第18話 愛の女神様 拾壱
遊園地に行った翌日、霧生から女子高生の行方不明者のリストが届いた。
しかし、そこには当たり前だけれど浅葱毬の名前は無かった。それどころか、秀星高校に通う生徒の名前すら無かった。
情報は全て出揃った。毬の口からも証言を得られた。
奥仲毬は確実に黒だ。
犯人は分かった。後は、どうやってこの事件を解決に導くかだ。
自室に
好は安心院五十鈴の中に居る愛の女神様を安心院五十鈴の中から追い出す事を両親に依頼された。しかし、追い出す=祓うという事でもない。安心院五十鈴の外に出したいだけであれば、また別の方法が取れるはずだ。
安心院五十鈴の両親には既に状況と事情を簡略的にだが説明はしている。
詳しく話さなかったのは、詳しく話せば話すだけ胡散臭くなり、また、非現実的な説明になってしまうからだ。であれば、ある程度訳を話してから、準備に時間がかかるなど言って誤魔化した方が話は早い。
ともかく、時間はまだある。
「しかし、恐らく疑念は抱かれただろうな……」
あの時、奥仲毬と安心院五十鈴の視線は確かに交錯していた。彼女が愛の女神様に注意を払っていたのであれば、好の接触を偶然か意図的か考えを巡らせるはずだ。
時間はある。けれど、たっぷりとは残されていない。好の考えが正しければ、幾ばくかの猶予があるだけだろう。
その猶予の間に、決着を付けなければならない。
この事件の解決条件は二つ。
一つは、奥仲毬の中から佐崎智則を引き出し、浅葱毬を元の身体に戻す事。
そしてもう一つは、佐崎智則の霊を祓う事。
この二つを完遂しなければ、真に事件を解決したとは言えないだろう。
依頼達成だけであれば、一つ目の条件をクリアすれば良いだけなのだけれど、それは好の心情が許さない。
怪異の全てを解決する。それが、好の選んだ道だ。
「しかし、どうしたものか……」
一番手っ取り早いのは愛の女神様を行う事。
浅葱毬が愛の女神様をして人と人を渡り歩いていた要領で、奥仲毬と安心院五十鈴で愛の女神様を行えば、従来通りであれば浅葱毬は自身の身体に戻る事が出来る。
しかし、その場合、佐崎智則の魂は身体に留まる事になるはずだ。もしくは、佐崎智則の魂に押し負けて浅葱毬の魂が弾かれる、という可能性もある。実際、降霊術のルールを破ったからとはいえ、佐崎智則は浅葱毬の魂を外に弾き出している。
万全を期すならば、佐崎智則の魂をどうにか抑え込む手が必要だ。
言うは易し、行うは難し。
その一手が必要だと分かってはいるものの、その一手の具体案が浮かばない。
だからこそ、日曜の朝からこうして頭を悩ませているのだ。
「何とかしろ、法無好。お前は依頼を請けただろう……」
不甲斐無い自分に言い聞かせる。
先に真実にたどり着いた方の解決方法を優先させる。茨との勝負に勝ったのは好の方だ。
しかし、現状を鑑みればどのような解決がベストなのかは一目瞭然だ。
浅葱毬は言わば生霊と言っても良い状態。彼女は悪霊などでは無い。であれば、祓う必要などない。むしろ、好が助けるべき存在だ。
彼女が遊び半分で愛の女神様をしたのが全ての始まりとは言え、彼女は霊に振り回されているに過ぎない。生きている人間が遺した悪意の被害者でもある。
佐崎智則は死んでしまったから今回の事を考え付いたのではない。死ぬ前から愛の女神様と言う計画を立てていた。今回のようなやり方であれば、彼は罪には問われないだろう。何せ、罪に問われるべき彼は既に死んでいるのだ。死人を裁く事などできはしない。
けれど、これはまごう事無く人の悪意が引き起こした犯罪行為に他ならない。法に触れずとも、人としての在り方に反している。誰かを害する事を罪と呼ばずして何と呼ぶ。
誰にも裁けないのであれば、警察が解決出来ないのであれば、それはもう怪異探偵である法無好の出番に他ならない。
だから考えろ。この事件の解決方法を。愛の女神様という負の連鎖の正しい止め方を。
考え込んで考え込んで、好は一つの方法を導き出した。しかし、それはあまりにも危険で、あまりにも自身の理念に反する行いだった。それに加え、一番危ない目に遭うのは自分ではなく他人だという事もまた、その方法を取らせる事を躊躇わせる要因だった。
自分が危険な目に遭うのは良い。なにせ、自分から足を踏み入れているのだから。危険である事は百も承知。しかし、その危険を他人に強要する事はしたくはない。いや、するべきではない。
けれども、今回の事件は自分一人では解決できない。明らかに人員不足になる。
「……」
好は躊躇いがちにスマホを手に取り、電話を掛ける。相手は、自身の相棒である茨だ。
『もしもし? どしたの、ホームズ?』
即座に能天気な声が返ってくる。しかして、その能天気さに何も感情の乗っていない事を、好は知っている。
「……少し、困っていてな。どうにも、今回の事件は誰かの手を借りなければ解決出来そうに無い」
『そうなの?』
「ああ」
『それって、僕が危険な目に遭うだけじゃダメ?』
「駄目だ。ワトソン君には役目がある。危険な目に遭うのは、俺と君じゃない誰かだ」
『なるへそー』
それは困ったなーと言いながら、考え込むような声が聞こえてくる。
こういう時、茨は仕草だけではなく本当に考えてくれている。
感情が無い訳じゃない。その起伏が、あまりにも小さいだけだと、好は思っている。
『ホームズが迷ってるのって、誰かを巻き込む事に対してだよね?』
「ああ」
『今までの依頼主に借りを返せとか言ってみたら?』
「そんな事出来るか。もう謝礼は十分受け取っているんだぞ?」
好は事件解決を無償で行っている。ただし、必要な経費があれば確認を取って最後に請求をしているけれど、依頼料としては微々たるものだ。
が、相手によってはそれでは納得せず、好の働きに見合った報酬を渡している者も少なくない。
例えば金銭だったり、例えば料理を振舞ったり、例えば何かしらの物であったり。その形は様々なれど、報酬は確かに受け取っているのだ。
それに、好のような高校生の子供に頼むという事は、相当切羽詰まった状況になっている場合もある。最後の寄る辺として、好を頼る者もいる。
そんな人達にもう一度危険な目に遭えとは口が裂けても言えない。ましてやそれを強要なんて出来るはずも無い。
『ふふっ、冗談だよ』
「君の場合は冗談に聞こえないんだ……」
『普段の僕は冗談しか言わないよ? それが豊かな感情を育む第一歩らしいからね』
「誰情報なんだそれは」
『霧生さん』
「あのチャラ男刑事め……」
茨に余計な事を吹き込みやがってと、心中で怨み言を飛ばす好。
『ま、冗談はさて置いてだ。ホームズが僕に相談なんて珍しいから、僕も真面目に答えるね』
「別に相談って訳じゃ……」
『じゃあなんで僕に電話してきたのさ?』
「いや、ちょっと考えをまとめようとしてだな」
『嘘おっしゃい。考えはまとまってるんでしょ? まとまってないのは自分の覚悟だけ。違う?』
「そんなことは……」
『あるでしょ。じゃ無きゃ僕に電話してくる意味無いもん。行動って、時に言葉よりも雄弁だよねぇ』
「うるさい……」
『ふふっ、怒ったぁ~』
にししと嬉しそうに笑う茨。それが心からの笑みなのかは分からないけれど、腹が立つ事には変わりない。
けれど、悔しいかな。茨の言っている通りだ。
考えはまとまっている。この方法でやるのが一番リスクは少ない。それに、時間もあまりないとなれば、多少危険でも早急に事件を解決した方が良いはずだ。
まとまってないのは、自分の覚悟だけだ。
『そんなホームズに、この僕が一つアドバイスを上げよう』
「何を偉そうに……」
『だって僕、ホームズの相棒だもん』
ふふふと笑って得意げに茨は言う。
『では心して聞くがよい。おほんっ。人手が必要ならね、ホームズ。今回は君の誠意を見せるべきだと、僕は思うわけですよ』
「誠意?」
『そ、誠意。今回、誰かを危険な目に遭わせなくちゃいけない訳でしょう? なら、僕等から依頼をすれば良いんだ。協力してくださいって』
「――っ!!」
茨の言葉は好にとって晴天の霹靂だった。
好は探偵だ。探偵とは依頼を請ける存在であるという認識は間違えていないだろう。けれど、探偵が依頼をしてはいけないというルールはどこにも無い。探偵だって、依頼を出して良いのだ。
『危険な事だから、ちゃんとした報酬も渡そう。その上で、危険が及びそうなら自分が全力で護る事も伝えよう。最後の駄目押しで、幽霊がらみの危険な事だったら、最終的に僕に全部押し付けちゃうってのも手だよ? ホームズも知っての通り、僕って奴はまともじゃない。霊障を引き受けるくらい、訳無いさ』
「いや、それは……」
『駄目だ、なんて言わないでよ? 誰かの手を借りなくちゃいけないなら、手段は選べないでしょ? それに、助けたいんでしょ? 浅葱毬さんを』
「ああ。それは勿論だ」
『なら、君は依頼を出すべきだ。そこで誠心誠意事情を説明して、誠心誠意想いをぶつけるべきだと、僕は思う。想いをぶつけるってのは、僕にはできない事だからね。ホームズに任せるのは心苦しいけれども。って、言葉だけだけどね』
言って、なははと笑う茨。
茨はそう言う場面だから言っているに過ぎない。本当に心苦しいだなんて、思ってはいないのだろう。それが合理的だとは思っているだろうけれど。
『誠心誠意、ホームズが誰かにお願いをするんだ。
「その根拠は」
『
わははと豪快に笑い飛ばす。まるで、不安など微塵も無いような笑い方。
それも、演じたものだろう。そう分かっているのに、好の口角は自然と上がっていた。何せ、感情の起伏が乏しい彼が直感だと言ってのけたのだ。考えるのを止めた訳では無い。彼は信じているのだ。好がこの事件を解決する事を。好であれば、大丈夫だと。
ならば
「……まったく。欲しい言葉を欲しい時にくれるな、君は」
『大したもんだしょ?』
「ああ、大した奴だよ、君は」
『えへへのへ』
茨の言う通りだ。誰かに協力を仰ぐのであれば、それ相応の誠意を見せる必要がある。それが危険な事であるのなら、特に。
「ありがとう、ワトソン君。覚悟が決まった」
『そっか。なにかあったら僕に言ってね。手伝うから』
「分かった。また明日」
『はいはーい。また明日ね』
茨との通話を終え、好は深く息を吐く。
「……誠心誠意、か……。よし」
覚悟を決め、好は立ち上がる。
ジャケットを羽織り、好は家を後にした。
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