紅い月
トト
第1話 光神祭
大地を揺さぶるような民衆たちの歓声。
照りつける太陽にも引けを取らない熱い視線。
城のバルコニーの眼下は城内を埋め尽くさんばかりの人であふれかえっていた。
だが次の瞬間それらはいっさいの音をなくし、目に見えるものはぐにゃりと自然の理に逆らって不自然に歪んだ。
(なん、だ……)
そこまでだった。
あとはただ光が闇に呑まれていくのを薄れゆく意識の中で見ているしかなかった。
「ラシェル!」
自分の名を呼ぶ声にラシェルは目を覚ました。
やわらかな栗色の髪が太陽の光を受け金色に輝き、いつもはいたずらすることばかり考えてよく動く鳶色の瞳が今は心配そうに自分を見詰めていた。
「どう、したのです、リーン様?」
思わずその頬に手を伸ばし問いかける。それからはじかれたように目を見開いた。
だんだんと体に感覚が戻ってくる、それと同時に民衆たちの不安そうなざわめきが聞こえてきた。
「申し訳ありません。こんな大切な日に──」
まだズキリと痛む額に手を当て、女生と見まごうばかりに伸ばされた癖のない絹糸のような艶やかな銀色の髪をかき上げるながら、寝かされていたソファーから体を起こす。
そのまま立ち上がろうとするラシェルをリーンの手が押し戻した。
「もう大丈夫です」
そう言ったラシェルの陶器のように白い肌はいつにもまし血の気がなく、その黒曜石のように輝く瞳にも力強い生気が感じられなかった。
「真っ青な顔してなにが大丈夫だ。もういい、お前は部屋に帰って休め!」
「しかし今日は……」
鳶色の瞳がぞっとするような光を宿す。
「命令だ」
いつもは幼いとまで思うその顔が、こういうときは相手に有無をいわせない迫力がある。それが生まれながらに王となる者の持つ素質なのか。こうなるとリーンの言葉を覆すことは誰にもできない。
ラシェルはこの時ばかりは太陽に弱い自分の虚弱体質を呪った。そして悔しそうに視線を伏せたまま深く一礼すると、侍女に手を引かれ会場を後にしたのだった。
『光神祭』一年に一度の国を上げての盛大な祭りである。
初代王が魔族を封印しこの地に国を作ったとされる時代より繰り返されてきた、神と人間との契約の儀式。
その日一日は決して血を流してはならない。狩りはもちろん人々は乾燥肉も口にしない。そのかわり国からパンとワインが支給され、人々はそれを手に歌い、踊り、今年一年が豊かで平和であるよう神々に願うのだ。
そして今回はもうひとつの大切な儀式が重なった。満月の夜。王家の血を引く十五歳の男のみに行われる儀式。月の姫と呼ばれる姫たちの中から一人を王妃として迎えいれるのだ。
リーンは今年十八歳。そして今夜は満月だった。
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