第2話 双子と毒素とホットケーキ



 実家は専らの日本茶党であったので、羽々斬はばきり布都ふつの双子は初めて飲む珈琲に目を白黒させた。

 羽々斬は唇をきゅうと結んで眉を寄せ、布都は口を横に開いて固まってしまった。どうやら刺激が強過ぎたものらしい。

 十束とつかは苦笑しながら弟達のカップにミルクと砂糖を入れてやった。緑茶の渋みとはまた違った、独特の苦みを旨いと思うかは人それぞれだ。

 双子は色を淡く変えた珈琲を覗き込み、それからもう一度口に運ぶ。その所作の一つ一つがぴたりと揃っているのはいつものことだった。

「味が丸くなりました」

「毒杯を呷ったかと思いましたが、これなら」

 無理に飲むものでもないが、愉しみの幅が広がるに越したことはない。しかし双子はホットケーキの方がお気に召したようだった。白い頰が緩み、淡く朱を差す。紅顔の美少年、とはよく言ったもので、女給のみならず、双子に目を向けていた輩までが目を奪われてしまっている。

「───それで、羽々斬、布都。学校の方はどうだ。慣れたか」

「あにさま、勉強は良いのです。頭に物が詰め込まれていくのは面白くて。しかし、同輩も先輩もいけません。尋常小学校の頃と変わらず、見識の狭い奴等ばかりです」

「十束のあにさま。奴等、私達の手指を見て嗤ったり、眉を顰めるのです。口さがない奴など、学校より見世物小屋に行け、と」

 十束は珈琲を一口。

 カップをソーサーに置き、口を開く。


「───で、何をした」


 双子は花のように心無い美しさを保ったままに微笑んだ。

「僕達はそういう奴等をじっと観察したのです。兵は拙速を貴ぶと申しますが、熟慮と忍耐も肝要でしょう?」

「十束のあにさまであれば、不快な思いをなさったのなら、直ぐに叱りつけて反省させてやるところなのでしょう。でも、そうはしなかったのです」

「奴等の癖から歩幅…連んでいる輩まで、分かるようになった頃に、仕掛けたのです」

「北里博士の研究は素晴らしいものでした。破傷風菌の培養…あの怖ろしい作用を齎す小さな悪魔を、古釘や針に仕込んで」

「奴等は校内の素行がよろしくない輩ばかりでした。倉庫や教室に煙草や酒を隠していましてね。奴等に囁いてやったのです。『先生が禁止物を見つけて回っている』と。そしたら脱兎の如く駆けだして───」

「走って、そして、不幸にも、古釘が突き出た木板を踏み抜いて、」

「棘に似せた針に引っ掻けて、」

「痛かったようです。幼子のように泣き叫んで、喚いて」

「畜生、などと吐き捨てていましたが、数日もすれば症状が出て───ふふ、光に怯え、音に怯える、そう、本来の心の根に合った態度しか出来ないようになりました」

 十束は深々と溜め息を吐いた。

 この弟達は陰湿なやり方を好む。彼らは病弱ではあるが、武術の心得は家訓にて習得している。バンカラに腕っ節を振るおうとも彼らなら余人に負けはしない。それでも彼らは自らを弱く見せ、そして他人を罠に掛ける。

「ねぇ、あにさま。彼らは今、病毒で背骨が折れてしまったのです」

「十束のあにさま。彼らは今、舌を噛み切ってしまわないように、歯を全て抜かれてしまったのです」

 破傷風菌───重症であれば自らの骨を折る程の強直性痙攣を引き起こしながらも、意識は鮮明なまま苦しみ続けるという最悪の作用を齎す。

「毒を使わずとも、腕の二本も折って仕舞えば良いだろうに」

「それでは愉しくありません」

「それでも愉しくありません」

 羽々斬はにこりと笑い、

 布都は眉間に皺を寄せる。

「僕は何事も愉しみたいのです。自らを強者と盲信する者を愉しみたいのです」

「私はあにさまが愉しめればそれで良いのです。それ以外に、意味はありませんから」

「布都、お前は本当に僕が好きだねぇ」

「えぇ、えぇ、私は羽々斬、貴方が大好きで愛しているのです」

 彼らの白く細い六本の指が絡み合う。その様は何か得体の知れない生き物の触手のようでもあった。

 そして彼らの頰と頰がぴたりと密着し、そして二対の異色の瞳が十束を見据える。

「あにさま」

「十束のあにさま」

「僕は高等学校を愉しんで、いますよ」

「私は早く羽々斬が愉しみ尽くしてしまうのを、待っています」

 十束は頷き、程々にしておけ、とだけ言い付けた。

 はい、と双子は良い子の返事をして、もう一皿のホットケーキを追加した。

 

 

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