魔王の花嫁

yaasan

第1話 魔族の王

 今、玉座の前では四将と言われる四人の者が膝を着いている。


 左から魔族最強の強者と言われるエネギオス。次いで、魔族最高の知者と目されているヴァンエディオ。次に魔族最高位術者と恐れられるマルネロ。最後に堕天使として知られているスタシアナ。


 誰もが一同に玉座に向けて頭を垂れている。しかし、そうして彼らの忠誠を一身に受けている玉座の者は気怠げに見えた。


「我ら四将を召集とは尋常ならざる事態ですかな?」


 四将筆頭のエネギオスが口を開く。筋骨が隆々としたその体軀は細身の多い魔族の中で、かなりの異質な部類に入る。

 玉座の者は軽く口元を歪め、魔族の特徴でもある濃く赤い瞳をエネギオスに向けた。


「何が、ですかなだ。学もない野蛮な魔族の代表みたいな顔をしておきながら」


 その言葉を受けてエネギオスが豪快に笑い出した。


「随分な言いようだ。だが、もっともすぎて反論ができないな。で、クアトロ、一体どうした? 俺たちだってそれほど暇ではない」


 先刻とは全く違うエネギオスの砕けた物言いに、隣のヴァンエディオが軽く顔を顰めた。そのようなエネギオスの物言いや、ヴァンエディオの表情を気にすることはなくクアトロが口を開いた。


「つまらない……」


 クアトロの前で膝をついている者たちが、はっと息を飲む。周囲の空気が一瞬、緊張したようだった。


「……馬鹿なの?」


 その緊張を破って、魔族最高位の魔導師と呼ばれるマルネロが呟く。真正面から馬鹿呼ばわりされれば、流石にクアトロも怒りを覚える。


「馬鹿とは何だ、馬鹿とは? 王に向かって」


 何かその反論が既に馬鹿っぽいとクアトロは言いながらも自分で思う。


「馬鹿の一つぐらいは言いたくなるわよ! 急に集まれって言われたから、急いで集まってみれば、そんな話で……」


 マルネロが怒ったように吐き捨てた。いや、もう怒っているのかもとクアトロは思う。

 マルネロが怒った時の面倒臭さをクアトロは十分に知っていた。その面倒臭さは森が一つ、完全に消失してしまうほどだ。


 以前にクアトロとマルネロが、とある森を歩いていた時である。その森に生息していた大して害もないことでも有名なあのスライムに、新品の服を汚されたとかいう本当にどうでもいい理由で、その森一つが丸焼けとなったことがあった。


 あの時は森に住んでいて焼け出された大小様々な魔獣や動物達の皆が涙目になっていた。そんな彼女の蛮行に抗議した勇気ある者がいた。その森の主だったレッドドラゴンである。


 その勇気あるレッドドラゴンの右側の翼は今でも大きな穴が空いていて、大空を飛ぶのに大層難儀しているとの話だ。何とも可愛そうな話である。

 もちろん穴を空けたのはそこのぶちぎれ魔導師だ。


「マルネロは別に呼ばれたところで困るとは……いつも大したことをしてないような……」


 マルネロの語気に若干押されて、クアトロが小さくぽつりと呟く。


「はあ?」


 マルネロが片眉を跳ね上げ、語気を強めながら半身を乗り出す。

 いや、何か怖いんですけど、マルネロさん。 

 クアトロが少しだけ引き気味になった所で、それまで黙っていたヴァンエディオが口を開いた。


「皆さん、いい加減にしましょうか。流石に王に対する言葉や態度ではないかと思いますよ。マルネロさん、他の者の目もありますしね」

「え? あ……」


 ヴァンエディオに名指しをされてマルネロが口籠った。さらにヴァンエディオが言葉を続ける。


「クアトロ様も戯言は程々にして頂きたいですね。クアトロ様が魔族を統一してまだ一か月程。王都の復興から何から、やらなければいけないことが山積みなのです」


 クアトロはヴァンエディオの物言いが非常に苦手である。ヴァンエディオが二十歳そこそこのクアトロより十歳以上も歳が上ということもあるが、それ以上に余り抑揚や感情が感じられない物言いが苦手なのだ。

 

 今のように特に諭されるような内容だと、鋭利な刃物を喉元に突きつけられているような気がしてくるのだ。


「ほれ、ヴァンエディオに怒られた」


 エネギオスがマルネロに軽口を叩く。


「は? うっさい、筋肉ごりら」

「誰がごりらだ、てめえ」


 マルネロの言葉にエネギオスが血相を変えた。エネギオスもこれはこれで頭に血が昇りやすい。

 そんな二人の様子を見ながら、自分の周りはこんな者ばかりだとクアトロは思う。


「馬鹿でっかい図体をして、いつも邪魔なのよ。近くに来ないでくれるかしら。うっとうしい」 


 いつもの見慣れた光景とはいえ最早、子供の喧嘩のようになってきていた。

 ヴァンエディオがわざとらしく大きな溜め息をつく。


「皆さん、本当にいい加減にして下さい。スタシアナさんが怯えていますよ」


 そう言われてクアトロがスタシアナに目を向けると、スタシアナが大きな青い瞳に涙を浮かべて言い合う皆を見つめている。スタシアナの背中にある漆黒の翼が小刻みに震えていた。


 クアトロの視線に気がつき、スタシアナがクアトロに顔を向けた。透き通るかのような白い肌。金色の髪と青い瞳、背後で揺れるどこまでも黒い漆黒の翼。見た目は十歳程の少女にしか見えない。

 

その少女が青い瞳に涙を浮かべて口を開く。


「喧嘩はいけないのです」

「うん、可愛い」 


 それを見てクアトロが思わず呟いた。


「はあ? 最初に言った言葉がそれなわけ。 このろりこんは……」


 マルネロがそう吐き捨てながら、呆れたような非難の声を上げる。 


「ろ、ろりこんとは何だ!」


 クアトロが玉座から半身を乗り出す。


「ろりこんはろりこんでしょう? 衛兵さーん、ここに変態ろりこん王がいまあす。危険でーす。早く捕まえて下さーい」 


 マルネロがわざとらしく口に手を添えると声をそう張り上げた。


「だ、誰が変態ろりこん王だ!」


 マルネロの更なる言葉にクアトロが気色ばむ。しかし、マルネロはそれに怯まずに言葉を続けた。


「衛兵さーん。大変でーす。変態でーす。変態ろりこん大魔王でーす。少女たちの身が危険でーす。みんな急いで逃げて下さーい。しかも変態の癖に怒ってまーす」

「マルネロ、いい加減に……」


 そのクアトロの言葉を遮って、マルネロが言葉をまくし立てた。


「大体スタシアナは堕天使なんだからね。見た目はあんな感じだけど、実際は私たちより凄い年上なの! 本当の歳を知ったら腰を抜かすわよ」

「ふえ……」


 スタシアナがマルネロの剣幕に怯えたような声を出す。

 駄目だ。ますます可愛い。めちゃくちゃ可愛い。クアトロは心の中でそう呟く。


「やめろ、マルネロ。スタシアナが怯える。虐めるんじゃない!」


 それを聞いてマルネロのこめかみに、更なる青筋が浮かんだようだった。


「はあ? 何が、ふえ……よ。危険極まりない堕天使ロリコンばばあの癖に!」

「マルネロ、いい加減にしろ。クアトロが言うように、子供を虐めるのは流石によくないと俺も思うぞ」 


 そう会話に割って入ってきたエネギオスの言葉にマルネロの怒りがさらに増幅したようだった。


「はあ? あんたまで何を言ってんの。筋肉ごりらは脳まで筋肉な訳。黙ってて!」

「だから筋肉ごりらはやめろ!」


 エネギオスが立ち上がる。


「何、やる気なの?」


 マルネロも立ち上がる。


「お前らうるさい。とにかく俺はつまらないんだ。何とかしろ!」 


 クアトロはそう吐き捨てると、玉座から立ち上がって歩き出す。


「ちょっと待ちなさいよ。そこのろりこん大魔王!」

「うるさい、爆乳魔導師」

「な、何よ、それ?」

「何だ、知らないのか? 最近、巷で言われているお前の二つ名だぞ」


 足を止め、だぼっとした黒い服の上からでも重量感が感じられるマルネロの胸にクアトロは視線を向けた。


「……ち、ちょっと流石に嫌なんだけど、その二つ名」


 マルネロが少しだけ弱気な声を出す。


「ん? こんなのもあるぞ。逆ぎれの爆乳。もしくは、お化けおっぱい」

「ちょっと、魔導師がどこかに行ってるじゃない。なんで爆乳の方が残るのよ。それに最後のなんて完全に悪口じゃないの!」

「知るか、そんなこと。俺がつけたわけじゃない」


 クアトロが止めていた足を再び動かし始める。


「ちょっと待ちなさいよ、変態ろりこん大魔王! ほら、筋肉ごりらも何か言いなさいよ」

「だから、俺はごりらじゃねえ。さっき、黙ってろって言ってたじゃねえか!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、玉座の間から出て行く三人の後ろをスタシアナが、とてとて黒い翼を揺らしながらついて行く。


 そんないつも通りの混沌とした状況に、ヴァンエディオは更に頭を抱えて見せるのであった。

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