第29話 人狼ゲーム㉙「三人目の脱落者」

 そよぎと紅子、紫凰が食堂へ到着したのは投票開始直前、3分前だった。


「遅いぞ、まったく。紅子はいつもの事じゃが、紫凰やそよぎまで何をしとったんじゃ」


 六郎太が顔をしかめる。


「ごめんなさい。ギリギリまで一人で考えていたかったから」


「投票には間に合ったんだしいいじゃん」


 三人は席に着く。


 天馬と美雷が、ちらりとそよぎに目線を送って来た。


『もちろんお前も紅子を殺すよな』という意味のアイコンタクトだろう。天馬は美雷の説得に成功したようだ。


(やっぱり、二対二……。美雷さんか紅子お姉ちゃん、わたしが投票した方が死ぬ………)


 そのまま、特に誰も口を開くことなく18時になった。


「時間じゃ。この五人で二日目の処刑投票を開始する」


 六郎太が立ち上がり、昨日と同じように投票用紙を配り始める。


「前にも言ったが、この投票で勝負が決することもあり得るのじゃから、みな悔いのないようにな」


 全員の手元に投票用紙が配布された。


「では記入せよ。制限時間は5分、よいな」


 紅子、紫凰、天馬、美雷。みな迷いなく記入し始める。


 そよぎだけが、ペンを握る手を止めたままだった。

 

(……『人狼』は、まず95パーセント、紅子お姉ちゃん。この本命は間違いない。あのポリグラフの結果を考慮すれば残る5パーセント……美雷さんってこともあるのかも……。それでも、やっぱり紅子お姉ちゃんの方がずっと怪しいことは間違いないんだから……お姉ちゃんを殺すべきなのかな……? いや……でも……)


 そよぎはかぶりを振って、ラチのあかない考え方を改めた。


(ううん。それより今は『どっちが怪しいか』より、『最終的にどうすればゲームに勝てるのか』って考えた方がいい)


 残り3分の投票時間で、そよぎの頭脳は高速回転を始める。


(お姉ちゃんが『人狼』なら、当然もう一人の『人狼』はイルカさん。今日お姉ちゃんを処刑すれば人狼チームは全滅で決着。……でも……それはべつに明日でもできる…………)


 そよぎはちらりと紅子を見て、次に美雷の様子をうかがう。


(美雷さんが『人狼』なら? この場合……『人狼』は、わたしがカードを調べる前に指紋を偽造して偽の証拠を残したことになる。その候補者はお姉ちゃんかイルカさん以外……天馬さん、紫凰さんのどちらか。いずれにしろ、美雷さんが『人狼』だとしたら、もう一人の『人狼』は今でも生き残っている可能性が高い。……つまり今日の選択を間違えたら、そのままゲームセット。負ける…………)


 そよぎは熟考の末、答えを出した。


 その後すぐに投票用紙は集められ、六郎太が開票した。


「結果を発表する。本日、処刑されるのは……」


 六郎太がいつも通りたっぷりと溜めてから、その名を公開した。


「天津風美雷……!」


 おごそかに告げられたその言葉に、天馬と美雷はそろって目をむいた。


「はっ……?」


「なに……」


 慌てた様子でこちらを見てくる天馬に対して、そよぎは何も言うことが出来ず目をそらす。


 そらした視線の先にいた紅子が、かすかな安堵の息を付くのが見えた。


「残念じゃったの、美雷。お前は脱落じゃ」


「な、な…………なんでよ……」


「では、処刑前の最後の遺言をどうぞ」


 そんな六郎太の言葉など無視して、美雷は天馬に掴みかかった。


「ふ……ふざけんなゴルアアアアアああ!!! 天馬あぁぁ! アンタとそよぎは紅子に入れるって言ったじゃないの!!! この裏切り者!!! 殺してやるーーー!!!」


「いや……それは……」


 天馬も状況が理解できずに口ごもっている。


「おいおい美雷。暴力は禁止じゃぞ」


「うるせージジイ! もう関係あるかそんなもん! まずお前から殺してやろうか!」


 美雷はもはや八つ当たりで、今度は六郎太に詰め寄った。


 だが、その直後。


「――――がっ――」


 美雷は悶絶して膝から床に崩れ落ちた。


「正々堂々の勝負で負けたからって暴力を振るうなんて見苦しいわよ、美雷」


 いつの間にか、美雷の背後に紅子が回り込んでいた。


 六郎太に襲い掛かろうとした美雷の延髄に手刀を放ち、気絶させたのだ。


「あー、お爺ちゃん。ひょっとしてこれも暴力に入るの?」


「ほっほっほ。セーフじゃセーフ。ありがとよ、紅子」


 使用人たちが集まってきて、気絶している美雷を運び出した。


 その姿を見送りながら、天馬が言った。


「……お爺様。一応聞きますが、まだ決着ではないんですね。人狼チーム、村人チーム、どちらの勝ちも決まっていないと」


「うむ。この四人の中に、『人狼』はまだ一人残っておる」


 その言葉を聞いて、四人はなんとなくお互いの顔を見合わせた。


(これで、よかったんだよ)


 そよぎは自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。


(べつに今日止めを刺さなくても、お姉ちゃんは明日でも殺せるんだから)




◆――――◆――――◆




(今日止めを刺さなくても、明日でも殺せる……そう思ったんでしょ、そよぎ)


 紅子は、そよぎの横顔を見ながら心の中で問いかける。


(賢くて慎重なあんたのことだから、迷わせておけば安全策に流れてくれると思ってたわ)


 だが紅子に言わせれば、「安全策」など愚策の極みなのだ。


(甘いっ! 甘すぎる! あんたの今日の選択は、致命的で絶望的なミスよ!!! 『溺れた犬は死ぬまで叩け』、それが勝負の鉄則!!! 刺せる止めを見送った奴に、二度目は回って来ないのよ!!!)


 なにはともあれ、紅子は二日目を生き残った。


 そして人狼ゲームは最終日……三日目へと突入するのだった。

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