古代オプリンパス朝は、今から数千年前に栄えた王朝である。当時の王たちは、自分たちの権力の象徴として、より美麗にして荘厳な墓をこぞって建てた。

 それは砂漠の国のピラミッドに類似しているが、一つ違うのは、彼らはその墓を地下に深く造ったことだ。それ故、長い年月の間にその入り口が土砂に埋もれ、現在なお、時折新たに王族の墓が発見されることがある。

 そしてついこの間、セエビルの森という森の中で、王女アミュスタッドの墓が発見された。俺はこれからそれを探索しに行くのである。

「ふ~ん」

 拳を握って力説した俺に、娘は大して興味なさそうにそう返してきた。俺はがっくりと肩を落とした。

「ふ~んって、あんたなぁ。興味がねぇなら、帰っていいぞ。別に俺はついてきて欲しいわけじゃねぇし」

「あっ、ううん。面白い! 面白いよ、もう。それで? それで?」

「……もういい」

 俺はとぼとぼと歩き出した。すでに森の中に入っている。情報によると、入り口はもうすぐだ。

「ねえねえ。続きは?」

 しつこく娘がせがんでくる。今度は俺のご機嫌取りのようだ。さっきの態度との違いは何だ。

 もっとも、俺の方もまんざらでもなく、自分のことを聞かれて悪い気はしない。

「で、俺はその墓に行ってだなぁ。まあ王女と一緒に葬られた宝物の数々を頂戴しようというわけだ」

「ふ~ん。ああ、要はあなたは墓荒らしなのね?」

「おい!」

 俺は思わずずっこけた。

「墓荒らしと言うな。墓荒らしと!」

「だってそうじゃない」

「いや、他にもなんかこう……あるだろ? トレジャーハンターとか」

「ふ~ん、まあいいけど。で、そのトレジャーハンターさん、名前は何て言うの?」

 そう言われて俺は、初めて互いに自己紹介がまだだったことに気が付いた。あまりにもこれから行く場所の魅力が大きすぎて、後ろをぴょこぴょことついてくる娘の名前などまったく気にしていなかった。

 俺はやや改まって、胸を張って言った。

「俺はホリス・ヴァラドリス。ついこないだまで傭兵稼業を生業にしていたんだが、クルズ国とクファイム王国との戦争が終結してからは、職もなく、こうして各地を転々としている。で、最近古代の墓にちょいと興味を持ってだなぁ。まあこんな感じで諸国の墓を探索しつつ食っている」

「……やっぱり墓荒らしなんじゃない……」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん、別に」

 娘が慌てて首を振る。まあいい。聞かなかったことにしておいてやろう。

「で、お前は?」

 俺が聞くと、娘は前方の道を見ながら平然と答えた。

「アミュスタッド」

「はっ?」

 俺は思わず足を止めて、娘の顔を凝視した。

「おい、今何て言った?」

 娘はどうしたんだろうと言わんばかりの顔で俺を見上げて、もう一度言った。

「だから、私の名前はアミュスタッドだって……」

 …………。

 …………。

 俺は、かつてない真面目な声と顔で娘に聞いた。

「それは何かの冗談か?」

 途端に娘が顔を怒りに赤くする。

「し、失礼ね! ホントだってば!」

「…………」

 俺はまじまじと娘を見つめた。乱れた長い亜麻色の髪、少し日に焼けた肌、どう見ても安物の布切れのような服、汚れた白い靴。可愛いには可愛いのだが……。

「ぶっ!」

 俺は思い切り吹き出して笑った。

「あははははは、あーっはっはっはっはっはっはっはっ! あんたがアミュスタッド!? これは傑作だ!」

「と、とことん失礼な人ね!」

 拗ねたように口を尖らせて、顔を真っ赤にして娘が言った。声は荒立てているが、本気で怒っているわけではなさそうだ。

「いや、悪い悪い。親が付けた名前だからしょうがねぇな。たぶんあんたの親、あんたにアミュスタッド王女のように美しい女になって欲しいと思って付けたんだろう。いや、わかるわかる。わかるが……はははははははっ!」

 再び笑い出す俺。そんな俺を見て、娘はますます目を釣り上げて言った。

「王女のように美しい女って。ホリスさん、まるで王女を見たことがあるように話すのね」

「いやいや。文献によると、アミュスタッド王女は、川のようにさらさらと流れる長い透き通るような亜麻色の髪に、雪のように白い肌、薄い唇には紅を付けて、小鳥のさえずりのように美しい声で話したそうだぞ。白いドレスは一日として同じものを付けたことがなく、金銀の散りばめられた細工は、遥か異国の妖精族のなしたもので、どれも一生遊んで暮らせるほどの値の付く代物だったらしい」

「……ふ~ん」

「名前負けだな、アミュスタッド」

 俺が笑いながらポンポンと頭を叩いてやると、娘は納得のいかない顔で唇を尖らせた。


 それから幾分もしない内に、俺たちは目的地に辿り着いた。

 道から少し外れた薄暗い森の奥深くに、人の背丈の3倍ほどの高さのこんもりとした山があって、そこに墓の入り口があった。

 入り口には飾り付けられた扉がついていたが、それは開きっぱなしになっており、すぐそこから階段が、地下へと長く伸びていた。

「やはり遅かったか……」

 俺はそれを見て舌打ちをした。

「何が?」

 娘が怪訝な顔で聞いてくる。

「いや、すでに盗賊たちに荒らされた後だなと思ってな」

「ふ~ん。じゃあ、入らずに帰る?」

 本気でそう言い出した娘に小さく笑って、俺は背負っていた袋を地面に下ろして答えた。

「愚問だ」

 袋の中から、とりあえず松明と杖、それにロープと網を取り出す。娘は両手を膝に当てて興味津々にそれらを眺めていたが、俺が網を取り出すと、ふと目の色を変えてそれを手に取った。

「これ、何?」

「ん?」

 俺は驚いて娘を見上げた。

 娘の持っている網だが、まあ確かに一見網には見えない。円筒形の物体に細いロープがついていて、それを引っ張るとクラッカーのように網が飛び出して目標に絡みつくようになっている。

 俺たちのような稼業の者には必須のものだが、それにしてもそれほど珍しいものではない。

 まあ、見たことがないものは仕方ないが……。

「それは網だ。そこから出ているロープを引っ張ると、網が飛び出す仕組みになっている。一度きりだから、間違っても……」

 引っ張るなよ、と言おうとしたが遅かった。娘の好奇心から推測して、先に釘を刺さなかった俺のミスだろう。

「これを引っ張るのかな?」

 そんな不吉な声を最後に、次に俺の目に飛び込んできたものは、一直線に俺の方に飛んでくる網だった。

「あっ!」

 驚いたような娘の声がしたと同時に、俺は白い網で完全に絡め取られていた。

「おい……」

 ジト目で俺が娘を睨むと、娘はしばらくあたふたしてから、最後はすまなさそうにぺこりと頭を下げた。

「あの、本当にごめんなさい!」

 ……まあ、許してやるか。

 この娘が丁寧語を使うのは、本気で言っている時だということを、俺は出会ってからこれまでの間にすでに理解していたので、特別に許してやることにした。

「わかったわかった。過ちとは犯すことにあるのではなく、それを省みないことにある。許してやるから早くこの網を取ってくれ」

 俺がそう言うと、娘は嬉しそうに微笑んで、四苦八苦しながら俺から網を取り外した。

 これで網の残りは3本。

 まあいいか。

「ほれ、これ持て」

 火を付けた松明を娘に持たせて、俺は立ち上がった。

「あっ、うん」

「それから」

 光り輝く剣を抜き放ちつつ、俺は娘の目を見つめて言った。

「ここから先は、絶対に俺の命令に従うこと。何があってもだ。たとえ俺が死にそうになっても、俺がお前の力を借りても助からないと判断したら、俺はお前に逃げるように言う。その時は、お前は絶対に逃げること。いいな?」

「う、うん……」

 俺の言葉に、娘は何か言いたそうに口を開きかけたが、それをぐっと喉の奥に押しやって、小さく頷いた。

 やや気になるが、まあいいだろう。

「よしっ。じゃあ行くぞ」

「うん!」

 そして俺たちは、暗闇の中へ足を踏み入れた。

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