第11話 人狼ゲーム⑪「騎士は誰だ?」

「おはよう、諸君」


 10月5日午前8時。


 朝食の場には、昨夜と同じ七人全員が欠けることなく集った。


「さて、ご覧の通り。今朝の食卓には全員が顔を揃えた。つまり昨晩の『騎士』が護衛に成功し、『人狼』の襲撃は失敗したということじゃ」


 おおっ……、と小さく感嘆が上がる。


「すごいな『騎士』。初日から護衛成功なんて」


「フン、なにが凄い。たまたまヤマカンが当たっただけだろう」


「とりあえず死ななくて良かったですわ。何もしないうちに初日で退場なんてつまらないですからね」


 皆がそれぞれの感想を漏らす中、イルカが紅子に話しかけて来た。


「いやあ、お嬢様も生きててくれたんですね。よかったー。お嬢様の嫌われっぷりなら、真っ先に『人狼』に狙われるんじゃないかと心配してたんですよ」


 自分が『人狼』のくせに、ぬけぬけとそんなことをほざいている。


 だがもちろん、ここは紅子も調子を合わせておく。


「うわー! わたしもイルカが無事でほんとーに嬉しいわー! 感激ーー!」


 朝食ではイルカも五輪一族と同じテーブルにつくことが許され、六郎太を含めた八人の元へ食事が運ばれてきた。


「あら、このパン焼き立てですわね」


「うむ。最近厨房にパン焼窯を造らせての、毎日自家製パンを小麦粉から練って作っておる」


「わはー、美味しいですねえ。使用人のわたしが上級国民のみなさんと同じ食事にありつけるとは感激ですよ」


 一介のメイドが五輪一族のVIPと同じテーブルに座るなど、普通なら緊張で食事も喉を通らないものだろうが、あいにくイルカの神経はそんなに繊細ではない。


 いつものようにヘラヘラと笑いながら豪華な朝食を堪能していた。


「ゲームが終わるまでは、イルカ君は紅子たちと同列だと思ってよい。食事も毎回、同じものを用意しよう」


 六郎太がお墨付きを出した。


「それはそれは。ありがとうございます」


 そんな朝食の席で、海原そよぎは一言もしゃべらず黙りこくっていた。


 元々大人しい性格のそよぎは、自己主張の激しい五輪一族の中にあってはほとんど目立たないのだ。


 だが今の彼女はそれとは別に、何か真剣な顔をしていた。


 それが、紅子にはなんとなく気になった。


「どうしたのよ、そよぎ。なにか考えごと?」


「あ……うん、ちょっとね……」


「昨日の晩に『人狼』の襲撃が失敗して落ち込んでるんじゃありませんこと? ふっふっふ」


 紫凰が横から因縁を付けてきた。


(紫凰のやつ、的はずれなことドヤ顔でほざいてやがるわ。ほんとアホねこいつは。……けど、これはチャンスだわ)


 そよぎを殺したい紅子は、紫凰の言葉に便乗することにした。


「そうねー、なんかそよぎ考え込んでブツブツ言ってるし。もしかして本当に『人狼』なんじゃないのー?」


 ここで皆の疑いがそよぎに向けば、今日の処刑投票で彼女を殺せる。


 だが、そよぎは涼しい顔で反論してきた。


「違うよ、わたしは『村人』だもん。『村人』なら考え込むのは当然でしょ」


「え……なんで?」


「だって『村人』は『人狼』が誰か推理しなくちゃいけないもん。『人狼』だったら何も考えなくていいんだけどね。今のお姉ちゃんみたいに」


「な、なに言ってるの! わたしだって『村人』だし! あ、ってことは紫凰! 最初に因縁つけた紫凰が『人狼』なんだわ!」


「はああっ!? ふ、ふざけるんじゃありませんわよゴウカザル! アメリカかぶれのフェイクニュースを捏造してんじゃないですわ!」


「捏造じゃないわよ! 紫凰! 紫凰が『人狼』だわ!」


「あんたの方こそ『人狼』ですわ紅子!」


 そよぎを攻撃するつもりだった紅子はあっさり矛先をそらされ、紫凰と醜い言い争いを繰り広げることになった。


「ま、とにかく初日の襲撃を回避したんだから村人チームがだいぶ有利になったわね。『村人』のあたしとしては喜ばしいわ」


 美雷が総括しながらさりげなく『村人』アピールをする。


「わたしも喜んでるわよ。『村人』だからね!」


 紅子もとりあえず同じアピールを繰り返す。こちらはかなりわざとらしかった。


「おい。さっき『人狼』を推理していたとかほざいたな」


 王我がフレッシュジュースのグラスをあおりながら、そよぎに聞いた。


「まさか誰か分かった、とでも言うのか?」


「ううん。今はまだ何も……」


「フン。しょせん子供の浅知恵か」


「そよぎをディスんなっつったでしょうが王我。次やったらマジで殺すわよ」


 紅子は即座に王我を睨みつける。


 紅子にとって、ゲームとしてそよぎを陥れることと、そよぎの尊厳を傷つけることは別問題だ。


「てゆーか偉そうなこと言うなら、まずあんたが『人狼』が誰か当ててみなさいよ」


「じゃあ貴様だ、紅子」


「じゃあって何よ! ってか、わたしは『村人』! 『村人』だっての!」


 騒ぎ立てる紅子は、またそよぎが思索に没頭していることに気付かなかった。


 そよぎは目の前の朝食を、窯焼きのパンとグラスに継がれたジュースをじっと見つめ、そして今度は壁に掛けられた人狼ゲームのカードを見上げる。


「小麦……グラス……。それにあのカード……。これは……もしかしたら……?」





 朝から騒がしい(主に紅子と紫凰が)食事が終わった。


「昨日言ったように、処刑投票は夕方6時じゃ。時間になったらここに集まること。それまでは皆、好きにしてよいぞ」


「好きにと言われてもね。『村人』にとってはここからが本番でしょ」


「投票が始まるまでに『人狼』の目星をつけないといけないからな」


 ゲームのプレイヤーたちは誰も席を立たず、話し合いを始める構えであった。


 当然、紅子もイルカも残る。自分がいない間に「あいつ怪しいから殺そうぜ」なんて決められては、たまったものではない。


「とりあえず、話すべきは『騎士』についてだろう。『騎士』は誰なんだ?」


 王我が議論の口火を切った。


「そうね、もう名乗り出てもいいんじゃないの。昨日とは状況が違うんだし」


 美雷が同調した。


「は? 状況が違うってどういうことよ?」


 紅子は首をひねる。


「昨日より『騎士』が名乗り出るメリットが増えてるってことだ」


「…………?」


 天馬が解説するが、それでも紅子には理解できない。


 見かねたイルカが補足してくれた。


「昨夜『騎士』が守ったプレイヤーが『人狼』に狙われたんだから、今の状況で『騎士』が名乗り出てそれが誰か教えてくれれば、そのプレイヤーは『村人』確定するってことですよ」


「あーなるほど、そういうことか。うんうん、完全に理解したわ」


「やれやれですわ。こーんな簡単な事も分からないなんて、本当に馬鹿ですわねー。プププ」


 絶対自分も分かってなかったくせに、紫凰が偉そうにマウントを取ってくる。


「天馬くん。紅子お嬢様にものを教えるときは、これくらい丁寧に解説してあげないといけないんですよ」


「ははっ、さすがだな」


「……ちょっとあなた。なんでお兄様にそんな気安い口をきいているの」


 紫凰がイルカを睨みつける。


「おお、これは失礼いたしました。それではこれからは『天馬お坊ちゃま』とお呼びしましょうか」


「やめろ気色悪い。紫凰も千堂に絡むんじゃない。彼女は俺の個人的な友人だ」


「はああっ!? こいつは紅子の手先なんですのよ、お兄様!」


「いえいえ、このゲーム中はあくまでお嬢様とも対等でして……」


「そんなこと信じられるものですか! どーせ裏ではコソコソ紅子と内通してるに決まってますわ!」


 実際、不正ではなくとも紅子とイルカは『人狼』として内通しているわけで、紫凰の言葉は当たらずとも遠からずである。


 紅子は慌てて反応してしまう。


「な、なに因縁付けてんのよ紫凰! わたしがそんな卑怯な事すると思ってんの!? わたしとイルカはあくまでライバル! 敵同士よ! 命かけてもいいわよ!」


「はーーー! あんたの安い命なんて何の保証にもなりませんわ!」


「はああ!? この総合格闘技全米チャンピオン、世界の十代十傑に選ばれた炎城寺紅子の命が安い!? 学生のチャンバラごっこでイキってる雑魚がほざいてんじゃないわよ!」


「チンピラ相手に無双しただけで何勘違いしてるんですのサル! この前だってわたくしに手も足も出なかったくせに!」


「あ゛あ゛あ゛? だったら今ここで――――」


「うるっせーんだよキチガイ共!!!」


 泥沼化する醜い争いにブチ切れた美雷が、テーブルを殴りつけた。


「今は『騎士』が誰かって話をしてたんだろうがボケ! お前らはどこまで脱線していけば気が済むんだカス!! 殺すぞ!!!」


 美雷は顔を真っ赤にしてわめき散らす。


 五輪一族の血統は、驚異的な身体能力と引き換えるかのように短気で暴力的である。


 キレたらとりあえず「殺す」「殺す」と連呼しながら暴れるのが常なのだ。


「………………あ」


 ひとしきり叫んだ後、美雷は我に返って静かになった。


 その直後、今度は右腕をつかんでもだえ始める。


「……あ、ぐ……くそ、また呪われた血が暴れ出したわ……く、静まれ……静まれ……!」


 そんな美雷を、五輪一族の面々は「またか……」という顔で眺めている。


 イルカだけが初体験であった。


「なにやってるんですか、この人?」


「中二病と責任転嫁と現実逃避がミックスした反応……ってとこだな」


「ははあ。五輪一族の暴力的な血統を嫌悪しながら、自分もそれに流されてしまうジレンマというわけですか。本当に面白い方々ですねえ」


「いや千堂。お前も相当面白い奴だぞ」


「……どうしてそのメイドにそんな甘いのですか、お兄様」


 結局、美雷が落ち着き、まともな話し合いが再開したのは10分後であった。

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