしゼロとは言わないが宝くじに当たるぐらい少ないと思う。滅多にないから小説の題材になり、夢見る多くの男女が熱中するって事だと思う。



 大人の世界になると美女と野獣みたいな夫婦も存在するのは知っている。美女と野獣は言い過ぎとしても、実際に結婚している夫婦が美男美女の組み合わせばかりでないのも知っている。


 あれってどういう事なんだろう。申し訳ないとないと思うけど、どこを好きになっているのかわからないものな。大人になれば変わるだろうか。ブスやブサイクでも我慢できるようになるのだろうか。


 大人の恋はともかく、どっちにしてもボクは誰かを好きになれても、彼女など出来るはずもない。恋愛なんて出来るはずがない。だから見てるだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る