第二話 作法の守り方

 駄菓子屋の婆ちゃんが教えてくれた、狐火の市へ行くための作法は三つ。


 ひとつ目は、狐の面を被うて行く。二つ目は、提灯を持って歩いて行く。ほいで三つ目が、決して声を出して喋ってはいかん。



 夏休みに入ってすぐに、わたしは狐のお面を作る事にした。材料のお金は「自由研究でお面を作る」と言って、お母ちゃんにもろうた。嘘は言うとらんけれど、少し後ろめたい気がした。

 狐火の市へ行くのは内緒の計画じゃ。小学生のわたしが、夜中に山に行くなんて、止められるに決まっとる。


 新聞紙を丸めて顔の形を作って、その上にラップを巻いて、紙粘土を貼る。図工の時間にいっぺん作った事があるけぇ、失敗せんで出来た。

 狐の鼻の部分にゃあ、新聞紙を丸めて入れた。耳がもげそうになったけぇ、ハリガネを入れて芯にした。

 紙粘土がカラカラに乾いたら、絵具で色を塗る。図書館で狐のお面を調べて、なるべく本物らしゅう見えるように、鼻や目の下の赤いもようもマネして書いた。


 我ながら、会心の出来じゃ。


 問題は、提灯じゃった。


 ろうそくは仏だんにあるのを知っとる。けれどわたしは本物の火を使うた、提灯を持って歩くのが怖かった。

 火事になったら大変じゃし、真っ暗な山の中を、ゆらゆら揺れるろうそくの火だけを頼りに歩くなんて、考えただけで怖ぁなる。

 でも作法を守らにゃあ、狐火の市へは辿り着けん。そう、駄菓子屋の婆ちゃんが言うとった。


 作法は三つ。


 狐の面を被うて行く、提灯を持って歩いて行く、決して声を出して喋ってはいかん。


(何か……何か方法があるはずじゃ!)


 わたしは朝のラジオ体操の時も、ごはんの時も、そろばんのお稽古の時も、プールの時間も、ずっとずっと作法の事ばかり考えとった。


 作法は三つ。たった三つじゃ。この三つさえ守ればええ。きっと、そうに違いない。


「あっ……」


 閃いたでぇ!


『提灯を持って歩いて行く』。これさえ守ればええんじゃ!『懐中電灯を持って行ってはいかん』『提灯に火をつけなけりゃあいかん』。

 作法はそうは言うとらん。ちいと屁理屈っぽいけんど、これはきっとじゃ!


「ふふふ! わたしのクラスでのあだ名は、なぞなぞミサりんじゃけぇの!」


 自分の出した答えに、わたしは満足じゃった。どうせ正解じゃとも、間違いじゃともいう人はおらん。だったらそれで、やってみるのがええじゃろう?

 提灯の作り方も図書館で調べた。色画用紙で作る、飾り物の提灯なら簡単だけれど、わたしは竹ひごを組んで、その周りに障子紙を貼って作ることにした。火を使わない提灯で山に入る分、そこは手を抜いてはいけんと思うた。

 なんべんも失敗しちゃあ、やり直して、はぶてそう(かんしゃくを起こしそう)になったけれど、投げ出したら負けじゃ思うた。


 でこぼこで、つぎはぎだらけの提灯が完成した時は、思わず「よっしゃーっっ‼︎」と叫んでしもうた。

 びっくりして、台所から飛んで来たお母ちゃんに引っ込みがつかなくなり、握り込んだこぶしを、高く振り上げて振ってみせた。


(誰が決めた作法か知らんが、こんなことでわたしが諦めると思うなよ!)


 絶対に狐火の市にたどり着いてみせる。ほいで、サエを……サエを探しに行くんじゃ。

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