理想の男とバレンタイン

思うんです・・・・プレゼントって贈る前が1番ワクワクして楽しいって事。



理想の男とバレンタイン



2月13日(土)


巷がチョコで溢れかえる時期。

甘いモノがそこまで好きじゃ無い明は、憂鬱になる。

入社当時はチョコを手に女子が群がったが「嫌いなモノを押し付けるな!」と怒鳴り散らせば、翌年からはパッタリと無くなった。

嫌いなわけではない・・・・甘い物は喉を通らない、ホワイトチョコなんてもっての外。

見るだけで、甘さを想像して顔を歪めてしまう。

カカオ70%のチョコならまだいい、何なら酒のあてとしては有りだ。

そんな事を知っているのは、社内では日富美と由美ぐらい。

日富美からはチョコでコクを出したカレーの差し入れ(勿論ポテサラ付き)、由美は休憩所の缶コーヒー。

押し付けがましくないバレンタインで、明としては丁度いい。

明としてはクリスマス同様に、バレンタインも意味も解らない日本の悪い風習だと思っている。

2月14日を祭日にしてほしい程に、家から出たくない日でもあった。

だが、それも去年までの話。

今年は状況が違う。

明には恋人が居るのだ。

それも男。

几帳面な相手は、明が何も言わずともバレンタインの贈り物を用意するだろう。

甘いものが苦手なのは相手も知っているので、安心なのだが・・・問題はそこじゃない。

明から渡すべきかという問題。

クリスマスプレゼントも結局、明は何も用意していなかった。

まぁ・・・・叔父の雅に渡されたサンタコスの衣装のせいで明の足腰が立たなくなった事から、結果的にそれが相手にとってプレゼントになったと認識している。

チョコなんて渡さなくても、相手は何も言わないだろうが・・・・恋人以上に五月蝿い存在が居る。


「え・・・チョコ渡さないですか!?」


「チョコじゃなくても良いじゃないっ。何かあげなさいよぉ〜〜」


「明君、贈る事に意味があるのよ?」


明の隣に座る雛山は、びっくり眼で驚かれ。

真正面に座る由美から、口うるさくブーイング。

由美の隣に座る日富美は、言い聞かすようなお母さん口調。

休日のカフェ。

軽いランチを食べ終えた四人は、明日のイベントの話題をしていたのだ。


「そもそも、販売戦略を目論んだ製菓会社が作った行事だろうが!そんなんにまんまと踊らされて恥ずかしくねぇ〜〜のかよ!!」


ガンとテーブルに拳を打ち付ける明。

珍しく熱弁する様な口調の明、だがその口調は演技のように棒読み。


「それが世の中でイベントとして定着してるんだから、しょ〜がないでしょ〜に」


「そうですよ。そんな事言うのは、1つもチョコを貰った事のない僕みたいな人間が言うセリフです」


「え!?雛山君、チョコ一個も貰ったこと無いの!?マジで!?」


「お母さんからは・・・」


「それカウントに入れちゃ駄目なヤツ」


「ですよね・・・・」


「ふふふっ今年は大丈夫よ、雛山君。私も由美も用意してるからね」


「やったぁ〜〜」


義理でも貰えば嬉しいのだろう、雛山は両手を天井に向けて心から喜んでいる。

そんな青年に、白い目を向ける明。


「そういうお前はどうなんだよ、やるのか?」


製菓会社に洗脳された女2人の話は、何の役にもたたない。

ならば隣の少しでも状況が似ている雛山に、聞いたほうがいい。

ゲイでありながらノンケの男に恋をして、付き合うまでになった雛山。

彼もまた明に似て、不器用で恋に関しては臆病だった。

だが雛山はまだ素直に感情を表に出す分、相手に気持ちは伝わりやすい。

と言っても明もどんなに表情筋が死んでいても、恋人には筒抜けみたいだが・・・


「え、勿論。そのために料理スタジオに行ってたんです」


「は!?」


「やだっ、雛山君すごいじゃない!!その努力っ愛が溢れてる〜〜〜〜」


「凄いねぇ〜、渡すの楽しみだね」


「はいっ!」


「愛野君、ちょっとは雛山君を見習いなさいよ!」


「うっせぇ〜なぁ。何だよ休日に呼び出したかと思ったら、バレンタインなんてクソイベントで説教したいだけかよっ」


ゆっくり過ごそうと思っていた休日の朝。

「あ〜きらく〜ん、遊びましょ〜〜」の由美の訪問でそれは叶わなかった。

休みの日に部下を小学生みたいに誘いに来る上司が居るなんて、他では聞いたことがない・・・

勿論由美だけなら「帰れ!くそ上司!!」と追い返していたが、そこには日富美と何故か他社の人間の雛山も居た。

ことの始まりは雛山が、バレンタインの事で女性の助言をと思い由美に連絡を取っていたのが、なら女子力が高い日富美もとなり・・・そこまでは納得出来るが・・・全くの無関係な明まで嫌がらせのように声が掛かったのだ。


「明君、帰るの?」


「あぁ、先帰る」


「送らないわよ」


立ち上がった明に、日富美は残念そうな表情。

そして、車の所有者の由美は冷たく言い放つ。

明はフンと鼻を鳴らし「期待してねぇ〜よ」と言いながら、3人を置いてその場を離れた。

さり気にテーブルの上にあった伝票を手に、全員の会計を終わらせて外に出る明。

由美と日富美だけならこんな事はしないが、まだ贅沢出来る給料も貰っていない雛山が居たので仕方なしの出費だ。

最寄りの駅までの道を、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩く。

2月と言うのに、今日は温かい。

車で来たこともあり、今日の明は薄着だったが丁度良い暖かだ。

そんな穏やかな気温に、少し気分がよくなるものだが・・・・・明はムスッとしていた。

どこを見ても、バレンタイン一色。

どいつもこいつもと、イライラも募る。

それから電車に乗っても、バレンタインの文字。

最寄りの駅に降りても、バレンタインの文字。

毎日通る商店街もバレンタインの文字。

イライライライライライラ・・・・・こういう日は、お買い得品を買い漁るに限る。

そう気分と切り替えようと、御用達のスーパーサンフランシスコに足を向けた。



「・・・・・・・・・」


たどり着いた、場所。

スーパーサンフランシスコ内も、勿論バレンタイン押し。

去年はこれほどではなかったと、記憶していた明。

パンコーナーが一時撤去され、代わりに沢山の種類のチョココーナーが設置されている事に絶句。

カゴを手に、呆然とそれを見ている。

それも手作りキットもかなりの品揃えで、明は「あれ・・・ここサンフランシスコだよな?」と思わず呟いた。


「あっ明君、凄いでしょ?今年はね、力を入れたんだよ」


立ち尽くしている明に、声を掛けてきたのはここの店長の岡静。

いつもの緑のエプロンに、白髪交じりのおじさんだ。


「ナンデ・・・」


「お客様のご要望だよ」


「ソウデスカ」


ニコニコ顔の岡静は、明の片言を特に気にもしてない。


「明君は、あげないの?」


「は!?」


アゲナイノ?

何言ってんだこいつは!という顔で、男を見返す明。


「彼は甘いもの好きだよね。ほらっ、チョコをよく買っていくでしょ?」


「な・・・・・ナニイッテルダカッ」


狼狽えすぎて思わず噛んでしまう明。

何で、バレてるんだと内心はパニック状態。


「アハハハ、もうこの地区では名物なのに〜美男子カップルって」


男同士だと言うことすら気にしてない、店長。

明は何故バレたんだと、未だにパニック。

2人で買い物に来た時は、誰の目から見てもカップルにしか見えない事に明は全く気がついていない。


「甘いものが好きなら、ほらっホワイトチョコなんてどうだろう。あっ今年はね、手作りする人の為に型抜きやラッピング様の箱も色んな種類を取り揃えてるからね」


「・・・・・・・いや・・」


「こういうのはね、気持なんだよ。日頃の感謝や、これからも宜しくねって言う気持を伝える行事だと僕は思ってるんだ」


「・・・・・・・・・」


「チョコの手作りも、溶かして型で固めるだけだしさ」


何故そこまでして、売りつけようとするのか。

普段は消極的な店長。

明の「割引シール早く貼れよ、おらぁ」の脅しや、明の「一人一個ってなんだよ、俺の背後霊見えないのかよ、5人分だ5人分!」の脅しに負けてしまう店長。


「ハートじゃなくてもこんな型もあるよ」とか「この箱も大人っぽくて・・・」と手作りキットを手に、明の鼻先に持ってくる。


「いや・・・・だから必要ねえぇって」


「そうなの?そうなのか〜〜残念」


と手に持っていた商品を棚に戻す店長。

そして次に手にしたのはハンドラベラー。

割引シールを貼るアレだ。

明はその機械を目にすると、反射的に反応して店長の手をジッと見てしまう。


「これと、これに・・・・」


そう言いながら店長は、明にすすめていた商品にソレをペタペタとシールを貼った。


「!?半額だと!?」


商品に貼られた【半額シール】に、カッと目を見開いて驚愕する明。


「あとね、これも」


とミルクの板チョコにも【半額シール】を貼る店長に、明は「何だと!?」と更に驚嘆。


「明君だけの、特別特価だよ?買う?」


店長の悪魔の囁き・・・・明はコクンコクンと頷く。

どこまでも特価に弱い明。

いつも割引シールに踊らされて、必要以上に買う癖は一向に治らない。

恋人がこの場に居れば、やんわりと止められるだが今日は一人。

【半額シール】で店長の行動に疑問を持つ事すら出来なくなった明は、店長の手から商品をカゴに入れてもらった。

そのカゴを持って、バレンタインコーナーを後にする明の足取りは軽い。

そんな彼の後ろ姿を、バイト生と奥様たちが含み笑いで見ていることなど当人は気づかなかった。


今日もいい買い物したと、ホクホク顔で両手にビニール袋をぶら下げて家までの道を歩く明。

冷蔵庫の容量をまったく気にせずに、今日も買い物をした。

ある意味、買い物依存症。

だが高価な物じゃなく、買うものは特価の貼られた食品や日用品なだけまだマシかもしれない。

帰って早速チョコを作ってみるかと、歩きながら考える。

恋人は今日は仕事で夕方に家に泊まりに来る。

帰ってちゃちゃっと作って、明日渡せば良いだろう。

溶かして型に入れるだけ、余裕余裕〜〜と高をくくる。


「明?」


商店街の方から歩いてきた男に名前を呼ばれる。

驚き半分、嬉しさは半分を突き抜けてMAXの表情の相手は、そのまま明の元へ早足で近づく。


「買い物、行ってきたの?」


「おう・・・・お前、えらく早くない?」


まだ14時台で、目の前の恋人が帰って来るのは早すぎる。

計画があっただけに狼狽える明に、恋人は「ん?」とその反応に何か引っかかりを感じた。


「あぁ・・・明、もしかしてまた特価シールに踊らされて色々買ったでしょ」


そう言うと仁は、明の手からビニール袋を取ろうと手を掛ける。

勿論明は、袋から手を放さない。


「別にっ必要な物だけ買ったから」


「本当に?」


「マジ」


「・・・・・解った。なら持つから、手放して」


「いい、要らない」


「なら、また明ごと抱えようかな」


「やめろっ」


ニッコリ笑って冗談を言う仁に、明は咄嗟に手を放す。

これが冗談じゃない事は、明は身をもって知っている。

そして仁は、明の手から放れたビニール袋の中をちゃっかりチェック。


「お前っ!」


「見ないとは言ってないよ・・・・明・・・ねぇ、ここで押し倒しても良い?」


「それもやめろ!」


何を見て、男が恐ろしいことを言ったかは理解している。

仁が覗き込んでいる袋に、チョコの手作り一式が入っているからだ。


「物凄く嬉しいんだけど・・・明、作れるの?」


「お前、馬鹿にしてんのかよ!」


「違う違う・・・・・チョコ溶かす過程で、絶対挫折すると思うんだけど」


「溶かすんだろ?」


「そうだよ」


「馬鹿にすんなよ、直火じゃない事は解ってんだよ」


「そうじゃなくて。部屋の中、ものすごいチョコの匂い充満するよ?」


「!?」


「甘いの苦手な明には、ちょっと堪えられないかもしれないね」


苦笑しながら言う仁。

明はキッチンの中で、チョコの匂いで行き倒れてる自分を想像してむかっ腹が立ってきた。


「・・・あの・・くそ店長。騙しやがった」


「騙してはないと思うけど・・・・何で、チョコに半額シール?」


「返品する」


「明。明日、一緒に作ろうか?」


「は?」


チョコの匂いが無理なのに?

お前にあげようとしてたのに?

仁が何を思ってそう言っているのか、理解出来ない明は間抜けな顔になる。


「折角明が俺の為に作ろうって気持になってくれてるんだし、気持だけでも物凄く嬉しいよ。だけど、どうせならさ・・・・」


「ん〜〜・・」


「俺が居れば、換気も十分に気をつけてあげれるし。ね?一緒に作ろう?」


明の顔を覗き込む、期待いっぱいの仁の瞳。


「わ〜たよ」


「やった」


憎たらしいほど整った男の顔が、明にだけに向けられる甘い表情になる。

いつもはミント香るような爽やかな笑顔でも、明への愛が溢れるとチョコの甘さがプラスされる。

由美達いわくチョコミントの笑顔。

明にしてみればビターチョコしか口に出来ないが、仁が見せるチョコミントは大好きだ。

バレンタインとは関係なしに、年中目にする表情。

それでも明にだけ見せる特別な表情。


固めたチョコの上に、ミントでも乗っけてみるか・・・・


と足取り軽やかな上機嫌な仁の隣を歩きながら、明は思いつく。


イベントは煩わしい・・・・と思っていたのは、去年までの自分。

ちょっと前までバレンタインの事も馬鹿らしいと卑下していた。


だけど・・・・


隣を歩く仁の顔を見上げる明。

あげる前から既に嬉しさMAXの仁の様子に、思わず口元が緩む。


まぁ・・・こういうのも、悪くないか・・・


そして翌日

愛野宅の縁側でチョコを溶かしている明と仁。

たまたま前を通りかかったご近所さんは、そんな美形カップルの尊い姿にハッピーに包まれたとか・・・・




終わる

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