第6話 そして宴会へ

 翌朝、王命で広間に集まった人々の前にオデュッセウスが現れました。アテナ様の加護でイケメン化が進んだ彼の姿を見た一同は驚きを隠せません。



 王は自分を頼ってきた客人を粗末にしてはいけない事、更に五十二人の優れた若者を漕ぎ手とした船で彼を故郷に帰す事を宣言しました。この五十二人というのは漕ぎ手の定員なんでしょうか。二交代制として二十六人体制と考えれば結構な規模ですね。



 そうと決まれば宴会です。神々から技を学んだ盲目の吟遊詩人デーモドコスを呼び寄せ、同時に選ばれた若者達は船の準備を進めます。彼らが戻った頃には広間は人々で溢れかえっていました。



 人々が揃った頃合いを見て、アルキノオス王は十二頭の羊と八頭の豚、二頭の牡牛を屠って神に捧げました。人々はたちまちこれらの獣の皮を剥ぎ肉を切り分けて饗宴の肴としました。どうも残虐に見えますが、考えてみれば肉を食べるってこういう事ですよね……。



 そこへデーモドコスが侍童に手を引かれてやって来ました。彼はその眼の光は失われたものの、女神によって楽しい歌の道を授けられた伶人。



 人々の手と口が休んだ頃、デーモドコスの歌が始まりました。それはアキレウスとオデュッセウスの諍いの歌。オデュッセウスはトロイア戦争の当時を思い起こし、衣の裾で顔を隠します。詩の一段が終わると涙を拭い、盃を干すのでした。再び歌われる物語にまた涙を流し顔を覆うのです。


 誰一人この様子に気付かない中、彼の近くに座っていたアルキノオス王だけはこれをみて、



「諸君よ、そろそろ彼の土産話のネタにワシらの実力をお目にかけようやないか!」



 と宣いました。どうやら色々と勘違いしているようです。普通は歌を聞いて泣いている人を見たら「どうしたんだ? この歌に何か思い入れでも?」とか聞きますよね……。



 しかし、この場に集まっている人達は皆アルキノオス王と同じタイプらしく、王の提案にノリノリです。デーモドコスが立ち去ると皆で集会場へ移動し、徒競走やレスリング、幅跳びや投擲の技を競い合います。プチオリンピックですね。



 若者たちの中で実力とイケメン度が抜群のアルキノオス王の子・ラーオダマースがオデュッセウスを競技に誘います。王子様のお誘いですが、帰国で頭が一杯のオデュッセウスは気が進まず辞退します。が、それを見たエウリュアロスという若者がオデュッセウスを思いっ切りディスってしまい、オデュッセウスはブチ切れます。単純な智将ですね。



 そこにあった投擲用の錘をぶん投げると、それまでの誰よりも遠くに飛ばしてしまいました。そして「誰の相手でもしたるぞコラァ!」と挑発までする始末です。割と血の気が多いみたいです。



 勿論の事、切れやすいオッサンの相手をしようという若者はおらず、アルキノオス王がその場をとりなして饗宴の広間へと皆を連れて戻りました。デーモドコスが再び呼ばれ、今度は踊りの得意な少年達の舞い踊り付きで歌う事になりました。



 竪琴を爪弾いて吟唱したのは戦の神アーレスが鍛冶の神ヘーパイストスの妻アフロディーテとイチャコラしてヘーパイストスに懲らしめられる物語。巧みな歌は皆を楽しませました。よかったですね。



 アルキノオス王の勧めで客人への贈り物を持ち寄らせました。日が暮れかかる頃には品が揃い、アーレーテーが大箱へと納めてオデュッセウスに渡しました。



「ほな、お客人。誰も中の物を盗めんよう、しっかりと結んどきなはれ」


「せやな……ほな」



 という事で魔女キルケーから教わった不思議な結び方でしっかりと蓋を縛りました。大箱というくらいですから、箱ごと盗むのは無理なサイズだったんでしょうね。



 そして沐浴し、オリーブ油を体に塗り、髪を整え新しい服を着ると広間に戻ります。その道すがら、柱の陰にいたナウシカアーと別れの挨拶を済ませ広間に戻ります。そこでは酒宴の用意が整っていました。どれだけ宴会が好きなんでしょうね、この人達は……。



 やがてデーモドコスがやって来ました。これで三度目です。盲目なんだから労ってあげてれば良さそうなものを……まぁ時代が時代ですから。オデュッセウスは彼に上等な肉を切って与え、語り掛けます。



「デーモドコスはん、あんたの歌は凄いわ。あんたにギリシャ軍の運命を教えたのは神々なんか? まるであの戦いを見たか、直に様子を聞いたみたいやんか。さぁ、今度はあの木馬の計略の件を歌うてくれへんか。あのオデュッセウスの奇策の段を」



 幾ら正体を隠しているとは言え、自分で言いますかね、これ……。



 そうとは知らない詩人はすぐさまリクエストに応えて高らかに歌います。木馬に隠れて忍び込み、メネラーオス王とオデュッセウスが奮戦し、アテナの加護によって勝鬨を上げるくだりでオデュッセウスの胸はせまり、溢れ出る涙が頬を濡らすのでした。そして落城の後、夫や父の亡骸に取りすがって泣く女達が辿る無慈悲な運命の件でも、その哀れさに涙するのでした。首謀者のくせに。



 その様子を不審に思ったアルキノオス王は歌を止めさせ、遂に問い質すのです。客人の名を。そしてオデュッセウスもこれが潮時とばかりに身の上を明かすのです。



「ぶっちぎりで最高なアルキノオス王よ、お望みやったらお話ししますわ。ただ、余りにも仰山の艱難が重なったさかい、なんからお話ししたらええのやら……。まずはワシの名から。我こそラーエルテースの子、オデュッセウス。数々の知略により神々にも知られた者ですわ」



 こうしてオデュッセウスの口から苦難の旅の詳細が語られるのでした。

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