第6章.ヴァラキアアンビバレンス

1話.ただいま! アーロンさん!


「良いか? 女を口説くポイントはだなー……」


 キースはオジキに講釈を続けていた。

 それは昨晩、カーサネグロ酒場での打上げの時から始まり、そしてここ港町セッタで次のマラッガ行きの船の準備を待っている現在にまで至る。

 オジキはせっせとキースの話をメモしていた。

 

「まず自信だ! 怖気づいちゃ駄目だ、堂々とだ! 会話は焦らず笑顔で丁寧に。良いか? キザなセリフや話し上手が大事ってわけじゃねぇんだぜ?」


 そんな二人のやりとりを実はこっそりと、しかしずっと聞いていた人物が居た。

 カタリーナだ。


(ふーん……なかなか面白い話ね。これが所謂“ナンパ術”ってやつなのね)


「そして……いよいよ告白ってときはだな……」


(ふむふむ……(ゴクリ))


「男なら潔く“当たって砕けろ”よ! バシッと言ったれ!」


 ズコッ

 

(砕けたら駄目じゃない……っていうか砕けた事しか無いんじゃないかしら?)


 そうこうしているうちに、マラッガへ渡る船が出発の汽笛を鳴らす。

 ここでオジキとは別れる事となったカタリーナ達一行。


 「頑張れよ!オジキ!」


 キースが自信たっぷりにサムズアップしてみせる。

 もちろん、彼女へのプロポーズを成功させろよというはなむけのつもりだ。

 対してオジキは、握った右拳を胸に当てながら、うんうんと頷き返している。

 それは普通、忠誠を誓った相手、つまり主君に対する作法のそれである。

 もちろんその様子を、周りで見ていたジークやミスティ達は奇異の目で見ていた――たったひとり、カタリーナを除いては。


(そういうもんなのかしらねぇ……ま、覚えておくわ)

 


 マラッガへ到着するとミスティとキトゥンは“団長”と会う為にポルトゥールの首都リーズボンへと向かった。

 残りのメンバーは皆セビーヤに向かう。

 

「しっかしいよいよポルトゥールとエスパニルが合併かー! UPもどうなる事やら……うはー楽しみだぜっ!」


 キースはやたらとウキウキしていた。

 その道中は皆、合併とユーサルペイシャンヌの話題でもちきりだった。


「よーっし! 今日はムイピカン亭で飲むぜーーっ! 合併とUP昇進の前祝だぜ! うおぉぉ、俺は飲むよ~! 疲れなんて微塵も無ぇ!!」

 

 キースの勢いに皆の足取りもどこか軽やかである。

 漸く街道の向こうに石造りの街並みが見え始め、皆の表情もいよいよ、喜びと安堵に満ちるのであった。

 それは無論、カタリーナも例外ではない。

 

(あぁみんなに会いたい!)


 カタリーナの心に湧き上がる強い想い。

 だがそれを実行する事は極力避けねばならない。

 なぜならこの秘密はあまり明かしたくないから。

 元の姿に戻るまでは、余計な心配もかけたくない――そう思っていたのだ。

 

(目立たない、目立たない……)


 カタリーナは心の中でそう、繰り返し呟いた。



 宿に到着するとカタリーナの隣に立つキースが、何やら辺りをキョロキョロと見回している。


「おい……えーっと、“スティープ”? あいつどこ行っちまったんだ?」


 気遣ってそちらの名で呼んだキース。

 どうやらすぐ隣のカタリーナに気付いていないらしい。


「ちょっとキース! 私はここよ?」

「どわぁ! いつの間にそこに?!」

「ずっと横に居たじゃない!」

「え? あ、そっか……疲れてるんかなー俺。こんな時はやっぱ飲むしかねえなぁ」


 宿の一室でキース、キャサリン、ジーク、ルイ、そしてカタリーナの5人は今後の予定について話し合う事にした。


「UPのメンバーはここでかしらからの連絡待ちだ。カタリーナはどうする?」


「私は聖ラピス教会に行ってくる。色々聞きたい事があるしね。でも行くのは信者の居ない、日が暮れてからにするわ」


「判った。するってぇとジークにルイは暇なんだろ? 今夜一緒にどうだい?」


 グラスをキュッと口にやる仕草。

 ジーク、ルイ、そしてキャサリンはこくんと頷いた。


「おいおいキャシー、おめーも来るのか?」


 うんうんと嬉しそうに頷くキャサリン。


「この間の事があるからなー。よし判った! 連れて行くけど酒は駄目だからな! じゃあ夕方、また声かけるからよ」



 日も暮れて教会も閉じた頃、テミス修道院の扉を叩く音。


(あら、誰かしら? こんな遅くに)


 見習い修道女シスターのデイジーが気付く。


「はい、どちら様でしょうか?」 

「グレゴリオ神父は居られるか?」

「はい、居りますが……お名前は?」

「それは良かった……“スティープ”と言えば通じるはずだ、恐らく要件も」

「承知しました、少々お待ち下さい」


 扉を開けると、デイジーはその客人の姿に驚いた。

 なぜならこの辺りではあまり見かけぬアバヤ姿だったからだ。


 アバヤを着用する地域は一般に異教徒が多い。

 なぜその様な者がここへ、そしてグレゴリオ神父を名指しするのか……そんな疑問と不安を抱きつつデイジーはその者を一室に案内し、足早にグレゴリオを呼びに行くのであった。

 

「グレゴリオ神父様、スティープと名乗るアバヤ姿の客人がお待ちかねです」

「何っ、スティープとな! それは真か?」

「は、はい。今、部屋の一室に案内し待ってもらってます」

「そうか! すぐ行く」


 グレゴリオはアーロンも呼び、その部屋までデイジーの後をついて行く。

 しかし部屋に近づくにつれ、禍々しい気配が強まっていくのをグレゴリオ、アーロン、デイジーの3人は感じていた。

 

「デイジーさん、もう休みなさい。この客人は私達二人だけの方が良さそうです」


 アーロンはそう言ってデイジーを離させた。

 

 二人は中に入り仰天した。

 その身に纏った夥しいほどの邪気。

 瞬間、賛美一体教会の刺客かと身構える程だった。 


「アーロンさん! 生きてたのね。本当に、良かった」


 アーロンに抱きつくカタリーナ。

 瞬足――身構えていた二人だが何の反応も出来なかった。

 しかも抱きしめる力も半端なく、全く動けないアーロン。

 

「カ、カタリーナさん、なのですか? 苦しいです……それにこの邪気は一体……」


「ご、ごめんなさい。少し外に出ませんか? ここに入ったらなぜか体が勝手に反応して抑えても抑えきれないの。理由は私の姿を見て貰えば判ると思う」


 カタリーナは頭の衣装をはぐり、素顔を晒した。

 頭の片角がニョキッと突き出で、赤と緑のオッドアイは妖しげな眩きを放つ。

 綺麗なブロンドが揺れるその姿には以前のカタリーナの面影はもはや皆無。

 カタリーナは、穢れた聖杯の影響でどうやらその身が“悪魔”と化したと説明した。 


「あ、“悪魔化”……ですって? 全く……あなたには毎度驚かされる」


 アーロンはグレゴリオと相談の上、一旦、教会へ移動する事にした。

 この邪気では他の修道士達にも気付かれてしまうという懸念からだった。

 外に出て、一旦落ち着いたカタリーナの邪気は教会に入り再燃する。


「あの……やっぱり聖なる場所がまずいんじゃ……」


「えぇ、間違いなくそうでしょうね。ただ外で話してても誰かに万が一見られると怪しまれるでしょうし、何よりここなら邪気が外に漏れ出る事はありませんから」


 グレゴリオも教会に入り、扉の鍵を閉める。

 その時、3人しかいないはずの教会内で別の声がした。


「おいおいアーロン! 久し振りに戻ってきたと思ったら、いつからあんたは宗派替えしちまったんだ? その怪しい衣装のやつから邪気がじゃんじゃか漏れ出してるじゃねーか!」


 その声に聞き覚えがあったカタリーナ。


「あら、焔火ネズミじゃない」

「おや? 俺様を知っている……何者だお前?」

「あぁ焔火ネズミさん、カタリーナさんですよ。お知り合いでしたか?」


「あんだってっ! お前がカタリーナだってぇ! マンマミーアッ! どーいうこった??」


 カタリーナは顔を晒し、こうなってしまった経緯を話す。

 

「そうでしたか……あの聖杯にはそんな恐ろしい力が備わっていたんですね。カタリーナさん、本当によく頑張りました。あなたはその身を挺して賛美一体教会の輩に聖杯が渡る事を防いだのです。もう、すっかり立派な修道女シスターだ」


 アーロンは手をそっとカタリーナの肩に置く。

 ふと彼女の首元の呪いが発動している事に気付くが、何を発現しているか全く判らない。


(それにしても……)


 カタリーナの身に起きた事があまりに特殊過ぎ、アーロンは考え込んでしまった。


「どうでしょう、焔火ネズミさん。彼女を戻す何か良い知恵はありませんか?」


「そうだなぁ、俺様がひと肌脱がなきゃなぁ……だって俺はこいつのお助けマンだからよ」


(え?)


 その時カタリーナは、以前、修道院で眠りから覚めた時の、を思い出していた。

 あれって夢だったはず、と嫌な汗が滲み出る。

 カタリーナのそんな様子には気付かず、焔火ネズミは言葉を続けた。


の力を借りれば或いはどうにかなるかもしれんが」

「それはどういう事です?」


「カタリーナの体は悪魔、つまり冥界の者の力によってそうなっちまってる。だからその冥界と対を為す天界の者の力があればって思ったんだが……」


 その発言にカタリーナの悪魔が反応する。

 燃え上がる黒炎の邪気がカタリーナの体から噴き出した。 

 苦悶の表情を浮かべるカタリーナ。


 その圧倒的な威圧、それに苦しむカタリーナを見て慌てた焔火ネズミは、アーロンの後ろへと逃げ、それっきり黙り込んでしまった。


「焔火ネズミさんの話には大変興味があります……が祈りの力に頼ると思わぬ拒絶が起きそうですねぇ。さてどうしましょうか。一度……デイビスに見て貰うのも手かもしれません」


 デービスは結界や封印解除のエキスパートだ。

 しかし今はエスパニル国王軍に拘束されている。

 しかも彼は賛美一体教会側の人間――つまり悪魔寄りだ。


「アーロンよ、それはちいと危険じゃないか?」


「えぇまぁ、しかも一か八かです。あのデイビスが素直に言う事を聞くとも思えませんし。ただ現状私達だけではどうすればよいかやれる選択が少な過ぎる。蛇の道は蛇と言うでしょう? やれそうな事、可能性があるならやっておきたいのですよ」



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る