10話.閑話_みんなの思い

 カイマンはふぅと息をつきながらカモミールティーを一口、休息をとっていた。

 

(それにしても……お嬢様の剣の素質は素晴らしい)


 目を閉じ思い出す、カタリーナとの手合わせ。


(躊躇の無い思い切った動き、仕掛けのバリエーション、次への判断、そしてあの闘気! あとはそれなり実戦経験さえ積めば傭兵稼業バウンティハンターもやれそうだ)


 本気でそう感じていた。


 剣技の腕は兄達二人に教わるのみ、己の努力であそこまで磨いたのだ。

 その上達ぶりは目を見張るものがあった。

 まさに剣の、この世にまたと無い逸材!


(あぁ、早く私もしっかり教えたい)

 

 その滾る思いを何とか収める様にカモミールティーをゴクリと飲む。

 カイマンは、エステバンとの約束を思い出していた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 あれはまだお嬢様が幼い頃……。

 私は旦那様の書斎で、若様たちの剣術指導を終え、話をしておりました。

 外にちらと目をやると、お嬢様が二人の若様たちと共に剣の稽古をしております。

 これまでにも何度か見た光景です。


 これは、私めがお嬢様もしっかり面倒見なければなりませぬな!


「旦那様、どうやらお嬢様は剣術に関心がおありのご様子。若様達と一緒に私が稽古なさいましょうか?」


 旦那様はフムと少し考えて仰いました。


「私は、あの子をのびのびと育ててやりたいと思っているのだが……カイマン、お前が教えると洒落にならん気がするのだ。それは息子たちの剣の上達を見れば判る! どうかお前があの子に剣術を教えるのは止めてくれまいか」


 あぁ……。

 お嬢様の将来を慮っていらっしゃるのですね。

 残念ですが……仕方ありません。


「そもそも退役軍人のお前に息子達の剣術指導を頼んだのは、ゆくゆく始まるであろう大航海時代の幕開けに、海軍の援助が必ず必要になるからだ。これは我が商会だけの話に限らない、この国の未来の為の投資なのだよ。しかし我が娘にその運命を託すつもりはない」


「御意」


 私はペコリと頭を下げました。



 お嬢様が11才の時です。

 今でも忘れられません。

 若様とお嬢様は、闘気の修得に励まれておられでした。

 私は、ほんの一匙、助言を施しただけなのです。

 それ位なら、旦那様の意に背く事にはならんだろう、と。


 若様はご立派に闘気のを身に付けておりました。


 しかしお嬢様は……を発されたのです!

 ……ほんの一瞬でしたがね。


 私はその時、お嬢様が秘めたる潜在能力の高さに驚きを隠せませんでした。

 この子は剣の天才だ、これは天与の資だ。

 私がしっかりと教えたら、どこまで上達される事か……。

 

 軍の教官として指導していた頃もこれ程の逸材にはお目にかかれませんでした。

 磨けば必ず輝く原石を目の前に、磨きたいと思わぬ者など居るだろうか?

 否、居りますまい。

 あぁ教えたいという飽くなき渇望、しかし旦那様の声が心に刺さります。


「お前が教えると洒落にならん気がする」


 本当ですね、あの助言でこの上達っぷり……。

 しかしそれ抜きにしてもお嬢様の実力は既に洒落になっておりませぬが。



 そしてお嬢様も今や16才。

 この間は是非見せたいと中庭で巻き藁斬りの6連撃をご披露されました。

 その剣の上達っぷりには歯止めが効かぬご様子、勇往邁進突っ走っておられます。

 私はその後、旦那様より「話がある」と書斎に呼ばれました。


「なあカイマン。あの子を、カタリーナをどうにか出来んか?」

「と申されますと?」

「ほら……普通の娘の様に剣以外の事に興味を持ったり、勉強したりだ」


 どうやら先程の技をご覧になられ、だいぶショックだったようです。

 

「私は、あの子の将来が心配なのだ。あの子が選んだ人生とはいえ、最早まともな娘に成れるとは思っておらん。しかし出来るならば幸せになって欲しいのだ」


 なるほど、確かにそろそろ考えねばなりますまい。


「実はな息子達にも聞いたのだ、カタリーナの将来についてだ。結局娘があんなになってしまったのは息子達の指導がきっかけだからな。そしたらあいつら碌な事を言わんのだ。やれ軍に入れてしまえとか、傭兵稼業バウンティハンターでもやっていけるだとか、私を守る護衛兵はどうかとか……」


「……(可能でしょうな)」


「まさか、お前もそう考えているのではあるまいな? カイマン」

「め、め、滅相もございません!」


「私はな、このままでは“行かず後家”になり兼ねんと思っておる。その様な職に就いたら猶更だ! せめて一般知識と教養を修め、人並みの礼儀作法をつければそれなり、貰い手が挙がるというもの」


 確かに、知識教養、礼儀作法、この辺りはしっかり修められた方が良い。


 ただ、剣を極めたその先には案外由緒ある名家より、引く手あまたになるのではないか。武術で代々名高い一族は、類まれなる才能に、その“血”に惹かれるものです。

 

(お嬢様にもその様なチャンスがあるやもしれぬ……)


 そう考えておりましたら、旦那様が仰います。


「カイマン、お前ももうここに執事として勤めて5年、剣術指導の時期も含めると10年になる。カタリーナも幼い頃から一緒だったからあの子ももうお前は我が家の家族の一員だと思っている筈だ」


 あぁもうそんなに経ちますか、時の過ぎるのは早いものです。


「そこで、だ。カタリーナの教育の事なんだが、カーラとも相談してな。

信頼あるお前なら素直に聞くのではと思ってな?」


「!」


「お前の知る限りの知識教養、礼儀作法をあの子に教えてやって欲しい。もちろん、お前の与り知るところではないものがあればその教師を用意するつもりだ。そこは遠慮なく言って欲しい」


「分かりました。私もお嬢様には幸せになって欲しいですからね、微力ながら力を尽くすと致しましょう」


「そうか! よろしく頼む。さて問題はあの子が素直に勉強を受け入れるか……」


「そうですね。例えばお嬢様に気を向かせる為に、少しばかり剣術指導を餌にするやもしれませぬがよろしいでしょうか?」


「そうだな、少しは興味のある事で釣る事も必要だろう。ただあまり気負わずにやっておくれ。どうせこれ以上悪くはなるまいよ」


 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 “鬼のカイマン”――それは軍の教官時代の綽名である。

 再び、そう呼ばれていた日々の感覚が目覚めようとしていた。


(お嬢様に剣の稽古をつける。その夢はもうすぐだ!)

 

 その思いが口角を自然と高く吊り上げた。


 カイマンは明日の授業の準備を進めながら、さて、どう稽古をつけてやろうかと内心ワクワクしてたのだった。


 そこへやってきたアルルヤース。

 カタリーナの事で相談があるという。


「最近、カイマンがカタリーナの授業を受け持つって聞いてね。やっぱりあれだろう? カイマンがカタリーナに頑なに剣術指導しなかったのってあの子の将来を考えてだったんだろ? カイマンはカタリーナの将来をどう考えているのかなって」


 カイマンは、実はエステバンの指示があった事、そして名家には優れた才能を求める家風があるという事を話した。


「成る程! 確かにカタリーナの剣術、あれは優れた才能だ。それを武器に嫁入りを狙うんだね! となると、残るネックは礼儀作法か……」


「どうか若様達も、お嬢様に良き助言を為されます様、ご協力頂けますかな?」


「あぁもちろんさ! ヴァルツ兄にも僕から話しておくよ。カイマンに聞いてよかった。妹に剣術指導をした事に僕らは少し後ろめたさを感じてたからね」


 家族みな、カタリーナの事が大事で心配だったのだ。


 ただエステバンとカーラは少し自由奔放過ぎて、兄達二人は「俺スゲー!」とカタリーナをバシバシ稽古し、彼女の将来についてもやや短絡的に考え過ぎた。


 そして今、その教育方針――いや彼女の将来と言っても過言では無いだろう――はカイマンに託されたのだ、そうこの“鬼のカイマン”に。



(続く)

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