第4話 黒山羊
国連がニューヨーク周辺に配置していた戦闘可能なユニットは主に二つ。国連艦隊と人型兵器EAだった。
ニューヨーク沖を航行していた国連艦隊はハノーファー条約の制限に従った通常技術で建造された艦艇が占めている。というより、人間が自身の体感覚をダイレクトに反映するためにEAは人型でなければならない。よって、ハノーファー条約の制約を逃れた特殊技術が用いられているのは、実質的にEAだけだ。
それでもなお、各国海軍は大型の最新鋭艦を中心に派遣していたために主に七割が火星側が行った高高度核爆発による電磁パルス攻撃に対する防護に成功、ないし最低限の戦闘機能を失わずに済んでいた。なおこの数字は戦闘艦の隻数と排水量からおおまかに算出したもので、空母艦載機などの航空戦力は大型艦ほどの防護能力を持っていなかったために軒並み戦闘能力を失っていたとされる。
カレルレンがパイロットとして搭乗するEAが、海まで歩を進めた。ゴートは胸の辺りまで海水に浸かり、沖合の艦隊の方を向きながら直立不動の姿勢で停止した。
地上に設置された司令部は電磁パルス攻撃によって外部との通信機能をほぼ失っていたため、艦隊は独自に警戒態勢に移行していた。
突如として、ゴートから薄緑色の怪光線が艦隊の方向へと伸びる。駆逐艦〈
他の艦は使用可能な装備を用いて反撃したが、ゴートと戦闘艦の性能差は明らかだった。ゴートの光線は艦を貫き、炎上、沈没させられるが、艦隊の放つ光線が直撃した箇所は傷一つなく、赤熱することもなかった。ゴートの体表に入射した収束光線が、美しく儚い散乱光を輝かせた。
ゴートは頭部の細いバイザーのような形状の眼から光線を発射していた。高層ビルの間にチラつく昼下がりの太陽を背にして、ぼうっと立ち尽くしながらレーザーを撃ちまくる悪魔的な姿に、艦隊の乗組員は恐怖した。しかし、この段階では恐怖に飲み込まれていない者もいた。
「痛いのをぶっくらわせてやれ!」
戦艦〈
しかしその後、ゴートはゆっくりと立ち上がり、これまでの数倍の充填時間の後最大の熱量の光線を放った。巨大な艦首に怪光線が直撃する。
「うろたえるな。〈
国連艦隊の艦艇で最大のサイズを誇る彼女は、戦艦というカテゴライズに恥じない装甲厚によって光線の直撃後3~4秒の間耐えていた。しかしゴートが光線の収束率を高めると、装甲表面に痘痕のような損傷がちらつき始めた。装甲材の本来の組成が変性し、その部分を中心に一気に溶解が始まる。後列の艦艇の乗組員は、〈
その間にも、国連艦隊の所属艦は次々と撃破されていった。
〈
撃沈だけでも7割を超えた時点で、艦隊はレーザー兵器や爆雷などを射線上の海面に使用し周囲の海水を爆発、蒸発させ始めた。そこで攻撃はピタリと止んだ。ほぼ全艦が戦闘を中止し水でできた即席の防壁を盾としながら、負傷者の救護に努めた。溺れかけていたところを味方艦に救助されたある乗組員によれば、光線の直撃を受け沈みつつある艦の近くの海水は、異様に温かかったという。
地球側はこの日、多くの精鋭艦を失った。既に先の戦争でEAの通常兵器に対する優位性は示されていたが、この戦いはそれを決定付けた。
後の戦闘記録の調査によれば、もしゴートが攻撃を続行していた場合、海水の防壁は光線出力を多少減衰させる程度でしかなく、噴きあがる水蒸気の目くらましとした効果の方が大きかったのではないかとされる。なおこの時艦隊側は降伏と戦闘中止の旨をゴートに打診したとされるが、それに対するカレルレンの返答は誰も確認していない。彼が即座に攻撃を中止した理由が、海水の防壁によるものか、降伏のメッセージを受け取ったのか、それとも直後に始まった地上のEA部隊との戦闘によるものか、それは定かではない。
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